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コラム

BIMを縛る

2016.04.07

パラメトリック・ボイス                竹中工務店 石澤 宰

ダークチョコレートのカカオ含有量が72%・86%・95%などのように段階づけされている理
由のひとつは、「選択肢が多すぎると却って選べないから」だと聞きました。ユーザーに選択
肢があまりにも多く与えられると確かに決断は鈍る*1し、一見選択肢が多数あるようでも、
実際のユーザーのチョイスはそのうちの一部にとどまる傾向があります。例えばスマートフォ
ンでも、最初は多数のアプリを試すのに、やがてよく使う数個から十数個の範疇に収斂してゆ
く。壁紙や床カーペットの選択、行きつけの中華料理屋のメニュー、シンセサイザーやソフト
ウエア音源……考えられる事例は多いでしょう。

Webアプリの雄、Evernoteの「5%問題」が記事になっていました*2。今やきわめて多機能
になったEvernoteの多くのユーザーがそれぞれ重点的に使うのは機能の5%程度にとどまり、
しかもその5%が人によって違う。このため今後、開発の重点をある特定の機能に絞り込むの
が難しいという問題です。
 
話は変わって、のび太がドラえもんのひみつ道具をすぐに使いこなせるのは道具が単機能だか
らだ、という話を聞いてなるほどと思ったことがあります。確かに、タケコプターやスモール
ライトなど、よく知られたひみつ道具は1ツール1機能のものが多い。道具のインターフェイス
が直感的でかつモードレスであり、複雑な説明を聞かなくても使えてしまうものが多く見られ
ます。

BIM周りのソフトウエアでも、 リアルタイムレンダラーやIFCファイルサイズ圧縮ユーティリ
ティなどのように焦点のはっきりしたソフトでは、メイン機能を使えるかどうかが実質的なの
で、「使いこなせない」という問題は起きづらい傾向にありますが、BIMモデリングソフトや、
一部のオーサリングソフトなどは多機能化が進んでおり、見通しがよくなるほど学ぶというこ
とがなかなか簡単ではありません。 モデリングソフトはそもそもツールの種類が多く、習得
に時間がかかりやすいように感じます。そのうえ実際に使いはじめると、やはり多用する機能
は限定されていて、やりたいことに比べて到達までずいぶん長い時間を要するように思われが
ちです。それゆえに、ただモデルを作ればいいというとき、ツールや操作がシンプルで形にな
るまでが早いソフトをつい使ってしまう心境は理解できます。モデルがパラメトリックである
ことはBIMの要諦ですが、そのためにはセットアップも必要で、最初にかかる時間は確かに長
いからです。
 
色々なところで、BIMに興味はあるし始めてみたいから、良い入門書やサイトを探している、
という話を聞きます。ある程度見通しがよくなるまで学んでから使い始めないと不安だ、とい
う心境はよくわかります。

この問題に対して、私は一つの答えを持っています。緊急にどうしても図面なりモデルなりを
作らねばならず、しかし目の前にあるのは使ったことのないソフトという状況を想像してみて
ください。その際に必要な機能はさしあたって「基本オブジェクトの作り方と消し方、印刷の
仕方と保存の仕方」でしょう。細かい設定を気にしなければ、その場の仕事は終えることがで
きるはずです。

この方法論には、「やりながら覚える」という名前がついています。段階ごとにできることは
限られているけれど、その時に必要なものから順番に学んでいき、不便さを感じたら何かいい
機能はないか探してみる。全体は見渡せないかわりに、繰り返し学習の機会に恵まれ、おそら
く限られているであろうそのユーザー固有のコア機能をより重点的にマスターできる可能性が
高い方法論です。
 
一部の機能しか使えない方が、想像力は高まる。むしろクリエイティビティとは、多くの制約
を受けてそれらの解決のために発揮されるものかもしれません。ゲームの世界にはよく「縛り」
という追加ルールが導入されます。RPGの低レベルクリアやトランプに加えられる追加ルール
などがそれで、誰もが楽しめるように作られたゲームを、より遊びごたえのあるものにします。
最近、ダブルクリップを使ってスマートフォンのスタンドなどを作るムービーが話題になりま
した*3がこれも「使うのはダブルクリップのみ」というルールを導入することによって成り
立つクリエイティビティの面白みです。

多機能なソフトウエアには痒いところに手が届く機能も多く搭載されているものではあります
が、そうした機能はそれゆえに、日々使うものとは限らないのが難しいところです。それが使
えれば結果はスマートで気分も良く出来る限り使いたいけれど、しかし使わずに力技でなんと
かしても、せいぜいモデルが少し重くなるとか、データが少し冗長になるとか、その程度のも
のです。それよりも、少しだけ学んだ機能のみで、まずは作り始めてしまう。縛りはきつくと
そのほうが創造的になることは間違いありません。Evernoteと同様だとして、最初に学ん
だ5%がその人にとってのコア機能なら、ソフトウエアはほぼマスターしたも同然かもしれな
いのです。
 
ところでゲームではこの方法論、「縛りプレイ」とよく呼ばれます。BIMの縛りプレイ、と
大々的に題したいところですが、縛りプレイにはもうすこしフィジカルな意味もあり、そちら
が先に来てしまうと、ちょっと……。会社の縛り、というわけでもないのですが、曖昧さ回避
のためにいい名前をいま思案しています。


*1  選択肢過多
*2  Evernoteを苦しめる「5%問題」は本当に取り組むべきことを照らす道しるべになる
*3  100均のダブルクリップでできる15の裏技(クリックするとYouTubeへリンクします)

石澤 宰 氏

竹中工務店 設計本部 アドバンストデザイン部 コンピュテーショナルデザイングループ長 / 東京大学生産技術研究所 人間・社会系部門 特任准教授