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コラム

建築を使うためのモデル

2016.05.17

ArchiFuture's Eye                 大成建設 猪里孝司

この欄の初回でモデルからBIMを考えようと書いた。「ある総体事象の中からある必要な属性、
性能だけを問題にして、その側面に限り総体事象と同じ働きを有するもの」という太田利彦に
よるモデルの定義を引き、建築という総体事象に最も近いものがBIMモデルであり、その観点
からBIMの意義を考えてみようと述べた。当然であるがコンピュータで建築を扱うには、デジ
タル化された建築のモデルが不可欠であり、建築のデジタルモデル化は建築でのコンピュータ
利用と一体となって進んできた。構造解析のためのモデル、環境シミュレーションのモデル、
CGのためのモデルなど目的により異なった表現であるがさまざまな形式のモデルがつくり出
されてきた。多くは設計や施工、建築を創り出す時に、確認・検証・合意形成などのために使
われている。乱暴であるが「建築をつくるためのモデル」といっていいだろう。現在のBIMモ
デルもこの線上にあり、建築をつくるためのモデルとなっている。
 
一方、建築を使うためのモデルはあまり議論されてこなかったのではないだろうか。建築のマ
ニュアル、取扱説明書の定型的なものがあるのだろうか。世の中のどこかに存在しているかも
しれないが、一般化していないと思う。国土交通省が発行している「建築物等の利用に関する
説明書作成の手引き」があるが、これは建物を維持管理、保全する人向けの取扱説明書を作成
するための手引である。これは、建物が適切に維持管理される環境を作るために大変重要な手
引であるが、建物を利用する際の説明書を作るものではない。建物を利用するための説明書が
あってもいいと思う。
 
先日、自宅の洗面所の電球が切れた。交換するためのには切れた電球を持って行って、同じも
のを買うのが最も確実なのだが、もっとスマートな方法もあるだろう。例えば、スマホで器具
の写真をとれば、交換できる電球のリストが表示され、売っている店やサイト、値段などを提
示してくれると有難い。消費電力や色など製品の特長もあわせて提供してもらえれば選択の幅
も広がる。過去の購入履歴も提供されると参考になる。電球ほど頻度は高くないが交換可能な
もの、交換が必要となるものは家の中にいろいろある。水栓、コンロ、換気扇、トイレ、ユ
ニットバス、建具などなど。昨年、部屋の写真を撮ってアップロードすると簡易的な3次元
データを作ってくれて、家具のシミュレーションができるというシステムが紹介されていた。
壁の大きさが分かれば壁紙の数量も分かるし、下地が分かればどこにビスを打てるかが分かる。
少し意図は異なるが「仮設のトリセツ」のように建築を使う人向けの取扱説明書があってもい
いと思う。それを作ることで、建築を利用する人にとってどのような情報が必要なのかが分か
る。現在のBIMモデル(建築をつくるためのモデル)では建築を利用するために必要な情報を
提供できない可能性が高い。建築を使うための情報を盛り込んだ「建築を使うためのモデル」
がBIMモデルに求められている。それがBIMモデルが総体事象に近づく道だと思う。

 ©アルゴリズムデザインラボ

 ©アルゴリズムデザインラボ

猪里 孝司 氏

大成建設 設計本部 設計企画部長