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コラム

まわりのことを考える

2016.06.09

パラメトリック・ボイス                竹中工務店 石澤 宰

シンガポールで目にして驚いたことの一つが、シンガポール国土庁(SLA)の推進する全国土
3Dデータ化計画*1でした。フォトグラメトリとレーザースキャンによって国全体を3Dデータ
化し、高度な建築計画等に資するため近く公開を開始する、というものです。
 
こうしたことが可能になった背景は、シンガポールの国土が大きくないためデータ整備の手が
届きやすい点、また国土のほとんどが国有であるため推進が比較的容易な点、さらに国家全体
としてのSmart Nationと呼ばれる動きとマッチした点などが挙げられるでしょう。類似の取り
組みは、例えばオーストラリアのメルボルン等で進行しています*2が、上記のような条件の
違いからシンガポールのようには進んでいないようです。
 
たとえば標高データに注目して災害時シミュレーションを行ったり、雲量データと組み合わせ
て太陽光パネルの発電量を精度よく見積もったり、このような広域のスキャンデータは単なる
隣地条件以上の様々な用途が考えられます。経過をたどることが出来れば地形の変化や、物に
よっては劣化状況などを判断することもできます。
 
建築設計でもPre-design(基本計画以前)の段階で環境負荷低減を行うサステナブルデザイン
においても、実情に近いシミュレーションを行うには周辺データが求められます。しかし現状
の環境設計や法規などでは、そのようなデータは精度よく手に入らないものとして、周辺条件
は均質化するか、考慮しない制度設計になっている例が多くあります(それが故に、隣の建物
が迫って真っ暗な南面の窓に庇が必要になったりします)。

思い起こせば学生時代、設計課題の手始めは住宅地図をあたって周辺建物の階数を調べ、それ
に3mなり4mなりを掛けて周辺敷地模型を作るという作業でした。現在では周辺のデータは複
数のサービスから購入が可能になりましたが、設計の極めて初期段階で誰でもサッと使える
データ、というものはなかなか見当たりません。一時期SketchUpにGoogleEarthのモデルが
ダウンロードできた時期がありましたが現在は不可能です。CAD Mapper*3のようなサービ
スもありますが、調べた限り日本で手に入るボリュームがあまりなかったり、細かい建物が抜
けていたりします。結果、手元だけで完結させようとするとGoogleEarth上で測っていく方法
しかなさそうです。何か良いサービスをご存知の方、是非ご教示ください。メールアドレスは
こちら(Archi Future 運営事務局のアドレス)です。
 
個人で使える3Dスキャナが一般化すれば、ということにも想像は至るのですが、ラップトップ
PCやiPadなどに接続できるタイプの3Dスキャナの到達範囲は3mほどが限界です。それ以上の
デバイスは高価なうえ精密で、一人一台持てるという状況には至っていません。将来はわかり
ませんが、ひょっとするとフォトグラメトリサービスがクラウド化されてゆき、パッチワーク
のように徐々にデータが積み重なっていけば、あるいは…などと思います。
 
こうしたデータが誰にでも手に入るメリットもあれば、問題点も考えられます。たとえば
Googleストリートビューでも色々と「ピュアなデータにはない」ものも映り込んでいます*4。
また一般に、データは記録するだけでも一大事ですが、記録してから後がその数倍大変なもの
です。そうしたデータの整備や様々な「配慮」までとなると相当な作業量ではあります。
 
気象条件などにも言えますが、データの正確性と恒久性は別問題です。きわめて正確に計測さ
れ、密に記録された気象データがあっても、その気象が次の年に再現されることはありません。
精密な周辺データでも、周りの建物や植栽は当然変化の対象です。どんなデータも、データ量
が多いからといって単純にそのデータを正と扱うことはできません。ではしかし、手に入る
データを前提としてあるもので良しとすべきか、あくまで参考にとどめるのか、あるいは使う
側の裁量で判断すべきか。あちこちで議論されている内容です。
 
データがあることにより次のステップに進める、それは間違いのないことです。いま多くの建
築学生が、住宅地図の外形をトレースする作業から開放されつつあり、その分他のことができ
る素地ができている(そのはずだと信じています)。誰がやっても結果の同じアウトプットに
は付加価値が生まれません。その分、自動化では生み出されない価値とはなんなのか考える。
それは、20年後にも我々の仕事がまだ存続しているために重要なことです。


*1  Mapping Singapore in 3D Size
*2 ‘Invisible’ constraints on 3D innovation in land administration: A case study on the
       city of Melbourne
*3 CAD Mapper: Instant CAD files of any place in the world.
*4 Googleストリートビューに映り込んだ画像の検索結果

 Mapping Singapore in 3D、2015年のSLA(シンガポール国土庁)プレゼンテーションより
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のPDFが開きます。

 Mapping Singapore in 3D、2015年のSLA(シンガポール国土庁)プレゼンテーションより
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のPDFが開きます。

石澤 宰 氏

竹中工務店 設計本部 アドバンストデザイン部 コンピュテーショナルデザイングループ長 / 東京大学生産技術研究所 人間・社会系部門 特任准教授