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コラム

ザハ・ハディド事務所の後継者、シューマッハの
パラメトリシズム

2016.07.19

ArchiFuture's Eye                慶應義塾大学 池田靖史

シューマッハといえば、普通は伝説のF1ドライバーを思い浮かべるが、3月に急逝したザハ・
ハディド氏の仕事を引き継いだパートナーであるパトリック・シューマッハ氏はご存知だろうか。
1996年にロンドンのAAスクールにデザイン・リサーチ・ラボラトリ (AADRL)を創設したメ
ンバーでもあり、建築学だけでなく哲学を学び人文科学で博士号をとっていて、デザイナーとい
うよりもデザイン理論家というべき存在である。コンピューターによる設計要件リサーチからの
アプローチで早くからハディド氏との協力関係は大きかったが、この8年間は事務所のパート
ナーとして重要な場面でハディド氏に寄り添うように登場していたことをご存知の方もいると思
う。しかし、何にもまして彼は、近年のデジタルデザインと建築に関する議論を牽引して来た存
在でもあり、2008年には既に「パラメトリシズム」すなわちパラメトリック様式をモダニズ
ム様式に取って代わる新しい建築と社会の関係として唱え始めていた。スター建築家が自分のデ
ザインを賞賛してくれる建築理論家を事務所のパートナーに迎えるのも大胆過ぎる営業戦略のよ
うな気がするし、そこで語られる建築デザイン論もどうしても批判精神に欠けるように受け取ら
れるようにも思えるのだが、それを承知のうえで積極的に議論を呼び起こし、ロンドンに世界中
から集めた若い才能を鼓舞し、一定の社会的な支持を獲得してプロジェクトの急速な拡大に貢献
したことは無視することはできない。かくいう私も初めて「パラメトリシズム」を聞いた
2010年頃は、正直言って反発を覚えた、今よりも稚拙だった議論に予想される反発に対して
危険を感じたというほうが正しかったかもしれない。しかし、日本で新国立競技場の問題と混同
されることが忌避されて議論が進まなかった間にも、特にイギリスの雑誌ADを中心に次々に新
しい言説を繰り出すシューマッハの挑戦に反応した様々な主張を巻き込みながら、「パラメトリ
シズム」というネーミングや連帯的活動に賛同するかどうかに関わらず、技術的な進化の方向性
についての論点に一定の収束が見られているような気がする。
 
シューマッハによるパラメトリシズムの主張の骨格はパラメトリックな概念そのものが現代の情
報化社会に通底する動的な世界観であり、人類の社会が動的に「変形可能な」環境や組織を求め
ているということにある。
コンピューターによる高速な計算能力による動画的なビジュアライゼーションや流体などのシ
ミュレーション。大量のデータ処理やアルゴリズムによる未知の領域の発見などの経験の日常化
と総体化が、我々にもたらしている「デジタル感覚」の共通項はパラメトリックでダイナミック
な「流動性」にあるということも感覚的に共有できるが、私にとってより興味深いのはシュー
マッハがある時期からデジタルな技術によってフォーディズム(フォード主義:規格品大量生産
と大衆化の原理)から社会が脱却することによる建築技術自体の変化を、その理論に組み込み始
めたことだ。表現概念だけで建築様式はできない。技術こそが人間が長い時間かけて手にするこ
とのできる新しい可能性であり、建築技術と社会的な要請の接点を発見することこそデザインの
本質だと常々思っているからである。技術と社会の関係は一方向では決してなく、通常は社会的
要請によって技術が開発されていると思いがちだが、日常的にほとんどの場合には既存の技術で
できることの発想から社会的要請への解決方法を見いだす作業が行われる。
 
モダニズムの本質が何だったのかと比較するからこそ、デジタル情報の時代と世界の歴史的な位
置づけが特定できると、シューマッハが唱えることには納得できる。100年にわたる洗練を経
て規格品大量生産による技術は言うまでもなく建築だけでなく現代社会の生活と制度、市場経済
にいたるまで根底的な部分を否応無く支配している。だから建築においても、モダニズムという
様式は建築家の主張というよりも、単なる形態的象徴論を超えた科学技術社会論として全世界的
な汎用的普及力を持った。結果的にそれは直交平面へ投影した寸法制御による直方体と長方形を
基本単位にして明快な論理性を構築した。すなわち面積や体積から応力にいたるまで形状の機能
的特性を手計算のレベルで推定可能にし、正投影図法に基づいて3次元的形状の2次元的な把握
を単純化し、同一ユニットによる充填性を確保し大量生産による部品製造効率との関係を構築で
きたからである。直交軸だけの幾何学条件という限定を受け入れたおかげで、寸法、強度、コス
トなどの建築的要因の間の圧倒的な計算の容易性を手に入れたことになる。だから直方体の箱が
世界中全ての地域で実際に造られる建築物の圧倒的多数を占めるようになった事は単なる流行で
はなく、社会的合理性というべきである。もともと人類の建築技術の歴史は基本的に施工経験の
蓄積から結果を予測する意識をもとに発展して来た。工学的な計算方法はその中で精度と応用の
広さで圧倒的に有効であることで建築技術を飛躍的に発展させた。同時に「計画」という概念も
純粋化され、造りながらの思いつきを許容する伝統的な方法は否定されていき、予測手段が確保
できないものは敬遠され、「計画」と「施工」は時系列に分断されていくこととなった。
 
21世紀に入ってから、コンピューターの計算能力と情報通信技術の社会への浸透がこうした人
間社会の科学的な合理性の根底に変化を生みつつあることが、建築技術と人間社会の新しい関係
を生むことの兆しであることも自然に感じる。非規格品の生産技術であるデジタル・ファブリ
ケーション技術だけではなく、情報が瞬時に共有可能なグローバルなネットワーク技術や、人間
より賢く現実世界を予見するデータ処理技術などで、様々な社会的な要請に対する技術的解決方
法に変化が起きつつあるからだ。それによって例えば、集約的な生産能力と機械動力輸送の恩恵
が得られなかった地域にも別な価値を見出せる可能性が生まれた。それはつまりフォーディズム
と一体不可分であったエネルギー革命による都市文明という社会繁栄の必勝パターンにオルタナ
ティブを見いだせる機会でもある。さらにそれは現代社会が抱える化石燃料への過度な依存のリ
スクや、工業的物流によって人工的な化合物を局所的に蓄積することが産む都市の環境汚染のリ
スクなどの重大な問題の解決への糸口にもなりうる。モダニズムが現在の人類の社会的幸福を実
現した大量生産、エネルギー革命、都市化などの技術文明的の体現だとすれば、その過剰から生
まれた歪みへの意識と結びつくことが建築様式の根源的なパラダイムシフトへの期待になること
はもっともである。
 
ハディド氏の急逝の直前にでた雑誌ADに寄稿したシューマッハ氏はハディド氏以外の作品をあげ
ながら、20年以上の理論構築によって、パラメトリシズムはバージョン2.0 として既に現代建
築の主流になる準備が整ったと述べながら、作品論的な批判を超えた建設的な議論を呼びかけて
いた。強気ではあるものの、ヨーロッパでは徐々にパラメトリシズムがハディドの建築を擁護す
るためだけの理論だとは思われなくなりつつあることもその背景にある。
こんな文章を書いているわりには、私自身は徹底的に流線型の建築デザインを最近発表した訳で
もなく、実践とのギャップは依然存在すると思う。しかしこうした思想に関連する建築技術のほ
うを積極的に探求し開発することには大賛成で、建築の将来に向けた方向としては間違っていな
いように思う。
それでもパラメトリシズムという言葉の音感はまだ好きになれないのだけれど。

 ハディド氏死後、シューマッハ氏が引き継いだZHAの最新作イタリア、サレルノのフェリー
 ターミナル
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のWebサイトへリンクします。

 ハディド氏死後、シューマッハ氏が引き継いだZHAの最新作イタリア、サレルノのフェリー
 ターミナル
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 シューマッハ氏がスタジオ指導したイエール大学の習作群
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         生前のハディド氏とICONEYE誌の表紙
         ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元
          のWebサイトへリンクします。

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池田 靖史 氏

東京大学大学院 工学系研究科建築学専攻 特任教授 / 建築情報学会 会長