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コラム

ポケモンの半分

2016.07.26

ArchiFuture's Eye                  ノイズ 豊田啓介

もう、ポケモンだ。
 
Pokemon Goが公開されて二日、街を歩いている人の歩きスマホ率は冗談みたいに上がって、
目黒川沿いのモンスター頻出エリアは真夜中を過ぎても花見かと思うような人だかりで、カ
フェで店で電車の中で、周りの話題も何かというとポケモンだ(今この原稿を書いているカ
フェの向かいでもカップルが二人で捕まえている)。
 
インパクトが桁違いなのは間違いない。アメリカでも数日でDL数がFacebookの利用者を上
回ったなどという武勇伝的事前情報による話題性も加わって、しばらくプロダクトで目に見
える影響を生み出せていなかった日本やっぱスゲー的な漠とした自己充足欲求も手伝って、
稀にみる「見える」社会現象化しているのは面白い。ああARってこういうことなのね、とい
う理解が一般の人に一気に体験レベルで広がったという点だけでも意味は大きいんだろうと
思う。
 
任天堂の株価が急上昇しているというのもニュースになっている。ただ、今回任天堂が受け
る利益は通常の開発ゲームの大ヒットによるものとは異なり、キャラクターのライセンスと
部分的な投資ベースでの利益に限定されていて(それでも十分特需と言っていいレベルだと
は思うけれど)、本当に利益を出しているのはプラットフォームとソフトウェア開発をした
ナイアンティックだ。
 
既にいろいろと分析の記事は出回っているようだけれど、Pokemon Goのプラットフォーム
は基本的にイングレスの応用だという。イングレスといっても知らない人もいるかもしれな
い。数年前に登場した実際の都市を舞台にした初の本格的参加型ARゲームで、イングレスも
これはこれで十分に社会現象といっていいインパクトで話題になったのだが、今回のポケモ
ンのそれはイングレスをはるかに凌駕している。ARの特性を簡易に、でも実効的に活用して、
本当に日常の人の動き方、場所とのかかわり方やコミュニケーションの在り方まで変えてし
まった。
 
イングレスだって、いわゆるゲーマーにはなじみのある世界だったのだと思う(僕がゲー
マーではないので確証はない)。ただ、いくらオタクが市民権を得た社会とはいえ、ゲー
マーの世界観が肌でわかる人はまだまだ社会の少数派だ。それに対してポケモンのキャラク
ターを曲がりなりにも知り、なんとなくでも世界観がわかる人は、世界的に見ても圧倒的に
多い。ゲームに入る前段階でのコンテンツとしての訴求力、あらかじめユーザーやそのコ
ミュニティーに形成されている物語世界の構築度が圧倒的なのだ。
 
これがものすごく大事なんだと思う。結局ごく一握りの非常に前のめりな人、ギークな人、
意識高い人以外の大部分は、自分が全く知らない世界をゼロから理解しながら新しい娯楽と
して、道具として、利益として会得するなどということはほとんど考えないし、行動に移す
こともない(そして専門性の高い世界で頑張る人は、一握りの意識高い人たちの感性で世界
はできていると誤認しがちだ)。人は何かしら自分の中にぼんやりとでも、半かけでも既に
世界が形成されているものに関しては、新しい技術世界でもその延長像が展開しやすい。そ
の既に形成されている世界のレベルが高いかどうか、正しいかどうかは問題ではない。既に
あるベクトルの延長上に線を描くことと、何もないところに自分で点を打ち、ベクトルを生
成し、それらを使って画を描くというのは、仮に正しさや社会的価値というガイドがあった
としても格段に大変な作業なのだ。
 
しかし、表への現れ方は別にして、背後にあるこのポケモン/イングレスモデルのビジネス
の今後の展開可能性はすごい。ナイアンティックはグーグルのスピンオフ企業で、開発者の
ジョン・ハンケはグーグル・アースやグーグル・ストリートビューなどを中心になって立ち
上げた人物だ。今ならほとんどグーグルが独占していると言っていいこうしたデータのプ
ラットフォームを、その構造から理解して自在に使えるということの優位性は言うまでもな
いだろう。今回のように全世界をマーケットとしてゲーム化する形以外でも、国ごと、街ご
と、エリアごとに、もっと特殊解としてのコンテンツを商業ベースで、イベントベースで、
もしくは翻って公共サービスとして実装していく可能性は、共通のプラットフォームの焼き
直し展開するだけでも圧倒的に広がる。観光地ではご当地ゆるキャラがキースポットごとに
埋め込まれてARで呼び出して回るゲーム性を持つようになるかもしれないし、盆踊りや夏祭
りのようなイベントでは多重音声のように踊りの輪にかぶせるようにARエレクトリカルパ
レードが同時進行して、子供たちは小銭を握って金魚すくいに走るかわりに、スマホを持っ
てレアキャラとのインタラクションに走るようになるのかもしれない。それらを有利に展開
するデバイスとしてのハードウェアという新しいマーケットも生まれるだろう。同じプロト
コルは屋外だけでなく室内にも展開していく。駅や空港、都市再開発やショッピングモール
などの巨大娯楽施設、はたまた美術館や博物館教育施設などでも(こうした室内ではGPS
ベース、かつグーグル・アースをベースとする現行モデルとは異なり、建物側への各種デバ
イスの埋め込みや屋外でのグーグル・アースに相当する建築物の3Dモデル化:これについて
は建築のアバターという前回のコラムで少し触れた:などインフラ側でも周到な計画とノウ
ハウが必要とはいえ)顧客誘導や囲い込み、建築UI向上の手段として今後劇的に需要が高ま
るだろう。グーグルという圧倒的なプラットフォーム企業が有効なコンテンツと結びついた
時の圧倒的な破壊力と展開性、仕組みがわかったところでそう簡単には追いつけそうにない
無力感を、今回はうすら寒いくらいに実感している。しかも、たぶんこれはまだほんの最初
でしかない。
 
プラットフォームの話はさておき、今回改めて自分事として実感したのはイングレスとポケ
モンの差、つまり共有するコンテンツの部分だ。僕もデジタル系の建築の可能性を切り開き、
社会と、建築界と共有しようと日々頑張っている多くの人たち(自分もそうであると信じつ
つ)の中で生きているわけだけれど、結局こういう努力もまた、ほとんどの人(建築界の中
の人も含め)に対しては、全く異世界の押し付けになっているんだろう。Pokemon Goはイ
ングレスと実質的に同じプラットフォームなのだとして、イングレスが独自のゲームとして
どんなに面白い世界を内部に持っていたとしても、結局ポケモンという一般の人が広くイ
メージできるコンテンツ、つまり「あらかじめ分かる半分」のあるなしで、社会への展開力
は爆発的に異なる。体が完全に既存の世界の外に出てしまうと、おそらくは透明になってし
まう。足の一本は既存の世界に残しつつ、うまく境界を外側にずらしていく必要がある。コ
ンピュテーショナルな建築のような世界が間違いなく有効で、面白くて、可能性が広がって、
嫌が応にも今後潮目が変わっていく分野だということが分かり切っていたとしても、どんな
に真面目にその効用や可能性を訴えたところで、結局は「外の人:世の中の大部分の人」と
最初に共有できるコンテンツが足りていない。まず掴んでもらう半分がない。
 
そういう意味で、別にスマホはかざしていないけれど、僕も常にポケモンを探している。
おーい、出てこーい。



 

豊田 啓介 氏

noiz パートナー /    gluon パートナー