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コラム

なんでもないBIM

2016.08.25

パラメトリック・ボイス                竹中工務店 石澤 宰

ソフトウェアの設計ではよく「モーダル」「モードレス」という用語が使われ、可能な限りイ
ンターフェイスはモードレスであるべきだ、とされます。モーダルなインターフェイスとは、
ある「モード」に入るとそれ以外の操作を受け付けない状況であり、逆にモードレスとはユー
ザが任意に操作対象を選ぶことが出来る状況です。

Mac OS(Macintosh)にはその初期から、モードレスであることが原則に取り入れられてい
ました。「モードの排除(Modelessness)――できる限り、ユーザが望むことはいつでもで
きるようにしてください。ユーザをひとつの操作に縛りつけるようなモードを用いて、その操
作が完了するまで、何か別の作業を行うことを妨げるのは避けましょう*1」。この前提は、
人は自分を取り巻く環境をコントロールしたいという欲求を持っているということさらには、
人は環境が整えば知的で芸術的な存在になるのだということでした。
 
話は変わって、最近私は自分のプロジェクトのスタディをトレーシングペーパーと色鉛筆で
行っています。……というのは何も特別なことではないのですが、コンピュテーショナルデザ
インに身を投じた者として、紙と鉛筆を取り出して物事を考えるのは堕落とか退化なのではな
いか、と感じていたためしばらく躊躇していたのです。

ところが実際自分で比べてみて気づいた点があります。すなわち、紙と鉛筆はモードレスであ
る。

例えばBIMモデリングソフトでオブジェクトを作るときは基本的に、それが何であるかを先に
意識してツールを選択する必要があります。今から作るオブジェクトが柱なのか壁なのかカー
テンウォールなのか、という違いは、後で効いてくるものとはいえ、作るときには仮にでも設
定が求められます。なんでもない何かを作っておいて、実はこれ柱だったんです、という場合
は基本的にモデリングしなおさなければなりません。

おそらく多くの人はそこの思考は省略してコンセプトを詰めていきたいはずです。それが故に、
そのあたりを不問として扱う3Dモデリングソフト、たとえばSketchUpとかRhinocerosとかの
方がこの段階では扱いやすい、と考えられることには納得がいきます。

ところが場合によってはそれでもまだ不十分で、純粋に形だけを考えている時、たとえばある
跳ね出しをスケッチしたとき、それがパネル状なのか格子状なのかルーバー状なのか、そのあ
たりもさておいて鉛筆の走るまま描く、というケースはあります。こうなると、モデリングし
ようとしても、ジオメトリ自体がまだ決まっていないため、その時点であえて定義せねばなら
なくなり、スピードが落ちます。

基本設計のごく早い段階の図面で、「ここは間仕切り壁?種別は?」とか「このカーテン
ウォールはスラブトゥスラブでいいの?」などと矢継ぎ早に質問され、まだまだこれから決め
るのに……と辟易した経験があります。しかし上記のように考えると、まさに一挙手一投足に
これがついてまわる、という感覚になることもあり得ます。
 
BIMは産業横断的な視線で考えた時には情報一元化のためのデジタルプラットフォームである
わけですが、企画や基本計画の段階においてはまだそれより随分早いステージにいます。その
時に必要なのはむしろエスキスのためのツールであり、それはペンであれ模型であれソフト
ウェアであれ、道具がいかに思考のスピードに追いついてくるかが鍵になります。

結果、ある状況のもとで私にとってしっくりくるのは、トレーシングペーパーと藍色のポリカ
ラー、消しゴムと字消板にGrasshopper、という組み合わせになったりします。形を発想する
とき、もっともモードレスな道具がエスキスには向いていて、しかし頭で考えて手を動かすよ
り早い部分だけはコンピュータに手伝ってもらう。こうなるとGrasshopperはほぼ電卓のよう
な扱いですが、まあいずれにせよ計算機、そんなものかもしれません。
 
ところで昔からなぜ手元にiPhoneがあるのに、私は電卓を別に持っていて、かつわざわざ手
に取るのか、ずっと不思議に思っていました。単なる習慣かと思っていたのですが、やはり電
卓作業ではボタンの押し間違いが嫌で、ソリッドな押しごたえのある電卓のほうが作業が確実
で思考スピードを妨げないので好んで使っている、というのが結論です。結局インターフェイ
スによって道具は無意識的に使い分けられています。

しかし一方で、身の回りにあれこれ散らばるお互い似たような道具を一切忘れて、万能工具で
すべてが片付いたら、とはいろいろな人が思うでしょう。とくに建築設計という分野にいる人
はただでさえ、スコヤとか羽箒とかゾウさんとか、傍から見れば謎の道具が増えやすく、引っ
越しする度に何故こんなに物が多いのかとため息が止まらなくなるような、そんな職種です。
そのたび悩んで整理してはまた道具が復活し、というのは私の断捨離に迷いがあるというだけ
でなく(スコヤにときめくかどうかを真剣に考えたことも一応はあるのです*2)自分の思考
のタイプにとってどの道具が一番スピーディーか、という問いの結果によって選ばれる道具が
変わる、ということなのだと思っています。

設計作業の中には多くの「視点の切り替え」が含まれます。設計初期の段階と生産段階では焦
点はまったく異なるし、そうしてスケールを変えて見てゆくから全体から細部までを決めてい
けるわけです。その各段階で、自由に道具を選び組み合わせて使うことが最も知的生産性に繋
がるとすれば、もともと「これ一本で何でもできる」というツールは存在し得ないかもしれま
せん。いろいろなツールでモデルを作り、ときにはソフトを移った時にモデルを作りなおすこ
とになったとしても、作業性とデータとしてのメリットを追求できるなら、それは肯定的に捉
えて良いのではないかと感じます。

と、そこまで頭でわかっているのに、私は十徳ナイフを見かけると必ず足を止めて見てしまい
ます。旅行のときに荷物が減るような便利グッズも大好きで、見始めると止まりません。これ
は人の見果てぬ夢なのか。はたまた、ただ私の散財癖がこういうところに出やすいだけなのか。


*1  アップル ヒューマンインタフェースガイドライン
*2  「人生がときめく片づけの魔法」、近藤麻理恵、2011

 1880年、ドイツで作られたアーミーナイフ。左上に22口径のリボルバー拳銃まで付いている。
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のIzismileへリンクします。

 1880年、ドイツで作られたアーミーナイフ。左上に22口径のリボルバー拳銃まで付いている。
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のIzismileへリンクします。

石澤 宰 氏

竹中工務店 設計本部 アドバンストデザイン部 コンピュテーショナルデザイングループ長 / 東京大学生産技術研究所 人間・社会系部門 特任准教授