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コラム

BIMでスプーンを曲げる話

2016.10.27

パラメトリック・ボイス                竹中工務店 石澤 宰

先日私が参加したとあるイベントで来場者全員にカレースプーンが配られ、Mr.マリックの
スプーン曲げを体験する、という機会がありました*1。結論から申せば、私のスプーンは
「ちょっとだけ曲がった」という、読んでくださる皆様も私自身もガッカリする結果だった
わけですが、そこで彼が面白いことを言っていました。
1回めチャレンジしてスプーンが曲がらなかった方。もしかして、あなたに配られたスプー
ンが曲がらなければカレーが食べられるのに、スプーンが勿体無いと思いませんでしたか?

 
話は変わって。先日のAutodesk University Japanで、ロボット工学者の林要氏の講演を聞き
ました。その際に林氏が興味深い発言をされました。
Pepperとすぐに仲良くなれる人は、機械には疎い方が実は多い。技術に詳しい人は、その
動作原理など技術的な側面が気になってしまうが、そうでない方はありのままにロボットを受
け入れてくれることがある。」
(参考記事は*2

実は私が冒頭のMr.マリックの言を聞いて思い出したのは上記の話でした。彼のハンドパワー
を体得するにしても、信じている人と疑っている人ではコツの習得度が違う。しかし疑ってい
る人に「信じてください」という言葉は無意味です。そこで彼は、そんな人々の心のロックを
外すために上記のような表現に辿り着いたのではないか、と推察しました。そんなことを考え
て分析思考を止められない私に、まあスプーンが曲がるわけはなく、むしろそんな状況でも
ちょっと曲がったハンドパワーのすごさを驚くべきではあります。
 
BIMをとりまく状況は、過剰な期待の目と疑いの目に満ちています。個人の領域としては、技
術の目指すところをできるだけ純粋に(「スプーンよ、曲がれ!」と)楽しむことが何事につ
けても速道だと信じている、というのがほぼ全てですが、その過剰な期待(と、ほぼ確実にそ
の後についてくる落胆)や、技術に対する疑問・疑念はBIMのユーザーに向けられることもあ
ります。

有り体に言えば、「このプロジェクトでどうしてもBIMを使わなければいけないものなのか。
そんな時間があったら図面のチェックにもっと時間をかけたらどうか」とか、「BIMプロジェ
クトだというのに、現場を見たら納まっていないところがあって呆れた。そんなものを今後も
労力をかけてやっていくのか」的な意見を、社内外・プロジェクトの内外問わずいろいろな人
から私宛てに、過去もう何百回といただいています。これは偽らざる経験で、そうした人々を
説得しながら新しい技術と付き合っていくということは容易でなく、彼らにスプーンを曲げて
もらうにはかなりの調整力と忍耐力を必要とします。「好きだからできる」「好きじゃないと
できない」という言い回しもありますが、愛情は資源であり、資源は有限であり、有限なもの
は尽きることがあります。愛想が尽きないように付き合うということもとても大切です。
(※上記のように言われている・言われるかもしれないBIM Personの方々には「どうか悩ま
ないでください」と心からお伝えします!)
 
思うに、私の知っている建築関係者という人々は、スプーン曲げを分析する思考回路を止めら
れません。建物に入るや否や、すぐさま壁に近寄り上下を見回しながら拳で壁をコツコツと叩
き音を聞く、その一連の行動を家族や友人に気味悪がられる、というのは業界ではよくある話
ですが、こうして文字に起こすと明らかに異常です。息を呑むような素晴らしい空間に居てす
ら、頭のどこか片隅に「設備系はどこに収めているんだろうか……」などと考えてしまう人々
には、ものづくりの苦労が身にしみていて、その人々の健全なバランス感覚は「技術で何でも
解決なんて、そんなうまい話があるわけがない」と警告を発することでしょう。そしてそれは
その通りです。

近年登場する様々な技術が同時多発的に日常を変えていきます。その中には、一も二もなく目
の前に現れて、あっという間に自分のものになってしまった技術もあれば、未だに自分として
は信用できないと思っているものもあるでしょう。何か物事について知識があると、当たり前
に思えることの大変さが十分にわかってしまい、技術が一体どこまでその複雑な(複雑に思え
る)事象を解決してくれるのか、確かめてみたくなる気持ちも大いに理解できるものです。

しかし中には、そうしたことを分かりながら、テクノロジーを楽しんでいる人もいるものです。
そんな人は傍から見ると少年のようながら、その実はあえて自ら「騙されに」行っているのか
もしれません。それが探究心とか好奇心というものの正体かもしれませんし、あるいは単に効
率のよい情報収集の方法論なのかもしれません。

身の回りに便利そうな道具はあちこちに転がっていて、試すだけなら無料のものも沢山あって、
それを使えば痒いところに手が届くように色々なことが楽になっていき、その分もっともっと
新しいことにトライできる……。それは話がうますぎると思われるかもしれませんが、今の建
設業をとりまく状況は間違いなくこういう世界です。その状況を喜び、仕事の楽しさに変えて
いくという楽観論が増えていくといい、と思います。思えば、BIMを使う人達に共通するのは、
そうして楽しんでいるがゆえの明るさかもしれません。
 
そういえば日本では、何かものごとを勧めるとき、「騙されたと思って」という言い回しが
あるのでした。考えてみれば不思議な言い回しですが、断りづらい妙な押しのある言葉です。
これに該当する英語表現はちょっと思いつきません。このあたり、国民性というのか何と言う
のか。


*1 「でんぱ組.inc アニ玉祭スペシャルコンサート 〜さいたまです I LIKE YOU〜」に
   「Mr.マリック」さんが ゲスト出演

*2 【インタビュー】Pepperの父・林要さんの新会社「GROOVE X」が作るロボットとは?

石澤 宰 氏

竹中工務店 設計本部 アドバンストデザイン部 コンピュテーショナルデザイングループ長 / 東京大学生産技術研究所 人間・社会系部門 特任准教授