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コラム

ゲーマビリティ

2016.12.01

ArchiFuture's Eye                  ノイズ 豊田啓介

最近、ゲーマビリティ(Gamability)という概念について考えている(勝手に)。
 
自分でもまだ漠然としていてまだその価値や構成、体系が見えているわけではないのだけれ
ど、これまでのデベロッパー的なエクセル計算ではじき出される形とは別の、でも客観的に
共有可能な新しい建築や価値構成原理の一つとして、おそらく公共建築や商業施設、大規模
再開発などに面白い視点、切り口、指標をもたらしてくれそうな気がしている。当然そこで
想定される建築の使われ方はこれまでとは異なるし、評価のあり方も変わってくる。不動産
や開発の世界でも、現行の計算方法では生活実感の変化に対応できていないという漠然とし
た感覚は広く共有されていると思うし、何か新しい評価方法が生まれてこない限り新しい価
値は生まれてこない。このままでは業界全体がジリ貧な中で、こうした新しい技術に基づく
評価・構成原理の開発には相応の投資をする価値がある。ゲーマビリティに限らず、建築に
おける技術と文化、情報と物質の新しい編み方には他にも多くの可能性があるだろう。
 
ニュートン力学がなんだかんだと実生活のほとんどを支配するように、旧態依然とした「建
築物」からは僕らが人間である以上、逃れようはない。ただ、それでも新しい感性は間違い
なく生まれてくるし、新しい技術は形を求めるだろうし、それらを前提により上流から計画
の手法を変えることで、埋め込みうる経験の質、デザインの在り方はかなりの程度異なって
くるはずだ。
 
洋の東西を問わず、歴史の中では固定された三次元の構造物こそが「建築」であるとされて
きたわけだけれど、インタラクティブに変化し続ける情報の部分、いわゆるソフトや経験、
数値化できない関係性のような部分が我々にも技術的に(部分的だとしても)扱えるように
なってきた今、実は本来建築という総体の半分だったはずの部分、建築家がこれまで扱いよ
うがなく設計対象とすることを自動的に諦めていたMissing Piece(実際には存在していた
にも関わらず気体という認識が生まれるまで化学の一環として扱いようがなかった大気とか
酸素とかいった概念のように)が、ようやく、人間の扱えるテリトリーに入ってきたという
ことなのだろう。
 
ところが、現時点でこの半分はゲーム開発者の手中にある。これまで時間の方向に圧縮され
固定されざるを得なかった(干物としてしか扱えなかった:もちろんそれにはそれの美学が
あることも認める)旧来の「固定された」建築は、水を得た魚のようにいきいきと変化し、
姿を変え、インタラクティブに人と環境と関わる、情報と物質との総体へと概念を拡張しつ
つある。が、その系はおそらく今はまだ社会にはゲームという形でしか認識されていない。
我々がこれまで建築とは全く異なる領域として見ていたこの世界は、実は建築の不可欠な半
分であるはずなのだ。先日のArchi Futureでの特別対談で、あえてスクウェア・エニックス
という立場で人工知能開発をリードする三宅陽一郎氏をお招きしたのもそうした漠然とした
予想が基になっていて、当日登壇後も楽屋でいろいろとお話をうかがうにつけ、またその後
も他のゲーム開発者の方たちと議論を重ねるにつけ、その理解はより補強されてきている。
 
最近はノイズでも、交通やインフラ、住環境や都市などさまざまな環境の未来の在り方に関
して、コンサルティングやブレストを依頼される機会が増えている。例えばいわゆるIoTと
言っても、都市開発、自律走行、家電やスポーツなど用いられる場面やスケールはさまざま
で、安直な連想とは異なり、それらを実装に至るまで解析して道程を描くことは思うほど簡
単ではない。ただ、そうした個別の機会の積み重ねが、徐々に都市や建築、人や乗り物を
シームレスに繋ぐ感覚器系や神経や運動系を形成し、これまでとは異なる「動的情報の総体
としての(もしくはそれを不可分な一部として含む)建築系」という可能性を見せ始めてい
ることは間違いなくて、同時にそれらの制御には新しい知見や理解、手法が求められること
もまた明らかだ。おそらく数年以内に自律走行は始まるだろうし、モノやスペースのアク
ティブシェアがかなりの割合でデフォルトになり、オフィスの構造や構成は異なる配分を求
めはじめ、交通に求められる基礎インフラ、身近なところでは大規模な駐車場の配置原理な
どもまた確実に変わっていくだろう。10年後の建築設計資料集成は今とはかなり異なる情
報を載せているに違いない(それ自体がパラメトリックかつインタラクティブなのだろうこ
とも想像に難くない)。おそらくその理解の鍵、というより新しい実装の形は、ゲームの世
界の中にある。
 
野原で虫を追いかけるという原体験はもう若い世代の多くが持っていない。ゲーム空間内を
飛び回る経験のほうが、彼らにとってはリアルなノスタルジアなのかもしれない。少なくと
も20年後にはそういう世代が中心になってくる現実の中で、それを受け入れた開発とは、
経験とは、建築とはどんなものなのだろうか。いわゆる実体験にはネットの中、ゲームの中
も含むことを前提とした上で、それらをシームレスに多層・多次元に遷移するようなデザイ
ンが、僕らには見えているだろうか。

 Archi Future 2016 特別対談の会場風景

 Archi Future 2016 特別対談の会場風景

豊田 啓介 氏

noiz パートナー /    gluon パートナー