Magazine(マガジン)

コラム

「望みと対価」のBIM

2017.02.09

パラメトリック・ボイス                竹中工務店 石澤 宰

リセマラという言葉をご存知でしょうか。
無料ダウンロードできるゲームで、たとえばスタート時に本来なら課金されるようなアイテム
がいくつかランダムで手に入るとき、少しでもいいアイテムを引き当てようと、アプリをイン
ストールしたりアンインストールしたりとリセットを繰り返す「リセットマラソン」の略です。
 
ゲームの収益モデルには、基本的には無料でプレイ出来て、有利なアイテムを手っ取り早く集
めるにはお金がかかるが、我慢すればそのまま遊び続けられるというシステムが多くあります。
そんな中、昨年末にリリースされたスーパーマリオランは、1,200円買い切りでそれ以外の
ゲーム内課金は一切ないという、どちらかと言うと従来型の課金システムでしたが、すでに無
料で頑張れるゲームが当たり前になったユーザーからは「無料範囲が少ない」「1,200円は高
い」という批判も多く聞かれました。
ちなみに私はハマりにハマったので、1,200円とはなんて良心的な!と思っている方です。そ
れどころか対戦プレイに熱中しすぎてこの1ヶ月で3回も電車を乗り過ごしています。ポケモ
ンGOでスマホゲームへの加熱がさんざん社会問題になったのを知っていながらこの体たらく。
自分だけは特別だと思ってはいけません。
 
「無料」という言葉に関連して。TANSTAAFLという言葉はハインリッヒの「月は無慈悲な夜
の女王」で有名な”There ain’t no such thing as a free lunch”の頭文字をとったもので、
「無料の昼食などというものは存在しない」、時に「只より高いものはない」と訳されます。
酒場で無料の昼食が振る舞われてもその昼食は酒代に入っているわけだから実際に無料など
という虫の良い話はない、というところが発祥のようです。
 
さて、世の中には無料のBIMが存在するか。
上記の課金モデルのごとく、今日では多くのソフトが無償のトライアル期間を設けており、
そこで十分試してから購入の判断をすることができるようになっています。ところが、無課金
ユーザーはお金のあるとないとに関わらず「無償の範疇でなんとかする」ことを原理原則とし
てゲームプレイしていて、ソフトウエアに対してそのような考え方をする人もまた存在すると
いうことがわかります。
また一方で、世の中にはフリーウエアと呼ばれる素晴らしい文化があります。また、大手ソフ
トウエアベンダーでも無償でリリースしているビューワなどが数多くあります。「あくまで思
考実験として」、ハードウエア以外にお金を使わずBIM環境を構築することはできるでしょう
か。
ちょっとやってみましょう。64bit Windows環境をベースに考えます。商用利用がダメとか
実務利用上の制約についてはここでは考慮しませんのであしからずご了承ください。
 
まず、モデリングにはSketchUp Makeを使うことにします。図面化はLayoutが使えればいい
のですがあちらは有料なので3Dプレゼンに加えてビーの上に直接寸法を書いて頑張ること
にしましょう。詳細図が必要なときはJw_cadが一つの選択肢です。
環境設計については、Climate ConsultantでEPWデータを視覚化して理解することは大いに
役立ちます。EnergyPlusが使えれば環境シミュレーションにも切り込めます。OpenStudio SketchUp Plug-inを使えば.idf形式での書き出しが可能なのであとはEPWと組み合わせれば
EnergyPlusは走るはず!また、N++ LiteというソフトはEnergyPlusベースのグラフカルな
シミュレーション環境を「10ゾーンまでなら」無料で利用できるようでごく小規模のプロ
ジェクトならこちらもあり得そうです(試していませんが…)。
以前議論した周辺建物のモデルは、ここではCAD Mapperでダウンロードしたものをベースに
して、GoogleEarthで再確認することでとりあえず良しとしましょう。国内プロジェクトなら
国土交通省の地理院地図3Dも役に立ちます(スケール合わせにコツが要りますが)。
Unity Personalを使えばプレゼンテーションもかなりの部分まで攻められます。SketchUp
ファイルを直接読み込め、マテリアル情報もついて来るので、ここで光源やカメラを設定して
レンダリングが可能です。そこから先のレタッチはPhotoshop……と言いたいところですが、
ここはやはりGIMPを使うべきでしょう。さらに、Google VR SDKを用いてヘッドマウント
スプレイでプレゼンしたり(ハコスコが1000円で買えますがここは自作するという設定
にしましょう!)、この組み合わせはかなりのポテンシャルを持っています。
構造設計や設備設計などとの協業はSketchUp上ではツラいものがあります。SketchUp Make
はIFCの読み書きができないのですが、幸いにもTekla BIMsightが.skp形式をサポートしてい
ますので、こちらを統合プラットフォームにしてしまえば、他のIFCファイルとの重ね合わせ
や干渉チェックができる、という流れで何とかいけそうです。
プレゼンテーションのレイアウトも、Illustrator/Indesign派の方はInkscapeを使うか、
PowerPoint派の方はLibreOffice Impressあたりを使えばここもフリーで何とかなります。縦
書きにやや難がありますが、横書きメインの建築系プレゼンテーションならきっと頑張れるで
しょう。日本語フリーフォントもますます充実しているので、タイプフェイスに凝ることもで
きるはずです。
クラウド環境にはDropboxなり、その他のストレージスペースが使えることでしょう。
Dropboxのフリープランは2GBなのでファイルマネジメントはこまめにやらないとすぐ一杯に
なってしまいそうですが、環境構築できるだけでも大きいということにしましょう。
積算情報は難敵です。SketchUp Makeの積算機能は外郭にしか機能せずかといって他にそこ
まで便利なツールは思いつきませんがRhinocerosは試用期間終了後もビューワとしての使用
が認められていますので、ここでマテリアルごとに情報を拾い出してBoolean演算を施し、閉
じたメッシュが構築できればVolumeコマンドで数量が拾い出せて、あとはその数量をGoogle
スプレッドシートあたりに転記していく……というあたりでまあ何とか。それでも手作業より
は数十倍早いはずです。
 
……と、なんだかどこまでも行けそうな感じがしてきますが、たとえば工程とのリンクやオブ
ジェクト属性の管理、天空率計算や構造エンジニアリング連携などにはこれという答えが出ま
せん。ソフト間の連携ではデータの抜け漏れには注意が必要ですし、サポート情報も少ないの
で試行錯誤が必要です。何よりもこうした連携を計画しサポートするBIM実施計画 (Execution
Plan) が必要でしょう。
 
BIMは金がかかる!とはよく言われるし、実際にハードウエア・ソフトウエア・コンサルティ
ングなどにかかる費用は安くはありません(それより何より人件費ですが)。しかし実はここ
に挙げるように、道具の使い方次第で切り抜ける方法もあるかもしれず、それは建設業界での
「限界費用ゼロ社会」を感じさせるものでもあります。
ただ、冒頭にあるリセマラを見て「そんな時間と手間をかけるくらいなら買えばいいのに……」
と思う人もいたはずです。当然ながら有償のソフトウエアは、ファイルの互換性や日本語化な
ど多くの問題が解決され、便利な機能が多数追加されたパッケージです。この無償のBIM環境
でプロジェクトの問題が全てなんとかなるかどうか、という比較は無意味です。
 
BIMに限らず、万能な環境は原理的に存在し得ません。実は先ほどのTANSTAAFLは「ノーフ
リーランチ定理」の語源としても有名です。
『(ノーフリーランチ定理は)「あらゆる問題で性能の良い汎用最適化戦略は理論上不可能で
あり、ある戦略が他の戦略より性能がよいのは、現に解こうとしている特定の問題に対して特
殊化(専門化)されている場合のみである」ということを立証している』(Wikipediaより
つまりどんな環境も必ず一長一短であり、オールマイティな最適環境はないと「断言」できる
ということです。つまりこのような無料ベースの環境も、適切な状況下では最善の回答になる
ということです。……はい、もちろんその実は、単に私が楽しそうだからやってみただけです
が。
 
せっかくここまでやったので何か名前を付けようとあれこれ考え、「貧乏BIM」というのを思
いついたのですが、これだけ普段から色々なソフトにお世話になっておいて、後足で砂をかけ
るようなことは……。いろいろ弄て”BIM-望(Bou)-BIM”まで辿り着いたところでついに締切
になってしまいました。何か字面だけは良いのでそこから標記のタイトルになっています。な
にか良い名前が思いついたらまたお知らせします……。すみません……。

 Realistic Shotsより(※こちらもよくお世話になっている、商用利用可能なフリー写真素材サ
 イト)
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のRealistic Shotsへリンクします。

 Realistic Shotsより(※こちらもよくお世話になっている、商用利用可能なフリー写真素材サ
 イト)
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のRealistic Shotsへリンクします。

石澤 宰 氏

竹中工務店 設計本部 アドバンストデザイン部 コンピュテーショナルデザイングループ長 / 東京大学生産技術研究所 人間・社会系部門 特任准教授