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コラム

コンピュータのための建築

2017.03.28

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎

今更書くまでもないことだが、現代ではエンジニアリング領域に限らず身の周りのあらゆるも
のがコンピュータと関わっている。コンピュータ活用の拡大とともに、デスクに置かれていた
PCは次第にネットワークを介してサーバと接続され、さらに台数が増えたサーバはオフィスの
片隅から専用の部屋に集約されていった。
コンピュータ活用がさらに拡大するのと時を同じくして、一見すると何をしているのかよくわ
からなかったサーバはクラウド(雲)の彼方に行ってしまい、身の周りで見かけることも少な
くなった。
もちろんクラウドの彼方というのは比喩的な表現であって、実際には専用の建物に集められて
いる。どこにいるかというと、コンピュータのための建築、データセンターである。
 
データセンターという名称は広く知られており、大量のコンピュータを格納するための建物だ
と言うこともよく知られている。しかし、このデータセンターという建築はなかなか奥が深い。
いつもは建築のためのコンピュテーションについて語られるこの場で、今回はコンピュータの
ための建築について少し触れてみよう。
筆者が勤務するNTTファシリティーズは国内のデータセンターの約30%に対して企画・設
計、構築・調達、運用・保守のなんらかで関わってきている。一言でデータセンターといって
も、クラウドからホスティングまで運営形態によってその在り方は区々であるが、ここから先
はそれらをふまえた上での一般論であることをお断りしておく。
 
データセンターというと、コンピュータが格納されたラックが整然と並ぶ空間を思い浮かべる
かも知れない。実際に「データセンター」と入力して検索すると、そのような画像ばかりが表
示される。一見すると宇宙にでもいるかのような静かで冷たそうな光景である。
ところがコンピュータは熱を出す。それが集約されているのだから結構な発熱量になる。ミニ
コンなど昔のコンピュータは高温に弱かったので、当時の「電算機室」はやたらと冷えていた。
現代のコンピュータは比較的熱に強く、摂氏40度程度までなら問題なく動作するものも少なく
ない。そこまで設定温度は上げないとしても、一般的なデータセンターの中は想像するよりも
温度が高い。
もちろん設定温度が高めとはいえ、冷却は必要である。現在のデータセンターにおける主要な
熱搬送手段は空気なので、サーバにも格納するラックにもファンがついていて、更に空調機が
運転されている。そのため、データセンターの中は思った以上に騒々しい。最近はかなり静音
化されたと聞くが、それでも静寂の空間というわけではないようだ。
コンピュータが働くために明るさは必要ないため、人が作業していなければたいていのサーバ
エリアは省エネのため消灯されている。明るくて静かでICT機器のみが淡々と動いている空間
というイメージは、撮影用の光景だと思ったほうがよいかもしれない。
 
データセンターはコンピュータのための建築だが、無人というわけではない。今のところはま
だICTシステムを運用し、コンピュータの面倒を見るために人手が必要となるためである。多
くのデータセンターにはそのためのオフィスがある。人里離れた場所にひっそりと建っていそ
うなイメージがあるが(そういったものもある)、データセンターは意外と都会の街中に存在
している。そのほうが通勤や工事、設備の搬出入に便利だからだ。とはいえセキュリティ等の
観点から、明示的にデータセンターとわかるような外観をしているわけでもない。毎日何気な
く見ている風景の中に、データセンターがまぎれているかもしれない。
 
データセンターを適正に構築し、運用していくためには様々なノウハウや知見が必要となる。
データセンターの良し悪しを評価するための指標は様々だが、オーナまたはユーザが着目する
ものとして、PUEとTierレベルがあげられる。
PUE (Power Usage Effectiveness) は、データセンターのICT機器の消費電力効率を示す指標
で、「データセンター全体の消費電力÷ICT機器による消費電力」によって算出される。1.0に
近いほど効率が良いとされる。
Tierレベルは、データセンターの品質を付帯設備の冗長性等から評価・格付けするもので、
1から4で表される。データセンターの信頼性や可用性を表す指標といえる。
これ以外にも延床面積に対するICT機器設置可能面積の割合(レンタブル比に近い感覚だろう
か)や、面積や情報量や計算回数と言った様々な原単位に基づく構築コスト・運営コスト、災
害に対する堅牢性などが、データセンターの評価指標となっている。
このように、データセンターには経済性や信頼性から地球環境への配慮まで、様々なことが求
められる。言うのは簡単だが、なかなか難しい話である。
 
データセンターを建築として見ると、スペース効率、床荷重、電源容量、空調容量、運営効率
をはじめとする様々なパラメータから構成される最適化問題を解くべきもの、といえなくもな
い。特に最近ではICT機器の高密度化によりICT機器を収めるラックの重量や発熱密度は上が
る一方であり、如何に適正な答に至るかが重要となっている。
 
様々な視点でのシミュレーションや評価を行う必要があり、横断的な課題抽出とその解決が求
められることから、データセンターとBIMは親和性が高いといえるだろう。データセンターの
プロジェクトでBIMを活用するには、建築生産モデルとしての視点に加え、各種シミュレー
ションのモデルとしても使用できるような工夫をする必要がある。
また、データセンターは竣工後も絶えず工事が発生するという特徴がある。ICT機器の増設や
入れ替えが発生すれば、データセンターの構成要素を決定するための条件も変化する。竣工後
に長期間運営していく建物データとして利用できることも、データセンターにおけるBIM活用
の重要な要件となる。
 
データセンターに格納されるのはサーバを始めとするICT機器になるが、そのための電源や空
調はICT機器と連携する。つまりICT機器と電源や空調は、データセンター内で一つのシステ
ムを構成することになる。建築がハコであり中にモノを入れるという考え方ではなく、ハコで
ある建築とモノであるICT機器が一体化し、明確な境界がなくなっていくのがデータセンター
の特徴の一つといえるだろう。
運営についても同様の傾向を見ることができる。近年ではICT機器を監視・制御するDCIM
(Data Center Infrastructure Management)システムが建築側のBAS(Building Automation System)やBEMS(Building Energy Management System)給電監視制御システム、FMシス
テム等と連携したり、これらの特徴をも併せ持つようになってきたりしている。データセン
ターのBIMモデルは、様々な運営支援システムとも連携する、従来の建築の範囲を超えたデー
タ情報源として機能することも求められてきている。
最近では建築だけでなくラック等も含めた中身もBIMモデル化するという事例も見かけるよう
になった。発注者やデータセンター事業者がIPDに加わり、ラック配置の最適化やケーブル総
延長の最短化といった検討を建物の設計と並行して進めることで、BIMの持つ価値も変わるの
ではないだろうか。
 
とりとめもなくデータセンターについて書いてみた。まだまだきりがないが、結局はコン
ピュータのための建築を適正な姿にするためには、コンピュータの力が不可欠である、とい
う結論になるようである。
 
現在のデータセンターの姿は現状のICT機器の特徴に影響を受けたものである。
突飛な話ではあるが、将来超電導が実用化されればICT機器はほとんど熱を発しなくなるだろ
う。量子コンピュータが実用化されたらその姿や特徴が現在とは大きく変わるかもしれない。
コンピュータの姿が大きく変われば、データセンターの姿もまた大きく変わることは間違いが
なさそうである。ハコとモノの一体化が進めば、建築の範囲や概念が変わるかもしれないし、
建築から独立した新たな別のものになるのかもしれない。

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部 サービス推進部 エンジニアリング部門  設計情報管理センター