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アジアのCAD学術研究の最高峰「CAADRIA2015」開催レポート

2015.05.27

                         慶應義塾大学 池田靖史

CAADRIAの正式名称は、「The Association for Computer-Aided Architectural Design
Research in Asia」といって、1996年に香港で開催されてから毎年アジアの都市を巡回し
20回目を迎える国際会議である。
今年、昨年の京都からバトンタッチされたのはやはり歴史的な都である韓国の大邱となり、
5月の18日〜23日に国立慶北(Kyoungpook)大学のグローバルセンターという建物で
開催された。

この20年の間、建築デザインにおけるコンピュータの役割は大きく様変わりした事は疑
いがない。学会が設立された頃はアジア各国でも実務でのCAD導入が本格化し始めていた
が、建築デザインの世界全体としてはコンピュータの利用に否定的な意見の方が強かった
と当時シドニー大学にいた設立メンバーのJohn Gero教授は今回のレセプションでも述懐
していた。

名称に含まれるCAD自体はほとんどの建築で使われるようになって20回の節目を迎えた今、
研究者の関心と建築界の動向はどこにあり、何を目指しているのかをレポートしてみたい。
というのも実は筆者は今回の発表論文の審査委員長を仰せつかり、ほぼ1年をかけて論文投
稿の募集から、査読委員の選定と依頼、そして採択の決定から出版校正までの作業を取り
まとめた。
査読そのものはしなくても、かなり時間を取られてしまって多方面に迷惑をかけたが、結果
的に全ての応募・発表論文を読むという普段はなかなかできない体験をさせて頂いたおかげ
で、自分なりに感じるところがたくさんあり、できるだけ皆さんと共有したいと思ったから
である。



実はこのレポートで使われている統計は同じ主旨から学会の最終日に参加者全員に説明し、論
文審査委員長として会議の全体像を示唆したものである。
参加者数で言えば今回は21カ国から179名の参加者があった。そのうちアジアの国からの
参加者は70%にあたるが、ここには開催地である韓国からの参加者が75名含まれている。
また論文発表の主著者で言えば82名でアジアからの参加者はちょうど50%となった。意外
かもしれないが実は最大の論文発表者を送り込んでいるのは参加21名論文19編のアメリカ
で、国際アカデミズムにおける層の厚さの違いを感じざるを得ない。

 CAADRIA参加者の地域別構成と採択論文の主著者の地域別構成
 CAADRIA2015 PSC REPORT

 CAADRIA参加者の地域別構成と採択論文の主著者の地域別構成
 CAADRIA2015 PSC REPORT


日本からの論文採択数は4編、参加者数は6名で若干心許ない。この学会を設立した3人のメ
ンバーの一人で当時日本人の研究者としては異色の国際派だった大阪大学の故笹田剛史名誉教
授の名は、いまもSASADAアワードという学会賞として深く記憶に留められている。
筆者自身も今年は審査側ということで遠慮してしまったけれど、日本の学生にも積極的に国際
的な場で学術的な交流をする事を熱心に説いた笹田先生に申し訳ない気持ちになった。

900ページ以上に及ぶ分厚い論文集には、最初に概要を提出して論文発表応募した246編
から2段階にわたり3名以上の査読の結果、82の論文が収録され33%にまで絞り込まれた
ものである。
どれも内容のある発表で、全てを紹介する事ができないのが残念ではあるが、まずは全体とし
ての方向性を考えてみたい。試しに主催者側が設定した15のトピックのどれを著者が選択し
たのかを集計してみた。 

 論文著者によるシンポジウムのTopic選択

 論文著者によるシンポジウムのTopic選択


複数選択が可能だったので関心のあるテーマがどこにあったのかが読み取れる。関心の高い方
からいうとまずコンピュテーショナルデザインの教育・研究の方法論自体が大きい。これはCAADRIAという学会の性格をよく現していて、通常の学会のように最新の発見や実験成果で
先進性を競い、知的所有権の主張につなげる場というよりも、デザインを学ぶ学生に知識と
技術を普及させ、学問分野全体としての底上げを目指す態度が存在するように思える。

その一方で、2番目に参加者に人気のあったトピックはデジタルファブリケーション。そして
3番目がジェネレイティブ/アルゴリズミック/エボリューショナル・デザインである。
本当を言うと「アルゴリズミック」のキーワードは委員長である筆者の裁量で今回の会議で
初めてトピックに中に設定されたのだが、実際にはこれら全てにかかわる論文も数多い。

例えば生態シミュレーションを建築デザインに直接応用する方法で教育している中国精華大学
のハン准教授らによる学生設計スタジオでの報告や、折板構造のパラメトリックなモデルから
ロボットによる加工や組み立てを学生とともに行うプロジェクトなどが紹介されていた。平均
でも2.7のトピックが選択されている。つまり残念ながらあらかじめ設定しているトピックの
分類が意味をなさないほど領域が複合していることが第一の特徴だと言えるのかもしれない。

     I.Pantic and S.Hahm  ISOMORPHIC AGENCY, Proceedings of CAADRIA2015

     I.Pantic and S.Hahm ISOMORPHIC AGENCY, Proceedings of CAADRIA2015


 W. HUANG and W. XU GENERATIVE DESIGN BEGINS WITH PHYSICAL EXPERIMENT    Proceedings of CAADRIA2015
 

 W. HUANG and W. XU GENERATIVE DESIGN BEGINS WITH PHYSICAL EXPERIMENT    Proceedings of CAADRIA2015
 


 J. MEYER, G. DUCHANOIS, J-C. BIGNON  and A. BOUALI  COMPUTER DESIGN AND     DIGITAL MANUFACTURING OF FOLDED ARCHITECTURAL STRUCTURES COMPOSED OF   WOOD PANELS, Proceedings of CAADRIA2015

 J. MEYER, G. DUCHANOIS, J-C. BIGNON and A. BOUALI COMPUTER DESIGN AND     DIGITAL MANUFACTURING OF FOLDED ARCHITECTURAL STRUCTURES COMPOSED OF   WOOD PANELS, Proceedings of CAADRIA2015


これは現在のこの分野の状況を理解する上で重要な鍵を握るとも思える。すなわち、コンピュ
ータを中心にした情報技術の支援の結果「デザイン」は既に計画の段階だけに存在するのでは
なくなっている。

加工や組み立ての問題を直接にデザインにフィードバックさせる手法や、環境の変化や人間の
利用状態にダイナミック適応させる手法、デザインを考え始める以前の人間の思考をあらかじ
め拡張しておく手法などのように全ての段階が総合的なコンピュータ利用の一部として「建築」
という人間の社会的行為に影響した結果、従来の意味の「デザイン」自体が解体されているの
である。その中で今回の開催テーマにも掲げられた「人間とコンピュータによる相互関係(HCI)」
という概念は、今後最も重要になってくる気がする。

優秀論文として表彰もされたDLAというアルゴリズムを使ってオフィス環境を組織形態に自律
的に適合させる発表もそこに関連があったが、個人的には白眉と言うべきはクッション材のよ
うな柔軟性を持つ素材の内部で起きている微細な変形構造とその幾何学的な配置の関係を力学
的に解析できる事に着眼して、外力を受けたときに起きる変形を制御できる柔軟素材の3Dプリ
ンターによる開発を提案した論文だと思った。人間による創造的な条件設定とコンピュータに
よる複雑で高度な計算との融合を可能にする技術だからである。

     D.Park, J. Lee and A. Romo POISSON RATIO MATERIAL DISTRIBUTIONS,
     Proceedings of CAADRIA2015

     D.Park, J. Lee and A. Romo POISSON RATIO MATERIAL DISTRIBUTIONS,
     Proceedings of CAADRIA2015


トレンドを分析するもう一つの指標として論文著者が文頭にあげた合計340の論文キーワー
ドを分析してみると図のような結果になった。自由に設定できるので、当然ながら非常にロン
グテールな結果になるのだが、筆者もちょっと驚いた事に第1位はBIMだ。
トピック選択にもあったBIMとの関係を考察すると、主要なトピックではないが、欠かせない
キーワードであるという心理が読み取れる。なぜなら他の項目はおおむねトピックの上位と
一致しているからだ。実際にもBIMをデーターベース的なコミュニケーション環境と考えて、
利用状態の分析や初期的な計画アイデアの誘発に使う方法など、実務設計的なBIMの利用と
は少し離れたところでの研究が発表されていた。

  Top 10 keywords
  CAADRIA2015 PSC REPORT

  Top 10 keywords
  CAADRIA2015 PSC REPORT


     T. MCGINLEY and D. FONG, DESIGNGHOSTS -Mapping occupant behaviour in
     BIM Proceedings of CAADRIA2015

     T. MCGINLEY and D. FONG, DESIGNGHOSTS -Mapping occupant behaviour in
     BIM Proceedings of CAADRIA2015



どの学会もそうだが、後で振り返って本当に貴重な情報が得られるのは発表や質疑ではなくて、
コーヒーブレイクや、ランチ、さらにはレセプションパーティーなどで話される会話の方であ
る。発表自体は前哨戦、あるいは話題を共有するための準備体操であって、必要不可欠である
ものの、親密な会話は時として、議論している本人たちですら持っていなかった新しい可能性
へのひらめきに帰結する事がある。

いつも不思議なのは本当に同じ関心を持つ者同士が集まると、年齢も国籍も超えてすぐに親密
になれる事である。パーティーの後の二次会で深夜を迎えても、まだジェネレイティブ・デザ
インとアルゴリズミック・デザインの差についての議論を止めない連中にはこちらの勝手かも
しれないが強い仲間意識を感じた。
来年は3人目のCAADRIA設立メンバーであるThomas Kvan教授のいるメルボルン大学で開催
されることが終わりに発表された。こうなると今から楽しみになってきてしまうものである。