Magazine(マガジン)

コラム

既存建物のBIM

2017.06.08

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎

このところ、設計から運営維持管理に至る建物ライフサイクル全体でのBIM、というイメージ
を目にする機会が増えてきた。建設だけでなく、運営維持管理でのBIM活用についても様々な
ツールや事例が見られるようになり、BIMに興味を示す建物オーナーや発注者も増えてきてい
る。国内においても、BIMに対する見方や考え方が変化してきたようだ。
 
建物に関わる様々な工程でのBIM活用は日々進化している。これと並行して、これからは各工
程をつないだ建物ライフサイクル全体で、BIMを介して建物情報を流通させる、ということに
も目を向ける必要があるだろう。勿論それは企画や設計から運営維持管理までの一周で終わる
のではなく、改修や修繕、リノベーションの設計や工事を含め、何周もするものでありたい。
既に存在するBIMモデルを元に、リノベーションでの設計や工事を効率化した事例はまだあま
り聞かれないが、これこそが建物ライフサイクルにおけるBIM活用の重要なポイントの一つで
はないかと考えている。
作成したBIMモデルを竣工後も変更に応じて現行化し続け、適正に管理していけば、建物情報
管理の効率化と品質向上を図ることができる。中心にBIMモデルがあり、建物ライフサイクル
の各工程が円で結ばれる、というイメージが成立するわけだ。
 
こうした建物ライフサイクルでのBIM活用を考えるうえで頭を悩ませるのが、既に存在してい
る建物、既存建物の扱いだろう。
新築であればBIMサイクルのスタートポイントははっきりしており、竣工時に完成したBIMモ
デルを、建物ライフサイクルでのその後の工程に引き継ぐことができる。建物ライフサイクル
においてそれぞれの情報がいつ作成され、どの工程で必要とされるかを整理し、BIM実施計画
を策定して情報管理の視点からBIMモデルの運用規約を決めていけばよい。
これに対してBIMモデルがない既存建物の場合、運用維持管理や小規模な改修や修繕のために
新たにBIMモデルを作成する、というのは簡単なことではない。BIMモデルの作成コストと、
投資回収にかかる期間を比較して実施に踏み切れない、というのが一つの理由だろう。勿論建
物オーナーの判断で既存建物をBIMモデル化した事例もあるが、具体的な中長期のファシリ
ティマネジメントのビジョンや戦略がなければ初期投資に対する決断も難しいのではないだろ
うか。
 
当然のことだが、既に存在している建物のほとんどはBIM化されていない。建物ライフサイク
ルマネジメントにBIMを導入すれば便利になることはわかっていても、新たにBIMモデルを作
成するのは簡単なことではない。とはいえ、複数の建物を資産として保有し、経営資源として
どのように利活用していくかを決めたい建物オーナーから見ると、新築の建物だけがBIM化さ
れていても十分とはいえない。
このような問題意識から、既存建物を如何にスムーズにBIM化して建物ライフサイクルで活用
していくか、が最近の関心事の一つとなっている。
 
既存建物の工事の場合、既存部分のBIMモデルに変更箇所を追加することで、設計や工事の検
討を行うことになる。工事対象のBIMモデルは適正に作成するとしても、既存部分については
できるだけ簡素なものにしたいところである。ところが実際に既存の建物に手を加える際には、
図面に現れないようや細かい部位も考慮しなければならない。結局、既存部分のBIMモデル作
成に相応の時間とコストがかかることとなり、今回はBIMでなくても……という結論に至って
しまう。
既存部分のBIMモデルの作成コストを最低限に抑えつつ、BIMを活用して現場調査や調整を何
度も繰り返さずに既存建物の設計や工事検討を行う方法があれば、既存建物のBIMへの移行の
最初の一歩になるはずである。
 
手元にあるのが壁床天井といった必要最小限のBIMモデルであっても、現場の画像があれば変
更部位機器と既存部分との関係を適正に調整できる。特に3次元表現においては、BIMモデル
とパノラマカメラによる全天球画像を重ねれば効率的に検討ができ、発注者にもわかりやすく
設計案を説明することができる、というところに着目してみた。
ところが、BIMの3次元表現と全天球画像を重ねることが簡単ではない。全天球画像を撮影し
た位置を正確に記録し、BIMの3次元表示の視点位置と合わせればよいのだが、なかなか位置
が合わない。位置合わせを行うだけでかなりの時間がかかるため、結局は既存部分もBIMモデ
ルとしてそれなりに作りこまなければ役に立たない、ということになってしまう。
 
これを課題として、BIMモデルと全天球画像を簡単な手順で重畳させるツールを実現した。全
天球画像の撮影位置を記録しておく必要がなく、簡単な位置指定操作のみで確実に2つを重ね
たイメージを作成できることが特徴となっている。
BIMモデルと現況の画像を重ねると、既存部分の状況が把握しやすい。既存機器との干渉を避
ける追加機器の位置決めや、増設機器の保守性も容易に確認できることがわかった。また、発
注者に対してもわかりやすい説明ができる。作成した工事部分と既存部分はBIMモデルとして
残るため、これ以降の建物ライフサイクルでの利用も可能となる。
 
既存建物のBIMを考える、と大風呂敷を広げた割に後半が小ネタになってしまった。しかし、
既存建物をBIMのサイクルに乗せていくには、このような部分的限定的なBIMモデル作成を、
ある程度の時間をかけて積み重ねていくという方法があってもよいのではないかと思っている。
竣工以降の運営維持管理工程においては点検模様替え改修、修繕リノベーシンと言っ
た様々なイベントが発生する。新築時のBIMが新規構築というイベントのフロントローディン
グの手段であるのなら、運営維持管理工程においても、それぞれのイベントのフロントロー
ディングにおいてBIMを活用することができるはずである。ある程度の期間をかけてもBIMモ
デルにならなかった部分があれば、それは既存建物のBIM活用に不要な情報だと考えればよい
だろう。
 
必要以上のコストをかけずに既存建物をBIMモデルにしていくには、更にさまざまな手段や手
順を組み合わせていく必要がある。また、BIMモデルになっていない部分の情報を補完する方
法も用意しなければならない。それでも運用維持管理の工程にBIMの入り口ができれば、建物
ライフサイクルにおけるBIMの活用もさらに拡大するのではないだろうか。
既存建物のBIMという領域は、まだまだ考えなくてはならないことばかりのようだ。

 BIMモデルと全天球画像の重ね合わせによるイメージ

 BIMモデルと全天球画像の重ね合わせによるイメージ


   既存機器との位置調整

   既存機器との位置調整


   保守性の確認

   保守性の確認

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部サービス推進部エンジニアリング部門設計情報管理センター 担当部長