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コラム

BIMでいちばん難儀なこと

2017.06.29

パラメトリック・ボイス                竹中工務店 石澤 宰

「3つの願い」というモチーフは世界中あちこちの物語で見られる普遍的なテーマだと聞いた
ことがあります。面白いことにというか、当然ながらというか、そのどれでも「願い事の数を
増やしてほしい」という願いは聞き入れられないことになっているようです。当然それを言い
出せばキリがないし物語だって終わらなくなってしまうわけですが、国や文化は違えど考える
ことはみな同じ、という気がしてしまいます。
魔法を叶えるには叶えるなりの担当者なりガジェットなりが必要になり、それが魔法使いだっ
たり魔法の杖だったりします。それゆえ魔法の杖、というと、どんな願い事も叶えてくれる道
具、という設定で物語に現れることが多いものです。
ところが実際のところ魔法の杖は単機能であるようにも思われますが、いかがでしょうか。そ
もそもAdobe Illustratorに出てくる魔法の杖(マジックワンド)が単機能です。それ以外にも
魔法の杖に例えられる道具は色々と思いつくものの、わりとこう「あんなに面倒くさかったコ
レコレの仕事が一瞬で終わる」みたいな感じがあります。
 
多くの人が、BIMといえば数量が拾えることが最大の旨味だ、と言います。私も確かにそうだ
とは思うし、排煙面積やら雨水排水管の負担面積やらを計算せずともサッと必要な数字が出て
くると本当に感謝もします。ただ、そうと言い切ってしまうとちょっと違和感のある捉えどこ
ろかなと私は思っています。
数量を保証するには、モデルの形の正確さに加えて、モデルのカテゴリ分けの正確さが欠かせ
ません。演算対象として過不足ない情報を拾ってこられるかは極めて重要なポイントで、実務
にBIMを使う方ならそここそ頭の痛いところだと痛感しているように思います。
作り込むにつれて見えてくるパラペットのあご、水切り金物、アルミ笠木、これらをとりあえ
ずの設定で作ってしまうと拾うときに漏れやすくなります。しかしそういった「その他」は
やり始めるとかなりの数があり、なおかつ実務で見積落ちしがちな項目なので気を使います。
しかし結果そこまでBIMを使い倒すことはなかなか大変で、得てして「苦労して作った割には
云々」になりやすい。
そこまでのディテールをどう扱うかは人により建物種別により、大きく異なり得ます。私はそ
れでよいと思うしその戦略はBEP(BIM Execution Plan)で作り込むのが正解だろうと思い
ます。
……とはいえ、常日頃からこんなフルサイズの説明を求めている方はあまりいないので、そう
ですね、という返事をしていることが多いのですが。
 
そのようなギャップの最たるものが仕上ではないかと思うのです。
日本の作図文化では仕上に関する情報は仕上表に集約されます。仕上表のキーは部屋タイプで
あり、部屋単位で情報が指定されたのち、細かい情報は矩計図なり展開図なりで表現される、
というケースが多いでしょう。
ですがBIM的にはここで色々と難儀なことが起きています。部屋に紐づく情報はRevitなら部
屋にARCHICADならゾーンに連携したいわけですが、これと実際のモデル内の床・壁・天井
は別物です。さらにその壁や天井のコンポーネントも、たとえば塗装の膜厚までモデルしたり
するわけでもなく、モデルに表現されているものが全てとも限らない。結局、矩計図を書いた
りすると仕上は書き文字で処理することになります。
ところが一方で、矩計の各部屋に書く仕上情報は部屋タグなり何なりを工夫してあげるとス
タンプのようにポンポンと書くことができ、仕上表とのリンクづけはいろいろな方法でできる
ので(私のケースでは仕上表はExcelなのでRevitならDynamoをARCHICADは会社が開発
したExcel連携ツールを使います)ここは魔法の杖を大いに実感するところです。他にも仕上
色分図ができたり、中でも防火区画図が特段の操作もなしにあっさりと作れたりすると、使い
慣れた今でも心から感激します。
 
仕上の情報ほど一枚岩でなく、二枚舌・三枚舌をモデルの中で使い分けているものは他に
ちょっとありません。ということはそこにヒューマンエラーが発生しやすく、情報の活用度が
落ちやすく、旨味が少なめであることを示しています。
仕上表だけ作って終われればシンプルで良いのですが、モデルとして形のある仕上もあちこち
で必要になてしまいます。OAフロアや床石などは厚みがないと断面図も絵になりません。そ
れとはまた別にレンダリングするにはマテリアル設定が必要で、これはオブジェクトごとに独
立で設定できるため、管理に一貫性を持たせたいところですがこれがなかなか難しい。さらに
マテリアルはその色だけでなく、環境性能や明るさ感などをシミュレートする上では反射率が
重要で、熱の検討であれば熱貫流率が必要になるわけですが、こうしたデータベースはなかな
か手に入りません。こうして頑張って作る仕上がいつでも有り難いかというと、工程のアニメ
化などをするときなど仕上は全体像が見えづらくて画になりにくく、あまり振り返られない。
いいさじ加減で仕上の形態・マテリアル・属性を一元化することは想像以上に難しいことです。
 
RhinocerosやSketchUpでモデルを作るとき、レイヤ分けには様々な流儀がありますが、例え
ばV-rayでのレンダリングを前提とするなら仕上別に分けておくのが楽です。材料別に管理を
するという方法は何かと理にかなっており、では仕上表という部屋ごとに情報を管理する方法
が間違っているのではないかという気にもなります。しかしスペックメイキングは部屋とその
用途から行われるのが一般的なので、部屋単位の管理をしないわけにもいきません。確認申請
にも必要です。
 
とても身近なようでいて、何かと扱いづらい仕上げ。今のところ、どの環境においてもこれと
いう答えはなく、その都度その都度 試行錯誤しています。本当に、魔法の杖の一振りでこの問
題がスッキリ解決すればいいのに!と思いつつ、魔法の杖は単機能なのでまずは機能を絞り込
まないと…。思いもよらないところで建築は奥が深い。

石澤 宰 氏

竹中工務店 設計本部 アドバンストデザイン部 コンピュテーショナルデザイングループ長 / 東京大学生産技術研究所 人間・社会系部門 特任准教授