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コラム

「する」の解像度

2017.08.01

パラメトリック・ボイス                竹中工務店 石澤 宰

日本語の「する(為る)」という動詞は、単体でも様々な意味を持つ多義動詞であり、「~す
る」の形で名詞を動詞化する機能も持ちます。そのため多くの場合「する」によって文章を構
成することができるわけですが、あまりそれだけに依存しすぎず専用の動詞を使う方が好まし
いと考えられます。
 
たとえば「眼鏡をする」「予約をする」「ギターをする」「司会をする」という表現に問題は
ありませんが、「眼鏡をかける」「予約をとる」「ギターを弾く」「司会を務める」という表
現のほうが本来的、かつ本格的であると考えられます。使い勝手がいいからといって何でも
「する」に頼らないほうが表現の多様性が保たれて良い、ということでしょう。
 
英語でdoable(do+able)という単語を使う人が時々います。文字通り「できる、可能であ
る」という意味で、通じるし使われているけれども、好ましくないと考える人もいるようで
す*1。これも、オールマイティな言葉に依存すべきでない、あいまいで繰り返しに陥りやす
い表現は避けるべきだ、という点で上記の件と似ています。私もなるべく使わないようにとは
思うものの、話していてpossibleとかfeasibleでは座りが悪いときなど、便利でつい出てしま
います。
 
新しい概念に対応する語がないので作られて、文法に当てはめようとしたときに「メールす
る」「スワイプする」などの表現が生まれ、一部はそのまま定着する(場合によっては「サボ
る」「コピる」のようになる)というダイナミズムは言語にとってつきものです。そもそも日
本語は語彙の数が多いわりに動詞の数が少ないそうで、このような造語で語彙を増やす工夫が
必要になる、という側面もあるようです。
 
そんなわけなので、「シミュレーションする」とか「プログラミングする」という表現が出て
くるのは自然なことだし、意味も十分に理解できます(「シミュレートする」「プログラムす
る」であるべきなのかな、とかすかに思いつつ)。ただこの表現には功罪があるように思って
います。
 
「シミュレーション(を)する」という言葉を聞く機会が増えました。当然ながら、シミュ
レーションという行為には目的が伴っていて、言葉を尽くせば「消費エネルギー削減のために
自然換気利用を促進するべく中間期の風環境が自然換気に利用可能なものであるかどうかをシ
ミュレーションによって検証する」とか「計画建物の年間エネルギー消費量が開口部の配置と
大きさによってどれくらい異なるかをシミュレーションによって可視化する」というような話
において、その「ソフトウエアなどによって検証を行う、結果を求める」という意味でシミュ
レーションする、という言葉が使われています。ここまで分かっている人にはあまりにも迂遠
なので、上記の議題が既出なら「シミュレーションしてみた?」でもちろん良い。くどい話で
すみません。
しかし「このプロジェクトでは環境シミュレーションをしました」は良くない。これでは何も
言っていないのと同じです。
 
技術の黎明期には裾野が広がっていないため、言葉の指す範囲が少なく、それをまとめてさす
概念が生まれてきてやっとのこと、という状況でしょう。しかしシミュレーションもプログラ
ミングも、さすがにもう何十年も使われてきた概念です。建築設計者が自ら利用可能なツール
として環境が整備されたのはここ10年ほどの話なので、その点で発展途上な部分はあります
が、これ以上同じことを言い続けてはいけません。
 
シミュレーションをした、と言われれば、何を目的として何を対象に、どんなシミュレーショ
ンを実施したか、そしてそれが設計にどう生かされたかを問わなければなりません。特に、シ
ミュレーションの結果を踏まえて設計をどう見直し改善したかという発展のプロセスが要諦で
あるのですが、この点を明らかにする事例がもっともっと増えるべきだと考えます。思いつい
たアイディアを補強するためにシミュレーションを1ラウンドだけ走らせるということはある
べき姿ではなく、結果的にシミュレーション結果が予想どおりであったとしても、どう批判的
な検討をしたかについては説明の必要がある内容です。
シミュレーションの結果が予想を裏切ることは山ほどあるし、クライテリアを設けて最適化を
試みても解は思うように収束しないものです。シミュレーション+AI=最適化!というビジョ
ンを目にする機会が最近増えましたが、実際にはもっとずっとミクロな試行錯誤の積み重ねが
これからも当分続くため、私達が思考の解像度を上げていかなければならない段階です。
 
プログラミングも同様です。プログラムっぽい見た目でつい「何かすごいブラックボックス」
と思われることもありますが、どんなに複雑に見えてもそれは手続きの書き下しです。何のた
めに作られ、どのように検証され、そして願わくは、それがどう次の人の作業をラクにするか
が見るべきところで、「プログラミングした」から一歩解像度を上げた視点だと思います。
 
人前でお話をさせていただく機会を時々いただき(ありがたいことです)、最後に質疑を受け
付けたとき、会場に「何か気の利いた質問をしなければ」と緊張されている方がいると、その
ことがわかります。自分でも意外ですが、何回もお話する機会をいただいていると感じ取れる
ようになるもののようです。
 
それは人情というもので、私自身も人の講演などではそのように思ってモジモジしている人間
です。そんな時には試しにこんな質問を投げかけてみてください。「このシミュレーションは
どんなクライテリアにもとづいているのですか?」「シミュレーションでは気象データはどの
ように取得されましたか?」「このアルゴリズムで出てきた形の良し悪しを評価した基準は何
でしたか?」「このプロセスは何ラウンドくらい実施しましたか?」などなど。そうすると、
「シミュレーションする」「プログラムする」の解像度が少しずつ上がって、より精細な画像
が見えてくるはずです。
 
ところでこの回には参考にした「元ネタ」があって、それは十数年前に書かれたこのページ
す。ここで取り上げられている「インターネットをする」という表現、たしかに当時は聞きま
したが、今ではめっきり使わなくなったような気がします。超大手サービスが普及して、そこ
にかける時間が大半になったため、「インターネットをする」という漠とした表現でなく
「LINEをする」「Twitterを見る」「Googleで調べる(ググる)」といった言葉にセグメント
化されつつあります。シミュレーションする、もひょっとするとそんなようなもので、あと10
年もすれば「Radianceる」とか「Grasshopperする→グラホる」に……なるのでしょうか。
グランブルーファンタジーは「グラブる」なわけですし。なるといいような、なんともgeeky
な会話になるだけのような。
 

*1 Much ado about “doable”

  コラムの画像を探していたら見つけた「スル」という名前のフリーフォント。

  コラムの画像を探していたら見つけた「スル」という名前のフリーフォント。

石澤 宰 氏

竹中工務店 設計本部 アドバンストデザイン部 コンピュテーショナルデザイングループ長 / 東京大学生産技術研究所 人間・社会系部門 特任准教授