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コラム

離島のデジタル・コンストラクションに思うこと

2017.08.24

ArchiFuture's Eye                慶應義塾大学 池田靖史

今年も鹿児島県の屋久島から船で1時間半のところにある口永良部島で行っている研究室の学
生の活動に行って来た。前にこのシリーズで「ロジスティクスと建築2 離島のデジタル・
ファブリケーション
」で紹介した過疎の火山離島における、デジタル技術による土着建築への
挑戦についての続報をしたい。活動は既に4年目に入っていて、その間には火山の噴火による
避難の時期もあった。出会いは偶然だったが、エクストリームな条件のなかで我々が指向する
デジタルな建築技術が何を達成できるのかを見極めようとすることで、その本質的な可能性を
考える思考実験のような意義を持つことになったと深く感じている。その過程の様々な検討の
末に行き着いたのが昨年から開始した竹籠にモルタルを塗ってつくるシェル構造体である。ま
だ小規模な建設実験を積み重ねているところだが、我々としては結構、大きな夢がある。
 
ほとんど全ての建材を船で運んでくるしかないこのプロジェクトにおいてセメント以外の材料
として使われているのは、島のどこでも自生する竹である。輸送費をかけず、将来の廃棄物を
最小にすることと、強烈な暴風雨が年に何度も襲来する厳しい気候条件に耐えられる構造体を
つくることからされた選択であった。さらに、この場所で最小限のコストでシェル状のドーム
屋根を構築するための条件は、建設機械や仮設足場なども最低限にし、作業者の技能も(学生
なので)期待しないということだた。昨年8月に最初の試験体としてスパン2.5m高さ2m
の屋根をつくって施工方法の経験的確立や経年的な観察を続けながら、今年の夏も改良された
施工方法の実験として、規模は小さいが、地元の民宿の庭で屋外のピザ釜小屋として使われる
予定の小ドームが施工中である。
 
形状がシェル状曲面であることには単純明快な理由があり、この材料と施工方法に適している
からだ。建築というと四角いものが基本で、曲面体をつくるのは意匠的な理由であると思われ
がちだが、それは通常の工業化された建材と工法を前提にしている。竹はしなりやすい。そも
そも曲がっていて直線にする方が難しい。型枠を使わないで打設し、壁と屋根を一体に構築し、
一定のコンクリート厚で強度を出すためにも曲面は都合がいい。何とも面白いことに足下を固
定して竹をしならせた弓形は自然に圧縮方向に合理的なに放物線アーチの形状に近づいてくれ
る。だが、ここまでの話にそれほどデジタルな建築技術は関係ない。強いて言えば曲面体の
3次元モデリングはコンピューターの方が有利ではある。しかしこうした構造物が持っている
最大の問題点は、コンピューターでモデリングできても予定通りの形状につくれるとは限らな
いこと、寸法や位置などの施工精度を高く保つことは難しいことにあって、その問題をデジタ
ル技術から考えることこそが、これまでの施工技術思想とは異なる新たな展開を与えてくれる
ものであった。
 
現実的な試みとして、高価な3次元スキャナーではなく、数万円のレーザー距離計で施行中の
立体形状を計測しながら造ることが重要なポイントであった。それほど多くの測定点が無くて
も、滑らかな曲線であることを条件にすればかなり正確にモデルに再現可能であるから、その
意味でもこの曲面体は有利だった。そして結果的に出来上がった形状が3次元モデルに再現で
きれば、その3次元モデルを使って、平割りした竹を曲面メッシュに編みやすいように測地線
方向を割り出したり、構造的強度を再確認したりすることができる。そして次の段階では3次
元モデルから派生できるデータを仕上げなどの2次部材の計画や製作に使うことを考えており、
そこではCNC加工のようなデジタル・ファブリケーション技術の利用も視野に入れている。そ
うすれば例えば窓にはめる透明なパネルのような他の機能性材料との組み合わせも可能になる
だろう。すなわち、このような施工結果をフィードバックするリバースエンジニアリング的手
法にデジタル技術を使おうと考えたのである。それは言い換えれば、施工誤差を許容する度合
いを拡大する方法の追求が、ばらつきの大きい天然部材の上、精度高く施工する道具や技能に
も欠ける条件を克服して、その優位性を利用可能にする鍵を握っていると考えたともいえる。
 
このことは「可能な限り正確な予測に基づく設計と、その精度高い実現の方法としての施工技
術」という一般的な建築技術理論と若干異なる様相を持つことになる。もちろん事前の準備や
計画が不要と考えている訳ではない。しかし最終的な目標である建築的な性能を確保する方法
が、直線や直角の寸法精度にのみ依拠する訳ではないことはとても示唆的であるし、その鷹揚
な考え方から得られる新たな「自由度」が拓く世界は、工業化大量生産手法の原理に従って進
んで来た建築が見失っていた価値なのかもしれないと感じさせる。このプロジェクトにおいて、
結果的にそれは、経済性、環境性、労働生産性などの社会的な側面を、その地理的な条件に適
応させることに繋がっている。
 
もともと建築は全てが土地に固有の個別の解答であり、その差異をふまえながら、同時に個別
性を越えた共通の知恵を活用する技術的方法論の問題であるとも考えられる。そうであれば、
一定の変形可能性をデータ構造として受け入れることのできるデジタル技術が、個別条件への
適応能力をその本質的な価値として持つことは、とても正当なことに思える。センシング結果
をリアルタイムにモデリングして、そのデータを次の施工に活かしながら造り続けることは、
デジタル・コンストラクション技術の核であって、それは大量生産され、品質的安定性が高い
工業製品を高精度に配置する近代的な手法ではカバーできなかった範囲へ手を差し伸べること
ができる。そうして、これまでの地理観、世界観では工業化技術が届かず労働や生産の集約化
ができない「遠隔地」がその不利さを克服して、逆に高度に発展した都市が持っていない魅力
や価値を発揮し始めるチャンスになることを夢見ている。


池田 靖史 氏

東京大学大学院 工学系研究科建築学専攻 特任教授 / 建築情報学会 会長