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コラム

過ぎ去りしBIMを求めて

2017.09.12

パラメトリック・ボイス                竹中工務店 石澤 宰

この8月を振り返ると計56時間を〈ドラゴンクエストXI~過ぎ去りし時を求めて~〉に費やし
ており、非常に有意義な夏だったと満足しています。近ごろ街なかで見かけるユニクロを脳内
で「防具屋」と呼んでおり自分でもちょっと心配ですが、来月くらいには正常化するでしょう。
多分…。

ドラクエ11では2Dモードと3Dモードを切り替えることができ、どちらでも冒険を進めるこ
とができるようになっています。興味深いことに3Dモードは漢字にルビが振られていますが
2Dモードにはなく、どうやら2D=イージーモード=低年齢層向け、というわけではないよ
うです。レトロゲームファンを想定しているためか、はたまた単に解像度の問題か。私は主に
3Dモードでプレイしており、それは何か個人的に、ノスタルジーで2Dを選ぶと自分が古参
であると認めているような気がするからですが、正直3Dモードは若干疲れます。3Dモード
は自分の視野の後ろや物陰などに死角があるので見落としがないか気を使うし、私は移動中な
どにNintendo 3DSでプレイしているので、あまりグリグリとカメラを動かすとさすがに気分
が悪くなるからです。

そんなわけで、その時々に応じて2Dモードに切り替えたりなどして遊んでおり、ここにBIM
との共通点を見出したという、冗談でも何でもなくそういう話です。ドラクエによって改めて
証明されたのは、「どちらのモードで進めたとしても同じストーリーを体験することができ
る」ということでしょう。物が決まってそのことが他者に伝達できればよい、という観点から
すれば、3Dで作ったものを2Dに持ち込むことは必ずしも必要ではないし、逆もまた然りで
す。そう考えれば、ドラクエ開発陣ならぬプロジェクトチーム、全てのパートに2D・3Dの
双方を作らずとも良いと納得できそうな気がしました。

ところで上記の「過ぎ去りし時を求めて」はストーリー上なかなか含蓄のあるサブタイトルな
のですが(詳しく言いたいけれどここでは無理です)、購入時にこれを見て私は実は、最近読
んだある文章のことを思い出していました。

「これ(建築設計におけるコンピュータの利用)により建築物の品質の向上とコストの低減が
行われるが、同時に設計コストの低減も達せられる必要がある。コンピュータ利用が設計期間
の短縮と設計技術者の省力化を含めた設計コストの低減に結びつかない限り、コンピュータの
利用は制限されることになる。もちろん現行の設計料のあり方にも問題がある。建築コストの
低減が設計料の低減に無条件に結びつくのは問題であり、合理的な技術により達せられた建築
コストの節約額の一部は設計者に還元されるのが本来ではないかと考える。」

上記は日本建築学会発行の建築雑誌からの引用です。発行は1973年11月、じつに44年前。最
初にこの文章に出会った時は驚きました。そして、ひょっとして今から44年後の2061年にも
これと同じことを言っているのではないかと、そんな思いにとらわれました。

コンピュテーショナルデザインやデジタルファブリケーションに関してここ数十年のあいだ、
建設業の中で歩みが止まっていたというわけではもちろんありません。しかし、着々と進歩を
続けてきたというわけでもない、というのが実情のように思われます。

たとえばロボット化技術は1980年代にさかんに研究されました。私の所属する竹中工務店で
も、床コンクリート打設用ロボットなど複数のロボットが開発され、実際に現場にも導入され
ていました。好景気を背景に労務単価が急騰し、将来の労務不足に対する不安から、とくに過
酷と思われる職種を中心にロボット開発が進んでいた時代でした。しかしバブル崩壊後の不況
で労務単価が下落したこと、また完全自動化に至らなかったため人的なサポートが結局は必要
だったことなどを理由に、ロボットの開発は下火になってしまいました。
同様のムーブメントは人工知能開発や設計の海外進出などにも見られます。
建築はもともと資本的支出の比率が低い業界なので、こうした取り組みが景気の影響を強く受
けることは確かです。しかしそれにしても、こうして振り返ると歩みが遅いと言われても仕方
ないという気がしてきます。

数百万の従事者を擁する業界が誰か一人の意見で変わることは難しい。しかし、流れを作って
いかなければ、私の人生の間でこの業界の変革を目にすることは不可能でしょうし、これをお
読みの方にとってもそうでしょう。

BIMについてはどうか。BIMのコンセプトは今から50年も前から脈々と存在します。設計業務
についての問題点もその当時から把握されていたことは上記の論文のとおりです。しかし現在
でもその問題の核心がそのまま残っているのはなぜなのでしょうか。

言い訳が多いから、ではないのでしょうか。自らBIMを使っている、プログラミングにチャレ
ンジしている、あるいは3Dモデルを見るだけでも見ている設計者は、私の実感としてはあち
こち見回しても数えるほどしかいません。オペレータがいないから、プラットフォームが違う
から、修正にかかる工数が多いから、図面のほうがよく理解できるから……という話はいつも、
自分で触っていない人から出てきます。これがBIMに特有の問題でないことは想像に難くあり
ません。新しいものに対する姿勢にはきっと、何かしら共通するものがあるでしょう。

憧れ、夢に見て入ってきた建設業だからこそ思います。このままの業界で職業人として過ごし
ていきたくありません。ゼネコンが変われば、学会が変われば、教育が変われば……という、
そのすべてが等しくあてはまります。
こんなベタなことを書く回があるとは思っていませんでしたが、たまにはこんなコラムもいい
かもしれません。一人ひとりが変わらない限り、建設業は生産性向上という点で産業界の落ち
こぼれのままです。
言い訳はやめて、業界を変えませんか。食わず嫌いせず、新しい道具を使いませんか。道具に
不満があれば、自らその道具を良くする側の人間になりませんか。

過ぎ去った時は戻りません。進むべき道を示す賢者も、時空間を駆け回る魔法もこの世界には
ありません。まして、現実を救うのはたった一人の勇者ではないのです。
……だからこそドラクエが楽しいのですけれど。

        ドラゴンクエストXI プレイ画面 ⒸSQUARE ENIX

        ドラゴンクエストXI プレイ画面 ⒸSQUARE ENIX

石澤 宰 氏

竹中工務店 設計本部 アドバンストデザイン部 コンピュテーショナルデザイングループ長 / 東京大学生産技術研究所 人間・社会系部門 特任准教授