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コラム

BIM実施計画をめぐる権限分立考

2017.11.02

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎

建設プロジェクトをBIMで実施する、というのは最近では特に珍しいものでもなくなってきた。
とは言えプロジェクトにBIMを導入し、限られた期間の中で当初の目論見どおりに活用する、
というのはそれほど簡単な話ではない。プレゼンテーションや干渉チェックはともかく、各種
のシミュレーションや工程管理、コストマネジメントや運営・維持管理との連携と言った様々
なフロントローディングのメニューを、当初計画通りに完遂したプロジェクトは全体の何割く
らいになるのだろう。
 
プロジェクトでBIM活用を成功させるためには、導入目的や適用範囲、データフローやモデル
定義を規定した、「BIM実施計画 (BIM Execution Plan: BEP)」の策定と、それに基づく確実
なBIMマネジメントが重要であると言われる。国外では、ペンシルバニア州立大学や南カリ
フォルニア大学をはじめとする、先進的なBIM実施計画が知られている。これらはいずれも発
注者や施設運営側が求めるBIMの要件が明記されたものであり、様々なプロジェクトでも使用
され、あるいはテンプレートとして活用されている。当然のことだが、BIM実施計画はそれぞ
れのプロジェクトの要件に応じて作成されるものであり、唯一のものは存在しない。
国内のBIM導入プロジェクトにおいても、何らかの形でBIM実施計画が策定されていると聞く。
ただし、多くは設計や施工といった構築側が、建設工程の効率化や品質向上のために作成する
ものとなっているようだ。
 
これまで発注者や施設運営者に近い立場で、BIM実施計画の策定と運営にかかわる機会を得て
きた。そのため、BIM実施計画は竣工をゴールとするものではなく、建物ライフサイクル全体
における情報活用方針と手順を明らかにすべきものだと考えている。
最近では国内においてもBIMに関心を持ち、建物ライフサイクルマネジメントでBIM活用を真
剣に検討する建物オーナーが増えてきた。いずれ国内でも発注者がBIMを主導する事例が増え、
BIM実施計画の考え方も変わっていくと予想している。
 
一方、当初策定したBIM実施計画が、プロジェクトの進行とともに実施項目が「中止」や「保
留」になったり、計画通りに事が運ばなかったりして有名無実なものになっていく、という経
験をされた方も少なくないのではないだろうか。どうしてそのようなことが起こるのだろう。
 
BIMを導入したプロジェクトを注意深く観察すると、関係者がBIMの名のもとに一致団結し、
ゴールに向かって邁進しているわけではない、ということにすぐに気付く。一例をあげれば、
BIMによるフロントローディングを徹底すべきだと考える「BIM推進派」と、BIMの理念には
賛同するが目的は工期内に建物を完成させることだから、工事終盤の大変な時期には無理せず
図面先行で対応すればよい、と考える「現実派」の相反がある。当初はBIMモデルによる整合
性確認や各種図面出力を徹底していても工事が佳境に入り予期せぬ設計変更やVEが出て工期
が厳しくなると、まずは図面修正を優先してBIMモデルの修正は後でもいいよね?と誰かが言
い出すわけである。これをひとたび許してしまうと、建物の竣工までに竣工BIMモデルが完
成しないばかりか、その品質確保も難しいものになってしまう。
 
BIMの導入目的が建物の構築側の自助努力や業務効率化施策であれば、このような考え方でも
問題はないのかもしれない。しかし、BIMの活用範囲が建物ライフサイクル全体に及ぶと、発
注者が策定したBIM実施計画が契約に含まれる可能性が生じる。仮にそうなると、当初計画さ
れたBIMメニューの遂行や竣工BIMの品質確保と納品は契約上の義務となる。これまでのやり
方ではプロジェクトの完遂が危うくなるかもしれない。
 
BIMがBIM実施計画通りに進んでいない場合、決めたルールを守っていないか、守ることが難
しいルールを決めているのかのどちらかだと考えることができる。BIM実施計画を適正に運用
し、計画通りのBIMモデルの作成やシミュレーションの実施、決められたデータフローを確実
に実施するには、プロジェクトの進行とともにBIM実施計画の履行状況確認や見直しが必要に
なる。
 
これらを課題としてBIM実施計画についてあれこれ思いを巡らせていた時、発注者が設計・
施工から運営・維持管理に至るBIM活用を発注要件としている建設プロジェクトにかかわるこ
ととなった。そこで最初に設計・監理、建築工事、機械工事、電気工事の各社からBIMマネー
ジャーとBIM品質管理者を選出し、発注者とともに「BIMチーム」を組織した。次にBIMチー
ムの役割を、着工前の段階でのBIM実施計画の策定、BIM実施計画のプロジェクト関係者への
周知、プロジェクトにおけるBIM実施の予実管理、BIM実施計画の定期的な評価と改定、とし
た。プロジェクトの進行とともにBIM実施計画をPDCAサイクルでブラッシュアップしていく、
と言い換えてもよいかもしれない。
 
プロジェクトが進むに連れ、当初のBIM実施計画では決めきれていない箇所や、計画通りに
BIM運用が進まない場面が見えるようになった。対立までには至らなかったが、BIM推進派と
現実派との課題解決に対する考え方の違いが浮き彫りになる場面もあった。その都度、BIM実
施計画の評価と見直しを行うことで、今のところプロジェクトにおけるBIM運営は破綻せずに
進んでいる。早期に課題を見つけて早急に手を打つことが重要、というのはBIM実施計画につ
いても例外ではないらしい。
 
今のところはBIMチームがBIM実施計画の評価と見直しを行っている。しかし、BIM実施計画
とその履行状況をより中立的かつ客観的に評価して改定ポイントを提案するという第三の立
場があってもよいと思うようにもなってきた。
今後予想される発注者のBIMに対する要件の複雑化や多様化を考えると、より客観的かつ中立
的に発注者要件や業務実態とBIM実施計画の適合性を評価する視座が求められるようになるの
ではないだろうか。
「BIM実施計画というルールを決める権利」、「BIM実施計画を履行しながらルールに異議を
唱える権利」、「両者の言い分を聞きながらBIM実施計画というルールを評価し改定する権利」
をプロジェクト内に配置すれば、当初策定したBIM実施計画を確実に遂行しうる環境が整うよ
うにも思える。将来は国内でもBIM実施計画アセスメントがビジネスとして成立するかもしれ
ない。
 
三つの権利が拮抗するイメージから三権分立や権力分立というキーワードを思い浮かべたので、
最初タイトルに権力分立という言葉を使ってみたが、権力という言葉はいささか強すぎる感じ
もしたので権限分立としてみた。
いずれにしても、引き続きBIM実施計画アセスメントの有効性と重要性を検証し、国内のBIM
実施計画の権限分立のスタンダードを模索していきたい。

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部サービス推進部エンジニアリング部門設計情報管理センター 担当部長