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コラム

【BIMの話】第三の目がとおる

2018.01.23

パラメトリック・ボイス                竹中工務店 石澤 宰

かっちりと作り上げられたBIMモデルも、プロジェクトが進むにつれて色々な変更を経験しま
す。
例えば、見せ場になる扉の吊元を変更して仕上とフラットに揃うようにする。あるいは、間仕
切り位置との調整でカーテンウォールの割付を調整する。変更内容は一項目でも、平面図・平
面詳細図・展開図、場合によっては天井伏図や建具配置図も直すことになりますが、モデルで
1箇所修正さえすれば、他の部分も同時に直ってくれる。このあたり楽でありがたいですね。
 
……というところまでは良いのですが、副次的な影響が出ていてそれに気づかない、という
ケースもあり得ます。
例えば、建具のタイプを変更するだけなら良いのですが、建具そのものやマリオンなどを一旦
消去してしまうと、そこに関連付けられている寸法やタグは一緒に消えてしまいます。結果、
平面詳細図の寸法や建具配置図の符号などは振り直しになります。古い情報が残ってしまうよ
り良いかもしれませんが、特にタグは見積落ちに繋がったりするので怖いところです。もちろ
ん注意はするものの、あれこれ変更をかけて回っているときはなかなか図面全体を見回れませ
ん。
 
BIMモデルがパラメトリックにできているということは、このように相互に連関があるという
ことです。とりわけ、複数の人が同時に作業を行うとあちこちで色々なことが起きてきますが、
毎日少しずつメンテナンスしたモデル内部の相関をパッと理解することはほぼ不可能で、つい
気づかないうちにちょっとした迷惑をかけてしまうことがあります。ただ急いでいるときなど、
印刷したら今まであった寸法が消えている!となると焦ります。
 
使い慣れた人同士であれば使い方の工夫でかなりの部分をカバーすることができますが、始め
たばかりの人にとってはそこまでケアすることは難しいため、model audit、つまりモデルの
巡回チェックを習慣化するのが確実です。
作業者としてではなく客観的に見ることで、普段作業している時には見慣れてしまって気づか
ないところ、習慣的に読み飛ばしてしまっているところに気づける確率が増えます。
私のお気に入りのRevitチートシート(こちらからダウンロードできます)にはこんなことが書
いてあります。”Audit once or twice a week: it doesn’t really ‘take a long time’”――週に
1、2回はモデルを見回ろう:そんなに「時間のかかる」ことではないから。
 
同じモデルでも人によって見え方は異なるので、別な人がチェックする体制が構築できれば理
想的でしょう。実務者にとって、図面やモデルは眺めるものではなく読み取るものなので、人
によって見る角度は異なり、チェックの網羅性が高まります。例えば、確認申請を提出すると
きなど、設計者が作った図面が確認申請機関の方々からは違う角度から見えていることに改め
て気づく瞬間です。
着眼点によって見るところが異なるということは逆に、押し並べて平たくあれもこれもチェッ
クするということは一般に難しいということでもあります。本当は一人の人格の中で、異なる
視点を任意に切り替えられるのが一番良いようにも思えますが、これがなかなかそうもいきま
せん。毎日作業をしている担当者は、主要な情報については頭に入っているから効率よく仕事
ができるわけで、「いつの間にか寸法が消えていた」類のことは、意識していない限りなかな
か気が付けません。
 
情報がパッケージとして眼前に提示されているのだからすべて理解/チェックされているのだ
ろう、と情報の受け手は考えるでしょうし、実際に担当者はその全ての情報に責任を負う立場
ではあります。しかし、あらゆる仕事でそうであるように、作り手の視点で万物を見通すこと
は難しく、それが故に「鳥の目・虫の目・魚の目」とよく言われるのでしょう。このことは、
これらがすべて同時に見える目は持ち得ないという事実の現れでもあるように思います。
 
ところで、これを書くにあたって調べていたら成功する起業家に必要な3つの視点という記事
を見つけました。ゴルフを向上させる3つの目、マーケティングに必要なのは、リモートワー
クに、運転にも……。なるほど、たしかにそうでしょう。
「モテる女性が必ず備えている4つの目」という記事も発見。物事を天地逆転して見られる
「コウモリの目」が追加されています。増えてしまいました。5つの目、6つの目、7つの目
という言葉も検索すると見つかります。果たして我々はいったいいくつ目を持っていれば良い
のでしょうか。
 
ちなみに第三者視点、のつもりでthird eyeと検索するとチャクラの話が大量に出てきます。そ
ういえば「三つ目がとおる」も能力が開眼する話ですし、たしかに第三の目が開けばそういう
図面間不整合みたいなものは簡単に看破できるようになるのかも……。

石澤 宰 氏

竹中工務店 設計本部 アドバンストデザイン部 コンピュテーショナルデザイングループ長 / 東京大学生産技術研究所 人間・社会系部門 特任准教授