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コラム

前にも後ろにも進む船

2015.06.25

ArchiFuture's Eye                 大成建設 猪里孝司

香港でもう一つ印象に残ったことがある。交通機関である。香港の交通機関といえば2階建て
の路面電車、トラム(香港電車)を思い浮かべる方も多いだろう。1904年に開業、100年以
上の歴史を持ち香港島北部の中心市街地を東西に走っている。料金が3.2香港ドル(約50円)
と格安な上、路線がシンプルで予想外のルートを通ることもない。観光客にとっても有難い存
在である。2階建てのバスと並走している光景は、香港ならではといえる。

スターフェリー(天星小輪)はトラム以上に印象深い。1888年就航なので、トラムよりも古
い。ちなみにビクトリアピークに登るピークトラムも同じ1888年開業である。九龍の尖沙咀
と香港島の中環・湾仔を海路で結んでいる。所用時間は6,7分、運賃は平日の上甲板で2.5香港
ドル(約40円)とトラムよりもさらに安い。乗り場は市街地にあり、海から超高層ビルを眺め
ることができるので、観光客にはうってつけの交通機関である。

この船、普通の船と異なり前後の区別がない。前にも後ろにも進むことができる。香港島から
乗船した時、夜景を見るには船尾の進行方向右側の席がいいだろうと、出港直後に方向転換す
ることを予想して、船首左側の席に陣取った。あにはからんやそのまま直進したので、あわて
て右舷後方に移動した。到着前に方向転換のかと思いきやそのまま埠頭に到着した。出港後も
到着前も方向転換せずじまいだった。

一体どうなっているのかを確認するため翌朝もう一度乗船した。電気機関車のように前後同じ
形で、操舵室も前後にあることが分かった。座席の背も手動で前後が入れ替わるようになって
おり、“Reversible Bench”表記されていた。スクリューも舵も前後にあるようだ。たかだか
6,7分の航海でいちいち方向転換するのは時間と燃料の無駄である。冷静に考えると実に合理的
である。船には船首と船尾があり、スクリューと舵は船尾にあるものと思い込んでいたことを
大いに恥じている。



猪里 孝司 氏

大成建設 設計本部 設計企画部長