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コラム

【BIMの話】BIMのやり場に困る

2018.03.01

パラメトリック・ボイス                竹中工務店 石澤 宰

数学者の新井紀子氏の一連のツイート、「おしゃれな新婚家庭は乳幼児の文字環境として砂漠
のようだ
」を最近読んで色々と考えさせられました。見た目に整頓され、文字などの要素が極
力排除された空間は美しいけれど、子供が文字や言葉に触れる機会を制限し、それが教育機会
の差になって現れてくるのではないかという仮説です。
  “類人猿は皆とも身近にいる人(主として親)が何に興味を持つかで、それを見なが
  ら育ちます。知育玩具に親は真剣な興味はありません。ので知育玩具では不十分で、生活
  の中に、文字と数字があり、それを通じて大人同士がコミュニケーションする必要がある
  と思います。”
  〜中略〜
  “FAQ「なんで電子書籍やデジタル新聞ではいけないんですか?」
  答え「それはあなたのタブレットかスマホに鍵がかかって入っているので、子どもはそれ
  を見ることができないからです。無意識にシェアされることが必須です。」”
目に触れる・耳に触れるということの力は絶大です。たとえ通りすがりにでも、視界の端にで
も何かが存在し、無意識的にでも認識することで、人はそれに親しみを覚えてゆきます。
 
この点において、BIMは目に触れにくい。当然です。建物をなんとか目で見て理解できる形に
しようと先人たちが編み出したのが図面であって、建物そのものに回帰しようと思ったらそれ
以外の形にならざるを得ずこれまでのような紙とかPowerPointスライドのような形にはまと
まり得ないからです。
結果として、BIMモデルはロックの掛かっただれかのPCの中に入っていることがほとんどで、
誰でも自由に触れられるBIMモデルというのはなかなか存在しません。
 
Kindleのような電子書籍は、たとえばiPhoneで読んでいて、続きをiPadで読むというような
データセントリックな読書を可能にします。元となる書籍データの購入履歴と読書履歴をクラ
ウドで共有できるためです。BIMもそのように、自席でも現場でも出先でも同じモデルを見た
いので、データと編集履歴がどこでも得られるようにしておきたい。
 
ところでこのデータ、一体どこにどのように置いておくべきなのでしょう。
 
当然、最新の一元化されたモデルをクラウドに置くべきだ、とお思いでしょうか。私も第一案
はそれです。しかし究極の答えかというとちょっと悩みます。クラウドに置くにしても、考え
ることはかなり色々とあるのです。
 
プロジェクトが進行中である限り、プロジェクトのモデルには常に何がしか検討中の項目が含
まれます。その情報まですべて含めた最新の情報(ここでは〈真の最新モデル〉と呼びます)
をリアルタイムに共有することが最善の策のように一瞬思うのですが、往々にして混乱のほう
が大きくなります。複数案がある場合どれが有力なのか、どれでもないのか。そうするとその
エリアに関連する作業は手を止めたくなります。それを避けるため発信側としては、検討情報
は保留して、直近でオーソライズした情報を《便宜上の最新モデル》とするわけです。メー
カーや協力会社などに伝達する情報はこの《便宜上の最新》にしたほうが全体的なコントロー
ルはききやすい、となります。
この〈真の最新モデル〉と《便宜上の最新モデル》は内容が異なるため、別々に持っている必
要があります。多くの場合はアクシデント防止のため、〈真の最新モデル〉へのアクセス権は
制限し、《便宜上の最新》は開放する、という運用になるでしょう。
さて、《便宜上の最新モデル》を得た各社はそこから作業が始まります。《便宜上の最新》上
で直接作業し、出来た内容はリアルタイムでシンクロ……とはいきません。やはり検討中の情
報は混乱の元です。ここでまた〈真の最新モデル〉と(いいかげんややこしくなってきたので
以下略)が生じます。
 
このような環境で、[すべての情報が最新のモデル]はどこにあるのでしょうか。強いて言え
ば、真の最新モデルに各社からの情報を統合したものがあれば、それがもっとも新しいモデル
と言えそうです。このモデルをメンテナンスするのはなかなか大変ですが、もちろんそうして
いるプロジェクトもあります。しかし、この真の最新はつねに検討中です。完全オープンにす
るにはいろいろと留保がつきます。
《便宜上の最新》なら公開できそうです。しかしこれは他所行きのデータであるがゆえに、更
新が後回しになりやすい。結果、古いものが放置されてしまいがちです。
 
折衷案として、「〈真の最新モデル〉は見てもいいが勝手に変更してはダメ」というルールを
作ることが考えられます。
慣れればこのルールに問題はなさそうです。しかしこのパターンではよくこんな反応が聞かれ
ます。「そんな重大なモデルに触るのは怖い」。うっかりにでもデータをいじってしまったら
と思うと怖くて触れない。無理もありません。
 
また別の問題もあります。方法をなんとか編み出し、データを共有する仕組みを合意したとし
ます。モデルデータはなるべく多くの人に使ってもらいたい。データを共有サーバに置いてお
く方法は安価に見えます。しかし受け手側には何らか環境整備を必要とします。ソフトを購入
する、インストールするなどの作業が後回しになり、ここで活用が止まってしまうケースが散
見されます。
最近のデータマネジメントシステムはビューワを備えているものも多く、その場合はソフトが
なくともブラウザ上でモデルが見られます。これならアクセスさえすれば即座に中身が見られ
ますが、ほぼ間違いなく有償です。低コストで広く平等に誰にでも、という環境はなかなか見
当たりません。
 
そんなわけで、普段使いができ、親しみを持ってもらえるようにBIMモデルを身近に転がして
おけるような仕組みがないものかと思案する次第です。改めて考えてみると、現場の設計室に
よく飾ってある模型というのは上手いシステムで、プロジェクトを理解し身近に感じるために
はこれ以上ないと思えるほど良いツールです。
共有に向かないのと、変更追随性が高くないところが模型の問題なので、それらを克服すると
なるとvolumetric display、いわゆるホログラムでしょうか…。少し前まで軍事用途でしか販
売されていなかったのですが、最近はVoxonなどで市販が始まりました。これなら確認はでき
ても間違って変更するおそれもありません。一人一台これが普及すれば……いや、もっと簡単
な方法はきっとあるはずなのですけれど。

石澤 宰 氏

竹中工務店 設計本部 アドバンストデザイン部 コンピュテーショナルデザイングループ長 / 東京大学生産技術研究所 人間・社会系部門 特任准教授