Magazine(マガジン)

コラム

iPhoneで、モノの寸法が測れる!

2018.03.27

ArchiFuture's Eye                 日建設計 山梨知彦

AIだ、何だって騒がれているにも関わらず、BIMはなかなか賢くならない。その一方で、ゲー
ムやスマートフンのアプリはちょと目を離しているうちに格段に進歩を遂げている。AR
もそうしたものの一つであろう。
 
■AR
最近のAR技術の進化と、特に一般化がすごい。ARはAugmented Realityの略語で、日本語で
いえば「拡張現実」。乱暴に言ってしまえば、現実世界の上に、コンピューターでつくられた
仮想世界をシームレスに重ねた状態を作り出す技術。僕は「コンピューターによってつくられ
た幻覚が、現実世界に重ねられた状態」ってこと、と言えるんじゃないのかなと、直感的に捉
えている。
麻薬などの使用で見える幻覚とは違って(笑)、コンピューターがつくりだしている幻覚だか
ら、コンピューターを介してコントロールできるところが最大の違い。目の前のテーブルの上
に、ありふれた新聞を置くこともできれば(そんなつまらないことにARを使うやつはいない
だろうが)、ミニチュアのサッカーグランドを置き、その中でリアルにプレイするミニチュア
選手を置いた、リアルなサッカーゲームを造ることだってできる。幻覚と違って、他の人と共
有することだってできる(笑)。コンピューターで計算し画像が描き出せるものであれば、理
論上は何でも現実と重ね合わせる、拡張現実化する事が出来るわけだ。
 
■ARに必要な技術
重ね合わせるには、目の前にある現実の三次元空間を測定し、それをコンピューターの中に再
構成し、そこに重ね合わせるものをコンピューターの仮想空間の中に配置し画像を計算して、
現実を取り込んだ画像と合成し、現実を拡張するという、一連の作業をしなければならない。
後半の画像を計算する技術は、コンピューターグラフィクスの延長だし、画像を合成するのは
建築デザイン関係者ならば普段から仕事で使っているPhotoshop作業の延長だから、何となく
想像は出来るだろうし、技術的なハードルも低そうだ。ただし、前半の「目の前にある三次元
を測定し、理解」するためには、3Dスキャナーといった専用ディバイスや、スキャンした結
果から三次元空間を数値データ化する必要があり、なかなか難易度が高そうだ。建築の世界で
も、この10年間に、3Dスキャナーを使って、既存の三次元空間を「点群」としてデータ化す
る技術が研究されてきた。理論上は完ぺきな三次元計測が出来るはずであるが、まずスキャ
ナーなどのディバイスがコスト的にも、そして実際の空間計測時のハンドリングの悪さという
点でもネックになり、今でも気軽に使える代物にはなっていない。また点群データは膨大な数
値情報になってしまうため、コンピューターで扱うにしても重いデータになりがちである。そ
んなわけで、3Dスキャナーと点群データの利用は有効性が高いのだが、建築や土木の世界で
は、現時点ではそれほど高い頻度では使われていない。
こんな先入観が頭にこびり付いているものだからARは理論的には面白いものであるが空間
の計測とそのための専用ディバスがネックになり、なかなか実用にはならないであろうと、僕
はたかを括っていた。
 
■ARCoreとARKit
ところがどっこい、ICT分野の人々は柔軟な発想で、ARを凄い勢いで実用化してしまった。マ
イクロソフトがヘッドマウントディスプレイを使ったHoloLensというARシステムを発表した
のも話題になったが僕が興味をひかれたのは、スマートフンを用いたARへのチレンジだ。
最初は、特殊なディバイスの組み込みを前提としたTangoと呼ばれるARシステムが、Android
スマホでの利用を前提にGoogleにて開発されたようだ。だが、特殊ディバイスの必要性がネッ
クになり、今一普及が進まなかった。ところが最近では、スマートフォンに内蔵されたカメラ
とモーションセンサーのみでARを実現するシステムが、Android用ではARCoreとして、そし
てiPhone用ではARKitがとして発表されスマートフンにARが実装されることになった。興
味深いのは、ARCoreやARKitでは、実際の3次元空間を三次元空間としてスキャンしてデータ
化するのではなく、カメラから取り入れられる二次元の画像から垂直面や水平面を類推するこ
とで、システム内でハンドリングするデータを激減して、ARをスマートフォン上で実現できる
ようにしたところにある。丁度、人間がパースがかかった二次元の線画の中に、垂直面や、水
平面、そして三次元空間を見出す仕組みと酷似している。アバウトにも感じられるが、空間情
報の圧縮技術としては、目の付け所にセンスの良さを感じてしまう。
ARCoreやARKitを見ていると、BIMのデータの扱いの発想は未だ3Dスキャナーと点群の域か
ら逃れられない、古臭いシステムに思えてしまう。人間が三次元空間を如何に捉えているかと、
BIMにおける空間把握の間には未だ大きな隔たりがありそうだ。大きな発想の転換が必要そう
だ。
 
■まずはゲームから
この面白そうで簡易なAR技術は何かに使えそうではあるが、その何かが曖昧なまま世に出さ
れたようにも見える。世に出た当時は、ゲーム程度の使い道しか連想できなかったようだった
が、この「ゲーム程度にしか使えない」といったところが実は大事なのかもしれない。現状の
BIMは、あまりにもつくるべきデータ側に寄り添ったフットワークが重いシステムである。プ
ログラミング言語でいえば、マシン語を直接書いているか、せいぜいアッセンブラ程度の段階
にありはしないだろうか。誰もが三次元データを、建築情報込みでインプットできるシステム
が、ARCoreやARKitのような発想で生み出され、ゲーム界で大流行するなどの大変革を経験し
ない限り、BIMはデザイナーのツールにはなり得ないのかもしれない。
そもそもBIMの入力インターフェースが、建築の専門家に閉じたものの限り、BIMソフトウエ
アの発展はおぼつかないのかもしれない。小学生が数学の授業で立体を描く道具にも使える敷
居の低さと汎用性があれば、優れたインターフェースが開発される可能性も高まりそうだ。
そんなことを思いつつ、ARKitでどんなアプリが現れているかをチェックしてみると、既に実
用的で、僕ら建築家好みのアプリケーションが出始めていた。
例えばこのARKitを使った「AirMeasure」は、iPhone画面上にメジャーが現われ、モノの大
きさや寸法を計測したり、平面の実測図が描けたりという優れたアプリだ(写真1~4)。AR
技術の進歩により、寸法精度がもう少し向上すれば、多くの建築家が使うようになるだろう。
また、平面図作成モードが発達してBIMモデルが組めるようになれば、建築家は敷地測量をし
ながら、現場でボリュームスタディや基本的なシミュレーション、場合によっては基本プラン
のBIMまで、ゲーム感覚で入力が出来るようになるかもしれない。そうなりゃ、BIMは大流行
するに違いない。
 
ARアプリの最近の急成長を見ていて、今のBIMに欠けている部分が少し見えてきたような気が
した。

           写真1:AirMeasureの平面図作成モードを起動したと
           ころ。三角メッシュが現れ、床の平面を認識したこと
           がわかる。

           写真1:AirMeasureの平面図作成モードを起動したと
           ころ。三角メッシュが現れ、床の平面を認識したこと
           がわかる。


           写真2:床の各頂点でクリックをすると、ポストが設
           置され、写真3のような平面図が描かれていく。

           写真2:床の各頂点でクリックをすると、ポストが設
           置され、写真3のような平面図が描かれていく。


           写真3:写真2の作業を繰り返し、始点に戻ると、平
           面図が描ける。ラフ測量には現バージョンでも使えそ
           うだ。

           写真3:写真2の作業を繰り返し、始点に戻ると、平
           面図が描ける。ラフ測量には現バージョンでも使えそ
           うだ。


           写真4:2点間計測モードにすると、黄色のメジャーが
           ARで現れ、高さ、幅、長さが測れる。なかなか便利。

           写真4:2点間計測モードにすると、黄色のメジャーが
           ARで現れ、高さ、幅、長さが測れる。なかなか便利。

山梨 知彦 氏

日建設計 チーフデザインオフィサー 常務執行役員