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コラム

ビットコインが物質化したら

2018.08.21

ArchiFuture's Eye                  noiz / gluon 豊田啓介

1週間ほどLAに滞在したら、街中にe-scooterがあふれていた。
 
LAと言えば車の街だ。アメリカの高度成長期、自動車会社主導でMotor Townとして車消費を
前提とした理想郷を実験的に構築した都市だと言われている。当然地下鉄などの公共交通機関
は都市の規模に比較して不思議なほどにない。朝夕のフリーウェイの渋滞は慢性化し、どこに
移動するにも車と駐車場が問題になり、待ち合わせ前に駐車場を探してあたふたすることも日
常茶飯事。結果として様々な打ち合わせや予定がなかなか計算しづらい部分はある。
 
そんなLAにも大きな変化の時が来たようだトラムがオープンしたこともさることながら
にかく街中にe-scooterがあふれている。地元民はもちろん、観光客も車を持っている人も、
ちょっとした移動にその辺に放置されているBirdやLimeなどの野良スクーターを適当にピック
して使う。使い終わったら、降りたい場所に放置してくればいい。決まった充電ステーション
もないし放置やピクアプの場所にも特別な決まりはない路上に放置するにあたって
近隣住民や歩行者などの迷惑にならないようにというモラルベースのルールがあるだけだ。
 
e-scooterの画期的なのは、ピックアップも放置も自由というところでそのためユーザーか
らすると他の交通手段との組み合わせが圧倒的にやりやすくなる例えば所有する場合には
仮に小型の折り畳み式の電動スクでもいくら軽量とはいえ常に電車や打ち合わせに持
ち歩くのはそれなりに荷物になるし開けた大空間で乗れれば圧倒的にうれしい電動車椅子も
ひとたび駅や電車で人混みを乗りこなすとなると物理的にも精神的にも相当な負担になる(こ
れは実際肌で感じてみないとわからないので、設計者は少なくとも一度体験してみることをお
勧めする)東京でも赤チリとして実験的な導入が始まている電動アシスト付きシェアサ
イクルも原則としてロク機能のあるポトを起点にせねばならず目的地とそうしたポ
との位置関係が必ずしもストレスフリーに近接している保証はない。そもそも充電の回収管理
のための監視員を配置しかつポートを相応の規模と数で展開しない限り、汎用性のある形で利
便性の高いサビスにすることは難しく、そうしたまとまった場所や設備の確保、それらの中
長期的なアプデトはそう簡単な話ではない(この際、赤チャリデザインのドン臭さと
e-scooterのちんとこだわったデザイン性との差異にはあえて触れないいや触れない)。
その点、所有もポートも必要ないe-scooterは圧倒的に気軽だ。街中を見回してスマホで探し
て(そして大抵見えるところにとある)近くの空きスクーターを拾い、ピッと認証をして移動
し、好きなところに放置するだけだ。車や公共交通機関と組み合わせても、欲しいところだけ
使え、要らないところで置いてくるだけでいい。いわゆるラストワンマイル問題にこれだけう
まく適応しているサービスは現時点で他になく、利便性とアクセス性という点で他を圧倒して
いる。
 
そして何よりも画期的なのは、オペレであるBirdやLimeは、充電や再配置のための回収
や移動を自ら行っていないという点だ。これらのサービスで、充電と回収、再配置を担うのは
ユーザーであるe-scooterは十分に小さく自家用車でも(ピックアップトラックが一般的な
アメリカでは特に)一度に相当台数を運ぶことができる。一部のユーザーは、自主的に回収し
て家庭で充電し使われそうな場所にリリースすることで、相応の報酬を得ることができる。街
中に柔軟性に乏しい設備を設けて回る必要も、自社で回収トラックを用意して常に巡回して回
収と再配備をして回る必要もない。ユーザーのうち一定数が自らのインセンティブで回収して
金を儲け、システムの回転を担保する。プロバイダーは個々の機体と、それらのエコシステム
を可能にするシステムを開発、実装するだけである。実際に使われていれば、ある程度僻地に
放置され、誰にも使われずにしばらく残っているような個体も当然出てくる。そういった場合
にはより回収報酬が高くなる変動報酬制となっているから、十分に統計的に予測できる程度の
一部の例外を除き、常にある程度のバランスで需給をコントロールすることができる。実際に
e-scooterの回収充電を生業にする人も現れていて僕も滞在中にワゴンの後ろにぎしりと個
体を詰め込んで回収して回っている人を何度も見た。彼らが職場で充電したり、利用者が歩道
や車道をお構いなしに走り回ったり、路上の放置マナーが問題になったりということで、公共
や住民との折衝や調整、ルールの見直しは現在進行形で続いているという話だが、今後実装と
並行してさまざまな改善策が開拓されていくだろう(余談になるが、先日上記のような課題と
今後の解決策をLimeのシニアディレクターであるEmily. C. WarrenとNianticの川島さんと立
ち話をしていた折に、EmilyがNianticがPokémon GOにおいてユーザーグループとそのリー
ダー的な役割からなる自発組織を通して、報酬ベースではなく貢献ベースのシステムの組織と
維持、管理を行うノウハウをいろいろ聞き込んでいたことは非常に興味深い)。
 
これは昨今の新しいサービスと同様、あるクリティカルマスを超えた規模があるからこそ統計
的に需給や保証のバランスが計算可能となり、同時に個別解のばらつきが大きな問題にならな
いシステムの典型ではある。さらには、発行元が何らかの機能保証をするのではなく、ユー
ザー自らがプロバイダ側のサービス保証を行う、この場合では個体の回収と充電、再配置とい
う運用部分を変動報酬ベースで行うというシステムがe-scooterの特徴になるこのシステム
どこかで見覚えがないだろうか。そう、ビットコインと原則同じなのだ。
 
トコインの場合では、通常の通貨であれば金などによる元本保証や国家という信用をベ
スに流通するものに対して、マイニングという作業ベースでシステム全体のセキュリティと流
動性を行為に対する対価の支払いという形で統計的かつ離散的に担保しているe-scooter
の場合はマイニングという行為がより物理的な回収や充電という作業に置き換わっているだけ
で、本質的なシステムは相似形だと言える(最近ではマイニングにかかる物理的コスト、すな
わち計算機やその稼働電力、場所代や空調などのコストがシステム全体として割に合わないと
いうことで、元本保証のないビットコインのシステム自体に疑義が呈され始めているが)。いわ
e-scooterは物理的ビットコインなのである。
 
アメリカというクレジットカードによる個人認証と身元保証、日常の会計が圧倒的に社会の基
盤になっている国だからこそ成り立つサービスという側面もある。ただ、例えば日本ならフェ
リカベスでも同様のサビスは可能だろうしスマホベスもアリだろうデバイス自体は(グ
ローバルな汎用性という話はあるものの)大した問題ではなくて、おそらくは同様のビジネス
モデルは他の業態にいくらでも展開可能である(当然、相応の資本力と一気にクリティカルマ
スを取りに行く規模は必要になるが)。大事なのは、こうした情報システム系で開発された新
しい動的な関係性にもとづくビジネスモデルを実世界(物理世界)で応用するという流れは、
今後より加速していくということだ。情報系で開拓された数理ベースのビジネスモデルを、ど
ういうスケールとバランス、物理量に適応すると既存の物理系で成り立つのかという勘所、数
理的解析能力とモノ体系の知識や知見との二つの力の高レベルでの融合が、今後企業の価値と
なっていく。
 
ただ前述のように放置に対する解決法がルール設定とマナー頼みという点で、現実にはさま
ざまな軋轢を起してしまっていることもまた現段階のリアリティでもある。つまり、今はまだ
先端事例であるe-scooterでさえ情報ネトワークならではの制御アルゴリズムとシステ
ムをモノに適用、2.個別端末のスマート化、という二点までしか達成できておらず、3.都
市環境側のデジタル記述とそれによる位置や場所のインタラクティブな制御、という、自律走
行が抱える問題と同じ課題(というよりむしろ可能性)を未開拓な領域としてまだ残している。
都市のデジタル記述(環境のスマート化)によりこうしたスマト化された端末側のエジェ
ント(それは自律走行車でもいいしAI実装された建物でもいい)が都市や建物といった物
理環境をリアルタイムに認識できる新しい世界を構築すること(これを人工知能研究者の西田
豊明先生の表現を拝借して、情報と物質の「コモングラウンド」と呼んでいる)は、今後の産
業の多様な展開を考える上で常に現れる鍵になるだろう。現在我々があえてgluonで取り組ん
でいることも、突き詰めればいかに建築・都市領域の既存アセットを活かす形で新たな「コ
モングラウンド」を構築できるか、という問いに集約できる。これに関しては最近寄稿してい
るいくつかの原稿により詳しく書いているのでそちらに譲るが、建築界はもっと業界を挙げて
こうした分野に投資をするべきだと強く感じる。
 
e-scooterも遅かれ早かれ日本に導入されるだろう。その時にただ個別の産業分野としてコピ
導入を計るか(かつ日本独自のしがらみに束縛されてUberを締め出して跋扈するJapan Taxi
のように、その本質的な流動性や離散性を外したすまし汁のような形でとりあえずお茶をにご
すか)、本家より一歩も二歩も進めた形で可能性を展開するかで、日本の産業競争力の今後が
決まってくるはずだ。もちろん実際にはそう簡単ではないことは百も承知しているが、かと
いってそういった先を見通すビジョンがそもそも存在しないところに、世界をリードする機会
が訪れるとも思えない。
 
さてgluonではいつでもそのあたりの知見を溜めてコモングラウンド構築に意欲のある企業
の協業、参画をお待ちしておりますよ。




 

豊田 啓介 氏

noiz パートナー /    gluon パートナー