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コラム

みんなが無事に帰るために 
~安全確保のための情報技術とBIM

2018.12.11

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎

大変残念なことだが、工事現場での事故がなかなか根絶されない。建設業労働災害防止協会
(建災防)の建設業における労働災害発生状況によると、建設工事現場での人身事故は以前と
比べて減少しているものの、ここ数年は横ばいの状態が続いている。最近3年間での全産業に
おける建設業の死傷者数の割合は約12%だが、死亡者数だけを見ると全産業のおよそ
三分の一を占め、年間で300を超える人命が建設工事の事故によって失われている。
死亡事故の発生状況を見ると、建設業の場合は墜落が最も多い。勿論それ以外にも様々な種類
の事故が発生しており、人身事故を撲滅するということの難しさを実感する。建物を作る際に
はどうしても危険な工程がついて回るが、工事現場で怪我をしたり命を落としてしまったりす
ることをなくすことができないだろうか、というのは建築に関わる誰もが思うところだろう。
 
改めて書くまでもないことだが、事故撲滅の取り組みはこれまでも様々な形で行われて来た。
その努力が、ここ数十年での事故の発生件数の減少に確実に結びついているといえるだろう。
これまでのすべての努力に改めて敬意を表したい。
事故事例で事故原因を見ていくと、その発生には実に様々な要因と状況が関係していることが
わかる。1つの重大な事故の背景には29の軽便な事故があり、更にその背景に300の小さ
な異常があるとするハインリッヒの法則を持ち出すまでもなく、些細な行き違いが積み重なり、
重大な事故を引き起こしている。
人身事故の直接的な原因は、気の緩みや作業手順の遵守や安全管理を怠った結果として見られ
るかもしれない。しかし、単純にそれだけで片付けられるものではないようにも見える。日々
の適正な安全対策、無理のない施工手順や施工計画の策定は、事故を防止するために最も重要
な取り組みだろう。しかし、工事現場の努力だけで事故を撲滅できるかというと、それほど単
純な問題でもないように思える。
 
ヘルメットや安全帯等の装備をしているかという基本的なことや、作業手順や道具の使い方を
知った上でルールを守っているかといったことは、建設現場で日々注意を払い安全確認を行う
べきものである。工事に関わる当事者の安全確保に対する意識の醸成と啓蒙は最も基本的かつ
重要なものだと言える。
関係者の人数が多くてなかなか目が届かない場合には、画像解析技術が役に立つのではないか
と思う。危険なエリアを知らせ、通行時に立ち入らないよう注意を促すには位置検知の技術を
応用できるかもしれない。ただし、建設現場でセンシング技術を活用するためには、日々状況
が変わる中で安全確保の場を適正に構築する、という課題を克服する必要がある。

もう少し範囲を広げて、どの工程にどのような危険が潜んでいるかを予測することはできない
だろうか。事故事例からその構造と原因を明らかにする取り組みは、これまでも様々な形で実
践されてきた。どのような工程に危険が潜んでいるかは、これまでの経験則を元にすでにノウ
ハウとして蓄積されている。
しかし、事故事例を分析するためのパラメータは種類が多く、事例を原因の要素に分解するこ
とはできても事故に至る状況や時系列での出来事、事故が発生する要素を元に将来の事故を構
成し予測することは容易ではない。どのような条件が組み合わされてしまうと重大な事故につ
ながるか、という分析と予測にはデータマイニングやディープラーニングの技術が利用できる
だろう。事故の構成要素を明らかにすることができれば、工程やその状況に応じて、特に注意
すべき点を関係者間で具体的に共有することができるのではないかと考える。関係者や担当者
間での申し送りや情報共有の漏れを発見するまたは予測する方法についても考えるべきだろ
う。
注意すべき点が具体的になれば、実施すべき手順が守られているか、やってはいけないことを
適正に回避しているかの確認をセンシングやIoTといった技術と組み合わせることも可能とな
るはずである。

更に踏み込んで、設計時にさかのぼって安全確保を今以上に考慮することはできないだろうか。

建物を設計する際は、どのような建物にするかだけでなくどのように作るかも検討される。
建物を実現する上で安全に対してどのような配慮をすべきか、どの部分が危険箇所や危険工程
になるのかを、設計の段階でより具体的に検証する方法があれば取るべき対策も見えてくるだ
ろう。
フロントローディングの手段としてのBIMを、設計段階での安全確保と事故防止においても活
用することを検討していく必要性を感じている。
 
どのような建物を作るかだけでなく、どのように建物を作るかという手順を情報として扱うこ
とで、どこに危険な箇所や工程があるか、過去にどのような箇所や手順で事故が発生したかと
いうデータと照合することができるようになる。
特に建物の形状や機能が複雑化し、今までに蓄積された知識と手順だけで建設時の安全確保が
難しいものであれば尚更、早い段階でリスクを知る必要があるのではないだろうか。

自分の設計した建物が、その実現段階で人を傷つけたり生命を奪ったりすることを由とする設
計者はいないはずである。建築とコンピュテーションの結びつきが深くなり、形状にしても機
能にしてもあり方にしても建築は大きく変わろうとしている。その流れの中に「安全」という
キーワードを加えていく必要があると、改めて提起したい。
建設における危険工程での作業は、いずれロボットや3Dプリンタといった手段に置き換えら
れるだろう。しかし、すべてを自動化するには、相応の時間が必要となる。建設における事故
の防止と安全確保は、現時点での技術を総動員してでも取り組むべき喫緊の課題であると思う。

建築に関わるすべての人がその日の仕事を終えて無事に帰るために、それが当たり前になるた
めに、情報技術やBIMをどのように役に立てて行くのか、改めて考えていきたい。

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部サービス推進部エンジニアリング部門設計情報管理センター 担当部長