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コラム

なぜ、僕はA.I.に関わるのか

2019.01.22

ArchiFuture's Eye                 日建設計 山梨知彦

最近、A.I.に関わることになった。

本業である建築のデザインの仕事に加えて、新しく他の分野に手を広げるといった野心はない。
あくまでも、僕自身の本業である建築のデザインという職能を時代に合わせてアップデートす
ることを目的として、極めて限定的な領域でのA.I.の利用を目指している。今や何でも有りの
万能薬に祭り上げられたA.Iではあるがここで目指しているものは極めて限定的でかつ目的
がはっきりしていることが、逆に特徴と言えるかもしれない。
 
■電子頭脳
そもそも僕らの世代にとっては、コンピューターは演算のためのマシンとしてではなく、「電
子頭脳」という呼び名とともに、人間の頭脳を、より高度に、高速に、膨大な情報量をバック
グランドにエミュレートするものとして、目の前に登場した。鉄腕アトムが、人間の子供のよ
うな感情を見せつつ、人間を超える賢さと力とを併せ持っているのは、アトムの頭の中に仕込
まれた電子頭脳の賜物だと、刷り込まれて来た世代だ。A.I.こそが、コンピューターの正しい
使い方に思えてしまうのだ。さらに言えば、A.I.と聞くと、その裏で物事がいかにしてビッド
演算作業へと置換されコンピューターによって処理されているかなんてことは全くお構いなし
に、人間の思考と似ていながらその少し先を行った振る舞いをする、鉄腕アトムをアトムなら
しめた、電子頭脳のイメージに重ね合わせてしまう。
 
■高効率化、省力化は、心ときめかない
だから、図面を早く正確に描くとか、設計を間違いがなく完成させるといった、人間でも出来
る作業を、ロボットや人工知能を使って省力化、効率化することを目標にしたA.I.の使い方に
は、ビジネスには必要な視点であることは重々承知しているものの、心ときめかないのだ。そ
れよりも、人間では出来ない何かを、人間とは異なるA.I.ならではの何かを、人工知能に成し
遂げてもらうことに、心がときめく。ではそれは「自動設計」かと言えば、少なくとも現時点
での目標は、自動設計ではない。自動設計を考え出すと、かなりの部分で「作業」が関わって
きてしまい、下手をすれば作業を効率化するといった、心ときめかない方向へと進みかねない
と、考えているからだ。
 
■A.I.で、コンセプトの手掛かりを探る
「じゃあ、何をやりたいの?」と問われれば、A.I.を使って、巷や企業内、そしてアトリエの
中に散逸している膨大な建築関連の情報の中から、例えば、これまで「ストーリー」や「コン
セプト」と呼ばれてきたものもしくは「問題点の発掘」やそれらを組み合わせた「問題設定」
といったような、デザイナーやエンジニアがモノづくりを行う上での「手掛かり」となる何か
を見つけ出せないだろうか?といった、目的意識でA.I.に向き合いたい、というのが僕の答え
になる。
仕事の第一弾は、建築デザインに関わる専門誌や、基本設計書、打合せ記録、クレーム処理記
録といったテキストベースでかつ設計情報に関わる情報を多く含んでいるものを、デジタル情
報化して、人工知能に読み込ませる作業になる。ここから、ある言葉が他の言葉との固有な結
びつきのネットワークを形成して、(ここでは仮に「構造」と呼ぶことにする)有意な関係を
形成している状況が見い出すことが出来るかが次のステップだ。それは、その構造を取り出し
眺めてみればデザインコンセプトにつながる何らかの「手掛かり」となるのではなかろうか、
との仮説に基づいた作業と言えるだろう。
 
■情報革命が、ものづくりを変えて来た
仮説は、こんな思いから導いたものだ。
A.I.に取り組むにあたって、情報とモノづくり、コトづくりの関係について、僕なりの整理を
してみた。まず頭に浮かんできたのは、情報に関わる革命が、人間や、そのモノやコトの捉え
方や、作り方を大きく変えて来た、との思いだ。
例えばアリエスは、「子どもの誕生」という有名な著書の中で、僕らが当たり前だと思ってい
る「子ども」のような概念も、アンシャンレジーム期に新たに生まれた概念で、それ以前には
子供の概念はなく、「小さな大人」として扱われてきたことを指摘している。それ以前の社会
では、今、子どもと呼ばれている年頃の人々は、大人とことさら区別されることなく、大人に
混じって働き、食事をとり、一緒に雑談や今でいうところの猥談すら交わしていた、というの
だ。
なんで子供が誕生したかというのは、アリエス自身の分析以外にもいろいろな方向から説明さ
れているが、僕のお気に入りでかつ最も納得させられたのは、「子どもはもういない」という
本を書いた、ニール・ポストマンという人の説明だ。ポストマンによれば、ルネサンスの初期
に活版印刷技術が発明されたことにより、書籍の複製が格段に容易になり、情報革命が起こっ
た。それまで一部の極めて限定的な知識層が独占していた知識が、大量の書物の流布により、
「文字を読める」という能力を持った人々へと広がり、知識をもった「専門家」が誕生した。
僕は、建築を構想する専門家としての近代的な「建築家」の概念も、実はこのプロセスの中で
生まれた概念の一つなんじゃないかと思っている。
さらにポストマンは、この「専門家の誕生」という現象が、家族という枠組みの中で生み出し
たものが、「子ども」なのだと言っているようだ。どういうことかというと、書物を読むとい
う能力は、話し言葉のように生まれ育つ中で自然と獲得できる能力ではなく、教育が必要であ
る。書物という情報革命が教育の必要性を生み出し、子どもという概念を誕生させたと指摘し
ている。教育を受ける前の「子ども」と、教育により書物が読めるようになり「知識」をもっ
た大人が生まれた、というわけだ。
もっとも実際には当時、識字率がそれほど高くなかったであろうから、一般庶民の間では、知
識を持った大人だけが持つ「羞恥心」や、大人の中だけで共有される「タブー」が生まれたと
されている。そして、それがまだ理解できないため、隠しておく対象として「子ども」の概念
が生まれた。印刷技術という情報革命によって、猥談を子どもの前ですることがタブーとなっ
た時代が到来し、子どもが誕生した。
 
■テレビとインターネットが、専門家を無くす
一方で現在はICT革命という情報技術の大変革が起きている時代だ。今度はICTによりこれ
までの「知識」を独占することにより存在していた「専門家」や「大人」、そしてそのカウン
ターアクションとして生まれた「子ども」の概念が消えつつあるように見える。これについて
ポストマンは面白いことを言ていて「テレビを見るのに上達するということはない」
つまりテレビを見るのにうまい下手はなく、テレビを見てそこから情報を獲得するという行為
に、「専門家」としてのノウハウは必要ない、と指摘している。
子供がテレビを通してタブーや羞恥心に触れてしまうという問題は僕らの世代が小学生だ
た半世紀近く前、つまりテレビの黎明期から普及期にかけて論争になり、テレビの深夜番組の
エッチな内容を子どもが簡単に目にしてしまうという懸念が、社会問題になった。より若い世
代においてはインターネトがテレビにとって代わり類似した問題が同じく社会問題とな
た。アクセス制限などが大騒ぎで議論されていた状況を思い出していただければ、納得がいく
のではなかろうか。
テレビや、ICTといった情報革命が、今度は大人に独占されていたタブーや羞恥心といったも
のを、大人に限定した情報ではなくしてしまうことで、今、「子どもはもういない」状況にな
りつつあるというのが、ポストマンの指摘だ。
僕は、同様な状況が、専門家に対しても起ころうとしているのではないか、と考えている。
例えば、「医者」というと非常に高度な専門家の領域であり、人間の生死にも直結する領域で
もあるため、その専門性は簡単に揺らぎそうには思われないのだが実際には情報革命により、
その専門性は大きく揺らいでいるようだ。今では、患者がインターネットを介して専門医と同
等に、病気自体や、病状、そして治療法について莫大かつ最新の情報を獲得出来る状況になっ
ている。患者は自らが病に侵されているという深刻さにもドライブされ、医師以上に詳細な情
報をインターネット上で探り、携え、その情報をもとに医師を質問攻めにするといった状況が
実際に現れているようだ。知り合いの医師の一人は、本当に働きづらい社会になってしまった
と嘆いていた。
 
■A.I.は、専門家を駆逐する?
さて、こうした状況の中、医学の世界では、これまた最新の情報革命の一つであるA.I.により、
高度で正確な医療アドバイスが出来るようになり始めたそうだ。「バビロン・ヘルス」や「ウ
ルトラミクス」といった医療アドバイス専用A.I.が生まれ、病名の特定や、治療法の決定の上
で、医師の判断を助ける大きな力となり始めていると言われている。
 
ここで疑問がわいてくる。いま医学で起こっていることは、
・A.I.という情報革命が、医者という専門家の存在を駆逐し、医学と治療とに関する知識は、
 一般人が持つ知識へとコモディティ化する方向にあるのか?
・はたまたA.I.を適切に使う専門知識をもた医者が自らをA.I.でエンハンスして更なる
 高い専門性を備えた医者が誕生するのか?
・それとも、巷で言われているようなシンギュラリティが起こり、A.I.が医学や治療といった
 概念を根本から変えてしまうのか?
 
いずれの方向をたどることになるのだろうか?そして、おそらく同じ疑問が、建築家という職
能にも投げかけられる時代となったように思っている。
 
■情報革命でエンハンスした専門家の登場
僕自身は、A.I.がディープラーニングの発明などにより、過去データの学習の上では桁違いの
効率化を身に着け、その中から人間が予想もできなかった新たな構造を見つけ出すことが出来
る存在になったとはいえ、現時点のA.I.のトレンド上にあるものでは、人間が持っている総体
的なもの、それは例えば「クリエイティビティ」と呼ばれているようなものを、そう簡単には
越えられそうもない気がしている。
一つ前の「A.I.は専門家を駆逐する?」でA.I.によ建築家という専門性が消えるのか
はたまたA.I.が建築家をエンハンスして、建築家を新たなステージへと持ち上げるのか?もし
くは、シンギュラリティが起こり、そもそも建築を建築家がデザインするといったパラダイム
時代が刷新されるのか?という3つの未来を描かせていただいた。これに対する僕自身の回答
は、夢のない無難な選択ではあるものの、A.I.が建築家という専門家をエンハンスして、A.I.
を使いこなす建築家を新たなステージにもち上げる、という方向が最も有力であるのではなか
ろうかと考えている。それゆえA.I.に足を突っ込んでいるわけだ。
 
そう考える根拠は、実は身近なところにある。たとえば、ゲームにおけるA.I.利用に見える現
象などが、方向性を示してくれているように感じている。
A.I.は、コンピューターは将棋や囲碁の世界でも、人間を超えた強さを既に獲得している。そ
の一方で、藤井聡太さんのような、A.I.で将棋を磨いた新時代のプレイヤーが、「A.I.越え」
などと呼ばれている、これまでの人間同士の対局では現れずかつそれを入念に学習したはずの
A.I.でも予知できなかった手を打つ、専門家が登場しているという事実がある。ここでの流れ
で言えば、藤井さんは、A.I.でエンハンスされた新しい時代の専門家の誕生を象徴する存在と
言えるかもしれない。
 
■言葉が生み出す三次元的な構造
こういう視点から、現在着手した、建築関連のテキスト情報のA.I.を使った分析、整理には、
次のような複数のテキストに散らばる言葉を「三次元的」な構造として把握することで
こからこれまでの理解を超えた情報を読み取ることが出来る可能性を感じている。
 
・通常テキストは、文章として冒頭から最後に向かってリニアに、つまり一次元的に読まれる。
 読者は、そのテキスト全体に散らばる言葉の関連を二次元的に捉え、情報として獲得してい
 ると言える。つまりこれは、素人のテキストの読み方と言ってよいだろう(図1)。
・専門家は、さらに複数のテキストを読み込み、それらの中に散らばる言葉の関連を、串刺し
 状に頭の中で再構成することで、三次元的ともいえる言葉の関連の「構造」を頭の中に組み
 上げ情報として獲得する。これは専門家のテキストの読み方と言ってよいだろうが、こ
 のためには卓越した記憶力や読書カードによる整理など専門的なノウハウが必要とされ
 る(図2)。
・A.I.を使ったテキスト分析が面白いのは複数のテキストの中に散らばる言葉全てをその
 まま三次元として理解している状況が生み出せることで、研究者ではなくても、容易にその
 中に構成された言葉の関連性の三次元構造に近づくことが出来るし三次元構造そのものを
 A.I.が掘り当てて、専門家でも気が付かなかった言葉の関連性を探し出し、提供してくれる
 可能性があることだ(図3)。
 
このように、複数のテキストの中に散らばる言葉の関係を三次元的に、もしくはA.I.が見つけ
出した三次元構造から複数のテキストを眺めることで、同じ複数のテキストが、これまでとは
全く異なった情報として把握され、意味を持ち始める可能性があるのではなかろうか、と考え
ている。この新しい情報となった複数のテキストが織りなす立体構造が、専門家やデザイナー
にもたらすインパクトには、計り知れないものがあるのでは、と思っている。
 
■更なる展開
最初のステップはテキストに限定しているが、そこから目的としている構造が拾い出せたなら
ば、次は画像データへの応用も可能ではないかと考えている。画像自体のパターン認識に対し
て、A.I.から獲得した新しい構造に沿って画像データを見ることは、画像データに新たな意味
を見出すことにつながるのではないかと考えているわけだ。さらには画像データについても
テキストと同様に三次元的な読み込みと、そこから三次元の構造を見出すことが出来たら、テ
キスト上と画像上の相互の構造の比較から、さらに上位のハイパー構造を見出し、そこから新
たな情報を読み取ることが出来る可能性もありそうだ。
 
こうした新しいテキストや画像の読み取りには、A.Iや情報処理に関するリテラシーが必要と
されるに違いない。このリテラシーを身に着けた新しい専門家や医者や建築家が、A.I.という
画期的な情報革命を最大限に生かしてそれぞれのプロフェッションをエンハンスして、新た
なステージへと引き上げることになるのではなかろうか。今、そんなことを考え、A.I.に積極
的に関わりたいと思うようになった。

 図1

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 図2

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 図3

 図3