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ユーザー事例紹介

ロボット加工機の開発など、新たな建築の未来を
切り拓くBIM活用を推進<前田建設工業>

2019.02.01

第57回BCS賞を受賞した「住田町役場」、都市型耐火木造建築である「桐朋学園仙川新キャ
ンパス」など、大規模木造建築の建設でBIMを活用した事例を次々に実現させている前田建設
工業。
BIMソフトARCHICADで作成したBIMデータを社内外のコミュニケーシンや業務推進に役立
てるなど業界でも先進的な取り組みで知られる同社だが2018年に、BIMデータを木軸加工
まで連携させ、大規模木造建築に使用する構造材まで、一気通貫でロボットによって自動加工
する革新的な生産を実現した。
これまでの同社の木造建築へのBIM活用の歩みと、加工まで連携することの狙い、またこれか
らの建築生産の姿までを前田建設工業 建築事業本部 ソリューション推進設計部 BIMマネージ
メントセンターの綱川隆司センター長に伺った。

前田建設工業のBIM活用の歩みと木造建築の取り組み
2000年に3D CADのワーキンググループを立ち上げ、早くからBIMにまつわる活動を開始した
前田建設工業。綱川隆司氏は2001年から、3D CADを使う設計チームを4人でスタートさせた。
次第に規模は拡大し、BIM推進グループとして設計のほか構造、設備、施工も含めて50人以上
のスタッフに。2013年にはBIM設計グループが立ち上がり2017年7月からは「BIMマネージ
メントセンター」として意匠系のメンバーを中心に開発業務や社員教育などに幅広く関わ
ている。「BIMマネージメントセンターは4つのチームで構成されています。私たちは社内で
のBIMの活用を単に推進するだけでなく一貫して実プロジクトの設計に関わり、BIMを使
て業務改善を実践しているのが特長です」と綱川氏。
3次元設計とBIMのツールとして綱川氏がメインで用いているのは、2003年より導入している
GRAPHISOFTのARCHICADである。綱川氏は「ARCHICADが、最も長く使っているツールで
す。いまでは最初のスケッチから使うくらい思いどおりの作業ができています」と信頼を寄せ
る。

        前田建設工業株式会社 
        建築事業本部 ソリューション推進設計部 
        BIMマネージメントセンター センター長 綱川隆司 氏

        前田建設工業株式会社
        建築事業本部 ソリューション推進設計部
        BIMマネージメントセンター センター長 綱川隆司 氏


現在、前田建設工業は「木で建ててみよう前田建設工業×木」というWebサイトを立ち上げ、
中大規模の建築で主体構造を木造とする選択肢を積極的に提示している。綱川氏は「木造建築
はクライアントからのニーズも高まっており、当社の掲げるCSV-SS *1に適した選択肢だと思
います。林業は地方では主要な産業ですから、木造を選択することは地域の活性化につながり
ます。環境とも調和しますし、日本の文化にも合っている。さらに、木造はRC造や鉄骨造に
比べて自由度が高く、デザイン的にはさまざまなチャレンジができる構造だと感じています」
と自身の経験を踏まえて語る。

中大規模の木造建築物でBIMを導入する実際の効果
近年、BIMによる大規模木造建築を続けて完成させてきた前田建設工業であるが、今回、
綱川氏から同社の代表的な木造建築の実績について伺た。綱川氏がBIMを活用した木造建築
物を最初に手がけたのは、2014年に竣工した岩手県の「住田町役場」*2である。工期とコス
トを厳守するためにデザイン&ビルド方式で発注されたプロジェクトで、林業が地場の産業
であったため主体構造を木造とすることが条件であった。

     住田町庁舎

     住田町庁舎


綱川氏は、発注者である当時の町長が「庁舎を町のショールームにするため、天井を張らずに
木造の架構をそのまま見せたい」という強い意向を持っていたことが、木造のBIMの価値を増
したと指摘する。約22mの大スパンを実現したレンズ型の大型トラスと内部が透視できるラ
チス耐力壁を用いた特徴的な木造の架構について、BIMを活用することで発注者との情報とイ
メージの共有を図ることができたのである。また「架構が綺麗に出てくると同時に、スプリン
クラーなどの設備類の機器や配管がたくさん見えてきますがARCHICADで作成されたモデル
を見ることができるBIMxというビーワーソフトを使用し着工前に発注者側とリアルタイム
ウォークスルーを用いた打ち合わせを行うことで、スムーズに承認を得ることができました」
と綱川氏は語る。

   大槌町文化交流センター「おしゃっち」

   大槌町文化交流センター「おしゃっち」


岩手県大槌町の御社地エリアに建つ「大槌町文化交流センター おしゃっち」*3も、BIMに
よる木造建築である。図書館とホールと展示室などからなる施設で2018年6月に開館した。
「建物の形状はユニークなもので、構造の美しさや面白さを言葉だけでなく効果的に伝える
ことができました。木造でBIMを活用することで、構造体がそのまま仕上げになる様子など
を皆で確認できました」と振り返る。

   大槌町文化交流センター「おしゃっち」3階図書館

   大槌町文化交流センター「おしゃっち」3階図書館


「桐朋学園仙川新キャンパス」では、耐火木造建築にするためのディテール検討にも、BIMを
役立てたという。耐火仕様の構成や納め方については前例がないため審査機関などとの協議に
おいてもBIMの有用性があった。「設備配管についても、木の梁にスリーブを開けて通すわけ
にはいかないので、そのルートを事前にすべてBIMで確認することは有効でした」と綱川氏。
そしてもちろん社内でもBIMを大いに活用しているという。綱川氏はその様子について「設
計事務所と協働する際には、Rhinocerosのデータを自社でARCHICADと連携させ、下地の取
り合いや部材の形状の検討をするようなことがあります。また現場とのやり取りでは、木造の
建造物を手がけたことのない職員もいます。柱と梁の仕口でドリフトピンと金物を使う手順も、
3Dの絵と動画で見せることでわかりやすく伝えられました」と語る。

BIMソフトでハンドリングしたデータで精度の高いロボット加工が可能に
そして、前田建設工業はBIMデータをそのまま木造建築の構造材の加工段階まで連携させるこ
とにも取り組んでおり、千葉大学大学院工学研究科の平沢教授の研究室との共同研究で、すで
にロボット加工機を開発し、実際の建物での構造材の自動加工を実現した。
綱川氏はその背景について「設計側で詳細に作り込んだ3次元データを、工場側に受け渡して
そのまま加工したいと考えたことから、加工機の製作に至りました。既存の加工機では、使用
する3次元データはプレカット用の専用CADソフトを用いて作成する必要があり、連携に自由
度がありません。それならARCHICADのBIMデータをダイレクトに利用できる加工機までつ
くろうと平沢先生との共同研究に至りました」と語る。平沢教授はこれまで五重塔を3Dプ
リンタで制作するなどさまざまな先進的研究をしておりARCHICADのGDLというスクリプ
トで仕口の形状を生成し加工する取り組みも行っている。

   構造材の自動加工をする2台のロボット1

   構造材の自動加工をする2台のロボット1


BIMとロボティクスの掛け合わせという、これまでとは異なるアプローチによる新たな加工機
は産業用多関節ロボットと専用の搬送台で構成される。「マルチカットソーと呼ばれる従来の
高性能機種が5軸ですが今回は6軸です。全方位から切削・加工を同時に行うという自由度の
高い加工を自動で行えさらにさまざまな形状に対応できる可能性が広がりました」と綱川氏。
木造の柱や梁の複雑な形状の仕口にも対応でき、従来にない自由なデザインの木造建築も可能
となる。また既存の機種と比較して加工誤差を0.5mm程度まで減少させた。

 構造材の自動加工をする2台のロボット2

 構造材の自動加工をする2台のロボット2


「精度が向上することで、より精緻な設計を行える可能性が見えてきました。建て方では誤差
を出さずに納めることができ、現場の施工性も高まります」という。加工コストについては直
接的に比較できる対象がまだ多くないものの、手作業よりは時間はかからずコストが圧縮され
ていくことが予想される。
そして、使用する3次元データはARCHICAD側で対応し、そのまま利用できるようになったこ
とが大きな意味を持つ。「3Dプリンタと同じような感覚で、STLのデータがあれば加工できる
ようになります。これまでブラックボックスのようであった部分を、自分たちで触って調整で
きることが大きい」と綱川氏は語る。

 新技術研究所「ICIラボ」

 新技術研究所「ICIラボ」


前田建設工業が、同社の100周年事業として茨城県取手市に建設したオープンイノベーション
を推進する新技術研究所は2019年2月ICIラボ *4としてオープンする。ネスト棟(木造)・エ
クスチェンジ棟(オフィス)、ガレージ棟(総合実験棟、構造実験棟)、多目的屋外実験エリ
アからなり、地元の関東鉄道の寺原駅南口も整備するなど地域振興に寄与するプロジェクトだ。

 新技術研究所「ICIラボ」 ネスト棟(木造)の建方

 新技術研究所「ICIラボ」 ネスト棟(木造)の建方


同研究所内の「ネスト棟(木造1階、約800m2)」では、実際に使用する梁・柱部材の一部に
この加工機を使用した。「屋根が特殊な形状で全体に傾き、梁が放射状に架かるため、部材の
面同士が平行ではなく仕口の形状も複雑になりました。さらに金物を差し込むスリットも設け
ます。これら一つひとつ異なる形状を、ARCHICADで作成した3次元データから加工すること
ができました」と綱川氏。ICIラボのガレージ棟内の新しいロボット加工機はより大きな部材
を加工できる仕様に拡張した。
「ARCHICADは、自分たちが“こういうつくり方をしたい”と希望するときに、アジャストする
幅があって自由度が高いことが大きな魅力」と語る綱川氏。柔軟なツールと発想をもってBIM
化に取り組む先に、新たな木造技術とデザインの長足の進歩が見えている。

*1 CSV-SS:Creating Satisfactory Value Shared by Stakeholder
*2 住田町役場:設計施工 前田建設工業・長谷川建設・中居敬一都市建築設計 異業種特定
   建設共同企業体+近代建築研究所・ホルツストラ
*3 大槌町文化交流センター おしゃっち:設計施工 前田建設工業・近代建築研究所・中居
   敬一都市建築設計・TOC 異業種特定建設共同企業体+ホルツストラ
*4 新技術研究所「ICIラボ」のWebサイトは、こちらから閲覧できる

「ARCHICAD」の詳しい情報は、こちらのWebサイトで。