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コラム

建物とBIMモデルのEnd Of Life (EOL)

2019.04.23

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎

ICT分野では今回の改元についてあまり大きな騒ぎにはなっていないように思える。実際
「2019年問題」という言葉は聞こえてこない。勿論いろいろと対処が必要だろうがあらかじ
め予定がわかていることや西暦表示が多くなってきたこと、前回の改元や2000年問題への対
応で蓄積された知見が役に立っているのだろう。とはいえ、今後は「年」の内部変数を「昭和
2桁」で持たせていたのが遂に3桁(昭和100年)になる「2025年問題」(2025年問題というキー
ワードとしては超高齢化社会へ突入するという社会問題の方が広く認知されている)その次に
「2038年問題」(1970年1月1日0時0分0秒を起点とした時間が32ビットを超えることに起因
する問題で2000年問題よりも深刻だという指摘もある)が待ち構えている。
 
これらとは別に目下の問題として捉えられているのが、2020年1月14日への対応ということに
なるだろう。ご存知の方も多いと思うがMicrosoftのWindows7のサポート終了が予定されて
いる日である。この日はWindows7だけではなくWindows Server 2008/2008 R2のサポー
トも終了となる。前後してSQL Server 2008/2008 R2 やOffice 2010といった製品のサポー
トも終了する。サポートされなくなるとセキュリティ対応の更新が受けられなくなるため、安
全な運用が困難となり情報セキュリティ上の大きなリスクを抱えることになる。
これらの問題はOSを最新のものに移行することで回避することができる。しかし古いOSを
ターゲトとして開発したシステムの中には最新版のOSでは動作せずEOL (End Of Life:シス
テム寿命) を迎えるものが出てくる。EOLを迎えるシステムは、来年の1月までに最新のOSで
動作するよう修復または再開発をしなければならない。昨年後半くらいからこの問題の対応に
追われている方々も少なくないのではないだろうか(筆者もその中の一人である)。
 
EOLという言葉は主として情報システムのサポート終了や生産終了に対して使われる(人工衛
星の運用完了にも使われるらしい)が「寿命の終わり」という意味で捉えれば更に広い範囲
で考えることができるだろう。設計やファシリティマネジメントのシステムのEOL問題に接し
ながら、その元になる建物やBIMモデルのEOLについても思いを巡らせるようになった。
 
建物がEOLを迎えるにはどのような要素が影響するのだろう。
すぐに思いつくのは「物理的な寿命」である。建物を構成する部位は時間とともにそれぞれ劣
化していく。ある程度の年数が経ち、モノとしての存在が難しくなる時期が来れば寿命を迎え
た、ということになる。取り替え可能な部位や機器であれば新陳代謝を繰り返すことによって
延命が可能となる。一方、コンクリートの中性化や鉄筋の錆によって劣化する躯体は簡単に取
り替えができない。したがって建物の物理的な寿命は、躯体の状態に大きく影響を受けるとい
うことになる。
他には「社会的な寿命」を挙げることができるだろう。建物を使用する背景となる社会の仕組
みや価値観の変化への対応が困難であったり、法規やルールが変更されて既存不適格となった
りすることが建物の寿命を左右する。延命の手段としては改修やリニューアルがある。とはい
え、ある程度の時間が経つと、本来の目的では使えなくなっても歴史的建造物という新たな価
値を得て寿命が伸びることもある。重なる部分も多いが、利用要件の変化に応えられなくなる
「機能的な寿命」という捉え方もあるだろう。
ファシリティマネジメントや建物維持管理は、これらの視点から建物を延命化する手法として
捉えることができるが、寿命を伸ばすための投資にも限界がある。建物を事業活動に使用する
上で、経済的に立ち行かなくなれば、「経済的な寿命」を迎えるということになる。
 
建物がEOLを迎えたか否かを的確に判断するのは容易ではない。実現するにはいろいろな視点
からの評価と判断を可能とする建物情報の構築が必要になると考える。竣工後の運営・維持管
理を含めた、建物ライフサイクル全体でBIMを活用するには、BIMモデルに物理的特性だけで
はなく、社会的特性、機能的特性、経済的特性を追加する必要がある。形状と属性という物理
的な特性のモデル化手法に加え、その他の特性の適正なモデル化手法の検討が今後の課題にな
るのではないだろうか。
当たり前の話だが、建物を設計する際にはこれらの特性をすべて考慮し適正化をしているはず
である。それらの情報がBIMモデルとして建物ライフサイクル全体で共有されれば、どのよう
に生涯を送る建物かということを作る側から使う側へ適正に伝達できるのではないだろうか。
設計者や施工者が意図していない要件や使い方により、建物が本来の寿命を全うできないので
あれば、それは関係者の誰にとっても不幸なことだろう。建物ライフサイクルBIMモデルとい
うものをこのような視点から再度考えていく必要性を感じている。
 
建物ライフサイクル全体で使えるBIMモデルの実現には、当然ながらデータとして長い時間利
用できるという要件が加わる。そうなると次にBIMモデルのEOLについても考えなければなら
ない。
BIMモデルは、それらを作成・編集するCADやBIMのツールの有り様に依存することとなる。
一度作成したBIMモデルは10年後でも20年後でも当たり前のようにデータとして利用できな
ければならない。BIMモデルが特定のツールに依存する場合、ツールの開発やサポートの状況
によっては使用できなくなるというリスクを抱えることとなる。ツールのEOLでBIMモデルも
EOLを迎えてしまうという事態は受け入れられるものではない。BIMツールのベンダーはそれ
だけインフラとしてのデータに対する社会的責任を負っていると認識してもらわなければなら
ないが、同時にIFCを包含したBIMモデルのデータ形式の標準化と汎用化の実現と推進をすべ
きだと考える。
 
有形無形にかかわらず、モノには必ず寿命が来る。建物のEOLであれば、それがいつどのよう
に訪れるか適正に見極め、次にどのような手を打つかを関係者が共有できるBIMモデル化が必
要となる。それが現在のBIMの概念で実現できないのであれば、BIMというモデル化手法自体
を再構成することも考えなければならないだろう。

    祖父母の家。祖父亡き後祖母が長らく暮らしてきたが、その祖母も2年前に世を
    去った。昭和14年に建てられ、その後手を加えられてきたが最近30年は特に何も
    していない。それでも建物は健全で雨漏りも歪みもなく、すべての建具を問題なく
    動かすことができていた。2年あまり空き家になっていたが、歴史的な価値がある
    わけでもなく転用や利活用もできなかったため、残念だが昨年9月に取り壊した。
    物理的な寿命はきていなかったが、機能的寿命と経済的寿命によってEOLを迎えた
    ということだろうか。

    祖父母の家。祖父亡き後祖母が長らく暮らしてきたが、その祖母も2年前に世を
    去った。昭和14年に建てられ、その後手を加えられてきたが最近30年は特に何も
    していない。それでも建物は健全で雨漏りも歪みもなく、すべての建具を問題なく
    動かすことができていた。2年あまり空き家になっていたが、歴史的な価値がある
    わけでもなく転用や利活用もできなかったため、残念だが昨年9月に取り壊した。
    物理的な寿命はきていなかったが、機能的寿命と経済的寿命によってEOLを迎えた
    ということだろうか。

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部サービス推進部エンジニアリング部門設計情報管理センター 担当部長