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コラム

工具箱の棚卸

2019.10.15

パラメトリック・ボイス               前田建設工業 綱川隆司

最近、我が家の近所に大きなホームセンター(DIY店)が立て続けに2軒も開店しました。
ホームセンターが流行っているとは聞いてましたが、どちらも大型で建材の取り揃えも充実し
た店舗です。このセミプロ仕様とも言えるホームセンターが増えているのは東日本大震災以降
の傾向らしいです。また台風被害がつづく昨今、自分で自宅の修理を行う人が増えるのも道理
かもしれません。先日帰省した実家でも電動工具を購入していました。様々な領域でプロとア
マの境界線が曖昧になってきていると感じますが、いずれ住宅もセルフビルドの時代が来るか
もしれませんね。
 
ホームセンターでは目的もなく工具コーナーをぶらぶらします。独身時代はオートバイやクル
マいじりを趣味としていましたが、家庭を築いてからはその代替行為として自転車をばらした
り組み立てたりしてます。工具には汎用工具と専用工具がありますが、趣味の変遷に伴い工具
箱の中は収納しきれないほどの工具で溢れます。余談ですが、高級工具は専門店に行かなけれ
ば買えません。ホームセンターにあるのは、中堅メーカーから所謂格安工具と言われるもので
す。汎用工具の安物は禁物で精度が悪くネジの頭を舐めたり、ぐらつきでナットの角を痛めて
しまいます。ただし「スナップオン」の様な高級ツールは本当に値が張ります。「弘法筆を選
ばず」という言葉はよく耳にすると思いますが、工具にこれは当てはまらないと思います。ま
た良い工具は本当に使い心地が良いものです。「素人にはそこまで要らないかな、でもお金が
出来たら買ってみたい」と思うものですから、私の工具箱は新旧ごちゃ混ぜになり、定期的な
棚卸が必要となります。
 
ここまでは趣味の話ですが、私も仕事で使うツールの話ともなれば妥協するわけにはいかなく
なります。工具が増えていくのと同様、業務のツールも目的が多角化すれば導入費が嵩み、さ
らに保守費用も発生します。また利用する側もそれの操作を覚えること自体が負担です。先日
社内で建設ICTソリューションについて打合せをしていました。業務の様々な項目に対して
現在対応ができると謳っているアプリケーションを列記していくと名前が高い頻度で出てくる
ソフトウェアがあり、情報系の人間が客観的にみるとアプリケーションの数を整理できないの
か、と思いつきます。管理をする立場から言えば、使うソフトの種類を減らすことに意義はあ
ります。ではそれを導入すれば「万能工具」として機能するでしょうか?
 
業務の流れを俯瞰してみましょう。BIMソフトといえばARCHICADやREVITのような作図から
プレゼンテーションまでこなせるアプリケーションソフトウェアをイメージすると思いますが、
ざっくりとモデリング・作図・属性情報編集の3つの要素を考えた場合に、それぞれの要素に
最適な別のアプリケーションが思いつく人も多いのではないでしょうか。私の職場では、モデ
リングであればRhinocerosであったり、作図であれば2D-CADも混在しています。作業の起
点は作図ではなくモデルから入るのですが、最近は設計事務所やプラント会社などからそれを
受領するケースが増えてます。そして構造や設備については、以前のコラムでも触れましたが、
意匠設計と構造設計と設備設計が同じBIMソフトを使うことを良しとせず、データ連携を犠牲
にしても専用アプリケーションのメリットを享受し、適宜IFC変換を行いながらデータの重ね
合わせを行う道を選びました。結果的に出自が異なるデータを取り込みながら建物全体を形作
る作業となります。図らずもこれが「オープンBIM」と言われる今日の標準になりました。こ
の際には「属性情報」をどの様にコントロールするかが課題です。私はモデルに情報をアサイ
ンする専用のアプリケーションが要るのではないかと考えています。また業務の周辺では、日
影や避難検証の様な法チェックや、熱流体解析や照度解析、モデルの干渉チェックの様なアプ
リケーションも必要となります。ここまでの話で「万能の工具は無い」が私の結論のようです
が、導入した際に気が付かなかった使い方があとでわかった事例もあります。例えば3Dプリ
ンタへデータを渡す際に使用するSTLファイル編集アプリケーションにあるラッピング機能に、
データのリデュースやクレンジング的な使い方が見つかりました。
 
年に一度はハードウェア・ソフトウェアとも棚卸を行い、継続保守をするのか新たな物を導入
するのかを検討します。保守契約のコストも問題ですが、より大きな課題は使用する人間側に
あります。新しいツールの習熟が負担になるほか、社内の異動を繰り返すうちに既存ツールの
使い方を理解している者がいなくなってしまったケースもあります。従ってツールの棚卸の際
にはそれを使用できる職員配置も同時に考える必要があります。また日常業務へのアサインも
計画的に行い、様々なアプリケーションに触れる場面をつくることが理想的です。職員は新し
いことへの取り組みに基本的には前向きだと思いますが、操作の習熟には時間を要しますので、
業務が輻輳しがちな現状において配慮すべき事項は多いです。そして関係者全員が業務のフ
ローとそれにリンクする形でデータの流れと使用アプリケーションを理解できていることは重
要です。これは「工具箱の整理整頓」と似ています。これまでの棚卸作業は年一回開催される
BIM仮想コンペ「Build Live Japan」の中で行われました。最近は特に若手の職員のメンバー
を増やし、中堅職員が指導しながら段取りを含めて彼らが主体的に動くようにしてきました。
アウトプットとしてデータフロー図は毎年最新版に更新されますし、人材の新陳代謝も同時に
図れます。
 
道具へのこだわりを書くつもりがだんだん組織論になってしまいましたが、ツールと組織の話
は表裏一体の関係かと思います。双方を同時に考えなければ2Dから3Dへの次元の壁を超え
ることは困難でした。そしてまた現在4Dや5Dという新しい壁に直面してます。
「弘法筆を選ばず」について私の解釈ですが、「達人は道具のポテンシャルを最大限引き出せ
る」という意味だと理解しています。裏を返せば「我々のような凡人は道具を選ばざるを得な
い」。恐らくアプリケーションソフトウェアのカタログに謳われる内容やセールストークでは
判断つきませんので、実際に手に取って選ぶことをお勧めします。

   画像は私物の工具箱。中身のツールは新しいものを買うと従前のものは“2軍落ち”しま
   す。ただし何故か工具箱はノーブランドのものを修繕して使い続けています。私は古い
   ものが捨てられないタイプです。

   画像は私物の工具箱。中身のツールは新しいものを買うと従前のものは“2軍落ち”しま
   す。ただし何故か工具箱はノーブランドのものを修繕して使い続けています。私は古い
   ものが捨てられないタイプです。

綱川 隆司 氏

前田建設工業 建築事業本部 設計戦略部長