Magazine(マガジン)

コラム

いまいちど都市の魅力について考える

2020.01.21

パラメトリック・ボイス            木内建築計画事務所 木内俊克

筆者は2015年から東京大学で都市空間生態学と題したNTT都市開発新建築社との共同研究
に取り組んできており、実はこの3月にここまでの5年間の成果を取りまとめたシンポジウムを
実施することを予定している(詳細は近日中に発表予定なので、読者の皆さま方には私の
Twitter/FBないしT_ADSのウェブサイトなりチェックいただき、ぜひご参集いただきたい)。
特にArchiFuture Webでコラムを書き始めた2017年の秋は同研究の中でも実際に地域に
介入して様々な試みをしかけては、その具体的な反応から地域のあり方を組み立てていく社会
実験の試みを本格化させ台東区三筋小島鳥越で「ツギ_ツギ#04 三筋小島のおでん お
かず横丁のまかない」というイベントを実施したタイミングと重なる。言わば、都市空間生態
学研究と併走して、アカデミックな研究からはこぼれおちてしまうような議論をArchiFuture
Webのコラムで補いながら思考を展開してきたような節もある。前回論じた官能都市指標につ
いても、色濃く同研究の興味の延長上で書いている。

従って、3月の都市空間生態学の発表を控え、今もそこに向けて脳はフル回転している次第な
のだが、だからしてまさに、いまいちど都市の魅力というものは何なのかについて思うところ
をメモしながら整理してみたい。自分の頭の整理の為に書くが、これまでのコラムではどう都
市というイメージが形成されるかについて書いてきたが、今回はその一歩手前、都市の断片が
経験される瞬間の魅力とは何なのかについて、確認する。

参照したいのは、古典中の古典だが、ジェイン・ジェイコブズだ。都市空間生態学研究の議論
や講評の中でも幾度となく言及されてきた。ここでは彼女の主著「アメリカ大都市の死と生
(新版)」(山形浩生訳、2010年、鹿島出版会)の第二部「都市の多様性の条件」における
第7章「多様性を生み出すもの」の一節を参照することからはじめたい。長くなるが、以下、
言及したい部分をかいつまんで引用する。

    都市を理解するためには、用途を別々に考えるのではなく、しょっぱなからまず、用
    途の組合せや混合を基本的な現象として扱う必要があります。・・・安全や公共のふれ
    あい・・・を維持するのに十分な複雑性を持つためには、混合利用の中身がすさまじく
    多様でなくてはなりません。
    ・・・退屈なグレー地域を見たり住宅プロジェクトを見たり市民センタを見たりす
    ると、信じがたいことではありますが大都市は本当に多様性を自然に生み出し、新
    企業を立派に育て、各種のアイデアをつくり出すところなのです。・・・都市は多様性
    の、天然の経済的発生装置であり、新事業体の天然の経済的育成装置だとさえ言えま
    すが、だからといって都市が存在するだけで自動的に多様性を生み出すということで
    はありません。・・・
    都市の街区や地区にすさまじい多様性を生み出すには、以下の四つの条件が欠かせま
    せん。すなわち、
     1.その地区やその内部のできるだけ多くの部分が、二つ以上の主要機能を果たさな
       くてはなりません。できれば三つ以上が望ましいのです。こうした機能は、別々
       の時間帯に外に出る人々や、ちがう理由でその場所にいて、しかも多くの施設を
       一緒に使う人々が確実に存在するよう保証してくれるものでなくてはなりません。
     2.ほとんどの街区は短くないといけません。つまり街路や、角を曲がる機会は頻
       繁でなくてはいけないのです。
     3.地区は、古さや条件が異なる各種の建物を混在させなくてはなりません。そこに
       は古い建物が相当数あって、それが生み出す経済収益が異なっているようでなく
       てはなりません。この混合は、規模がそこそこ似通ったもの同士でなくてはなり
       ません。
     4.十分な密度の人がいなくてはなりません。何の目的でその人たちがそこにいるの
       かは問いません。そこに住んでいるという理由でそこにいる人口密度も含まれま
       す。
    この四つの条件の必要性は本書が主張する最も重要な論点です。・・・この四つすべて
    の組合せが都市の多様性を生み出すには必要・・・です。どれか一つでも欠けたら、地
    区の潜在的可能性は大きく下がります。

ここで筆者が着眼したいのは、現在では、ある意味で都市の持つべき価値として定着して用い
られるようになった多様性という言葉に対し、ジェイコブズは1960年の時点で既に具体的な
内実に対して踏み込んだ因数分解を試みているという点だ。4つの条件が指し示していると考
えられるのは、基本的には異なるライフスタイルや価値観をもつ人々(1,3,4)が、どちら
が物理的に優位に立つということもなく(3)、時間と空間を共有して互いに顔を合わせる機
会が潤沢にあること(1,2,4)が、ジェイコブズが考えていた多様性ではないかということ
だ。そしてその実現には1~4の条件が必要十分だと。

この四条件には明快な理路があり、続く章での例示を伴う指摘も説得力をもって語りかけてく
るものがある。むろん、ジェイコブズが同著を示した当時のアメリカの状況と切り離しては元
来議論が成立しないだろうことはじめ、都市工学、経済学他専門家の観点からは指摘すべき点
も多々あるに違いないが、ここでは一旦それらの検証は大きく括弧に入れ、むしろ別の視点か
らこの四条件の先を想定してみたい。

考えたいところは、この四条件が一つの界隈の多様性を担保する具体的方途だとして、ではこ
うした界隈を複数含む都市全体が魅力を持つということ(都市全体に含まれるそれぞれの界隈
がそれぞれに魅力を持つということ)はどのように担保されるのだろうかという点だ。冒頭の
繰り返しにはなるが、ここでの論点はあくまで「都市の断片が経験される瞬間の魅力とは何な
のか」についてなので、複数の界隈がどのように存在していると、それぞれの界隈での断片的
な経験がより多様なものになっていくのか、をここでは問うている。

先程の因数分解に従えば、より多様であることの内実としては、各界隈の中で、
    ・そこで過ごす人々のライフスタイルや価値観がより幅広い
    ・時間と空間の共有がさらに密実でありながら、かつ自由で、顔と顔を合わせる機会
     がより潤沢である
といったことになるだろうか。その個別の界隈での経験が、どう都市内における複数界隈の関
係性によって増幅されうるのか。ふたたびジェイコブズの四条件にかぶせつつ、複数界隈を含
む都市スケールに拡張して言い換えてみると、

     1.その都市のできるだけ多くの界隈が、二つ以上の主要な特徴を果たさなくてはな
       らない。できれば三つ以上が望ましい。これら特徴は、別々の時間帯に外に出る
       人々や、ちがう理由でその場所にいて、しかも多くの界隈を一緒に使う人々が確
       実に存在するよう保証してくれるものでなくてはならない。
     2.ほとんどの界隈は十分にコンパクトでないといけない。つまり、界隈から界隈へ
       の移動の機会は頻繁でなくてはならない。
     3.都市は、古さや条件が異なる界隈を混在させなくてはならない。そこには古い界
       隈が相当数あって、それが生み出す経済収益が異なっていなければならない。
     4.界隈には十分な密度の人がいなくてはならない。何の目的で界隈に人が集まるか
       は問わない。居住から流動までの人口密度を含む。

といた置き換えができるだろうかもちろんこれは仮説でしかなく何も確かなバクグラ
ウンドを持った条件整理ではない。しかしこう書いてみると、少なくとも都市空間生態学研究
の中で培われてきた議論とシンクロする部分があるように見受けられることはとても興味深い。

こうして都市の魅力の原点として参照できる議論をおさえてみると、都市イメージ形成の単位
となる都市に魅力を覚える経験はどう成り立っているのかに意識が及び、イメージ形成の過程
についてもより地に足のついた組立につながりそうだ。メモ書きとしておさえておき、今後の
議論の中でうまく組み込んでいきたいポイントは捉えられたのではないか。

     「アメリカ大都市の死と生(新版)」(ジェイン・ジェイコブズ著、
      山形浩生訳、2010年、鹿島出版会)

     「アメリカ大都市の死と生(新版)」(ジェイン・ジェイコブズ著、
      山形浩生訳、2010年、鹿島出版会)

木内 俊克 氏

木内建築計画事務所 主宰