Magazine(マガジン)

コラム

制約を設計のチャンスに変えるアジリティと柔軟性

2020.02.18

パラメトリック・ボイス

コンピュテーショナルデザインスタジオATLV 杉原 聡   

ルールやアルゴリズムを記述して設計を行うコンピュテーショナルデザインにおいて、記述さ
れたルルは、段階的に他のルルと組み合わせてCG映像のパイプライン処理のように大きな
処理の部品とすることができる。例えば以下のファサードデザインのためのパネル化処理では、
入力曲面を読み込んだ後に以下の4つの処理を組み合わせてファサードを生成している(図1)。
   a) グリッド形成
   b) パネル形状生成
   c) パネル配置
   d) パターン生成

 図1.ファール・タワーのファサードパネル化処理の流れ(建築設計:Morphosis、
 ファサード設計:杉原聡)

 図1.ファール・タワーのファサードパネル化処理の流れ(建築設計:Morphosis、
 ファサード設計:杉原聡)


一旦始まりから終わりまでの処理の流れ(パイプライン)ができあがると、それぞれの処理のパ
ラメーターを調整するだけでなく、様々な処理の組み合わせを試したり、異なる処理と入れ替
えたり、新しい処理を追加するなどで、生成される多様な設計案を素早く検討することができ
る。例えば図2のように、グリッドの分割数やパネルの寸法を変えたり、パネル配置方法を
一方向の斜めではなく二方向の斜め格子に変更して各方向のパネル寸法を異なるものにしたり、
パターン生成に乱数処理を組み合わせたり、グラデーション処理を追加するといったバリエー
ションが、パイプライン全体は変えることなく一部の変更だけで素早く生成できる。

 図2.ファール・タワーのファサード設計案のバリエーション

 図2.ファール・タワーのファサード設計案のバリエーション


設計の過程においてコンピュテーショナルデザインによる設計案の生成の迅速さがもたらす利
点には、限られた時間の中で設計案の生成と評価を数多く反復することによるデザインの質の
向上のみならず、プロジェクトにおける要望や条件、制約に予期せぬ変更があったときに、必
要最小限の変更反映作業で対応できる柔軟性がある。

柔軟性に関する例として、著者が中庭ファサードの設計を担当したエマーソン大学ロサンゼル
ス校のプロジェクトにおいて、条件や制約の変化にコンピュテーショナルデザインでどのよう
に対応したかを紹介する。中庭ファサードのパネル形状は、アルミ板の曲げ加工で三次元形状
を効率的に製造するために、折り紙アルゴリズムを用いてルールが記されている。パネル配置
は、グレースケールの入力画像に応じてパネルの上下間隔と折り曲げ角度を計算して決定され
ている(図3)。

 図3.エマーソン大学ロサンゼルス校中庭ファサードのパネル化処理の流れ
 (建築設計:Morphosis、中庭ファサード設計:杉原聡)

 図3.エマーソン大学ロサンゼルス校中庭ファサードのパネル化処理の流れ
(建築設計:Morphosis、中庭ファサード設計:杉原聡)


初期の段階では、効率的な製造を想定して、折り曲げ前のパネル展開形状は矩形とし、アルミ
板の厚みは安価な薄いものを用い、強度を補完するためにパネルの外周を1インチ幅で折り曲
げることにした(図4a)。しかし製造業者が選定されてから話を聞いたところ、その業者で
はパネルの切り出しはNC制御のウォータージェット加工機で行うため自動化されているが、
折り曲げはプレスブレーキを用いて一折ずつ人手で行うため、折り曲げ数に応じて高いコスト
がかかることが判明した。そのためアルミ板の厚みを増やし、パネル形状生成ルールは折り曲
げ数を最小化するよう変更した。また切り出し形状は矩形でなくても製造効率に影響しないこ
とが分かったため、幅の異なる台形形状とした(図4b)。

 図4.折り曲げ加工によるパネル形状のスタディ

 図4.折り曲げ加工によるパネル形状のスタディ


そして更なる業者との話し合いの中で、ウォータージェット加工のコストを抑えるためにはパ
ネル切り出しの切断距離を短くする必要があることが分かり、一辺の切断で2つ以上のパネル
が切り出せるように、展開したパネル形状の辺がお互い接し合い、なおかつ板材標準寸法の
4x8フィートにぴったり収まるようにパネル形状を考えなければならなくなった。図5aの
ように、台形の展開形状を交互に反転して4x8の板に収めることも可能であったが「問題は
デザインの機会と捉えよ」というトム・メインの教えに従い、創造的なパズル解法を探すよう
に、より興味深い制約を満たす形状を模索した(図5)。模索を可能にするために、パネル形
状生成アルゴリズムも矩形や台形だけでなく折れ線で囲まれる複雑な形状も折り曲げられるよ
うに改変した。またその一方、パネル配置全体で表現される流動性の波が単一の動きに見える
ため(図3c)交差する副次的な動きも表現したいというトムメインの要求もあり最終的に
図5dのL字から台形に連続的に変化するパネル形状が採用されL字の直行する2つの方向各々
で流動性が表現されるパターンが生成された(図6)。

 図5.パネルと展開形状の収まりのスタディ

 図5.パネルと展開形状の収まりのスタディ


 図6.エマーソン大学ロサンゼルス校中庭ファサード(写真:渡辺太陽)

 図6.エマーソン大学ロサンゼルス校中庭ファサード(写真:渡辺太陽)


なおパネル配置アルゴリズムに関しては、プロジェクトの後半に消防法における排煙のための
開口率制限や、各階の廊下を歩いたときの密度変化などの制約や要望が増えたため、図3cの
グレースケール画像による方法は、力の場と粒子のシミュレーションをソルバーとして用いる
アルゴリズム(前回のコラム参照)に置き換えられた。

最後にもう一つの柔軟性の例として図2のファタワのファサード設計案のバリエーショ
ンについて述べる。このバリエーションが生成された当時既にファサード案は決定しており、
これらはファサード案の更なる検討のために生成されたのではない。あるミーティングでクラ
イアントが、もし将来予期せぬ事情で要望に変更があったときに、建築家側が現在の設計案に
固執しようとするのか、それとも柔軟にかつ積極的にクライアントの要望を聞き入れてくれる
のか不安を漏らしていたので、建築家側にはいつでも変更に対応するオープンマインドな柔軟
性と、それを迅速に行える技術力があることを示して信頼関係を深めるために、トム・メイン
の指示で著者が1日で生成したバリエーションである。

このように技術に裏打ちされた柔軟性は、予期せぬ問題に対して迅速な対応を可能とするのみ
ならず、変化があっても対応できるという自信を設計者に与え、協働するクライアントや業者
に安心感をもたらし、チーム全体の信頼関係を深めるのにも役に立つ。更にはプロジェクトを
進める中で設計をより良くする機会に出会った時に、変更を恐れず挑戦することを後押しし、
より良い建築を実現することに貢献できるのである。

杉原 聡 氏

コンピュテーショナルデザインスタジオATLV 代表