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コラム

DX時代の教育に向けて

2020.03.10

パラメトリック・ボイス               広島工業大学 杉田 宗

コロナウィルスの拡大とともにリモトワクや一斉休校など毎日目まぐるしく状況が変
化する今日この頃、このコラム、本当に皆さんに読んでいただけるのだろうか…?そんな心配
がありますが、今日は「学生たちによる能動的な学びの場」について考えていこうと思います。

これまでにも私のコラムで度々話題にしてきた「デジタルデザイン教育」ですが、その教育の
プラットフォームには、広島工業大学で進めるデジタルデザイン系科目のような「授業」だけ
でなく、「より広いデジタルデザイン教育のフィールドへ」で紹介したようなカリキュラムの
枠を超えた「ワークショップ」も有用だと考えてきました。私が考えていた「ワークショップ」
は講師と受講者が存在する、いわゆる普通の「ワークショップ」でしたが、なんかそんな古典
的な考えには収まらない学生の活動が日本各地に出てきている様子。紹介しない訳にはいきま
せん。

まず初めに紹介したいのは「Enjointing Spaghetoini」というイベントを開催した、名古屋を
中心とした中部地方の学生たちの活動。3Dプリンタで出力したジイントとパスタを繋げて
タワーを建てるワークショップをやると聞いて駆けつけたところ、学部1年生から博士課程の
学生までの幅広い参加者がキャーキャー言いながら、自作のジョイントを駆使してパスタタ
ワーを組み立てていました。目玉は後半のプレゼン大会。参加者全員が、自分の研究や設計に
情報技術をどう活かしているのかを熱く語り、それに対して他の参加者からも質問や意見がバ
ンバン飛んでくる。アルゴリズミックデザインデジタルファブリケーションVR、フィジカ
ルコンピューティングと話題は多彩で、これ全部それぞれの興味で掘り下げていることが本当
にすごい。

 「Enjointing Spaghetoini」にてパスタタワーを組み立てに苦戦する学生たち。まったく想定通
 りにいかないのが学びの真骨頂。彼らの活動についてはTwitter(ハッシュタグ:#ND3M)でフォ
 ローしよう。

 「Enjointing Spaghetoini」にてパスタタワーを組み立てに苦戦する学生たち。まったく想定通
 りにいかないのが学びの真骨頂。彼らの活動についてはTwitter(ハッシュタグ:#ND3M)でフォ
 ローしよう。


同好会的な意味合いの強い集まりですが、「建築分野における情報技術」を共通の興味として、
大学や年齢の垣根を越えてこれだけ強い繋がりが作られている様子を見たことで、私の学生へ
の期待は大きくなりました。消極的な学生が多いなーと思うことが多く、何かに没頭できる学
生が少ないと勝手に決めつけていましたが、もしかするとそういう環境に身を置いてないだけ
で、そういう環境さえあれば「Enjointing Spaghetoini」に参加した学生のように、生き生き
と自分の学びを深めていくことができるのではないかと感じました。

広島工業大学にも新しい学びの場が生まれ始めています。大学院生がスタートさせた「NOTE」
は、大学院生が学部生をサポートすることでもっと建築好きを増やすことを目標にした活動。
毎週金曜日の夕方、大学院生が大部屋に集まり、質問に来る学部生の相談に乗ったり、おしゃ
べりしたりしています。これは私が最近気になっている「建築系学科の縦の繋がりの衰退」に
対するカウンターパンチになるのではないかと注目しています。

 広島工業大学環境学部建築デザイン学科の新しい縦の繋がりが生まれつつある「NOTE」の様子。

 広島工業大学環境学部建築デザイン学科の新しい縦の繋がりが生まれつつある「NOTE」の様子。


現在社会人としてバリバリ仕事している人に説明してもなかなかうまく伝わらないのですが、
「建築系学科の縦の繋がりの衰退」は深刻で、これがいろいろな問題の原因になっているので
はないかと考えています。大学によって差はあるものの、どの大学の教員もその変化には気づ
いていますが、原因まではよくわかりません。

本来建築系の学生といえば、入学とともに活きのよさそうな1年生は上級生に誘われ、先輩の
模型の手伝いに駆り出されることが多くありました。そこで基本的な模型の技術を身に付ける
と同時に、彼らが起点になって、その学年全体に先輩の技術が継承される仕組みがあったとい
えます。これは技術的な側面だけでなく、建築そのものについての知識も幅広く伝えられてい
た可能性が高く、建築家や建築作品についてもそうした場を通して最新の情報が流れていたの
ではないかと推測されます。もっと言えば、「授業を通してよりも、先輩から学んだことのほ
うが多い」建築系学科OBは多く、近年話題になる「設計離れ」もこういった繋がりが少なく
なったことが、原因の1つだと思います。

「NOTE」の活動は、一見「なんでそんなことやらないといけないの?」と思われるかもしれ
ませんが、それがないと授業を通した学びでしか、建築を知る機会がない状況が生まれつつあ
るのも現実です。「NOTE」は大学院生の活動なので、その学生の専門性に特化したサポート
が受けられるのも良い。設計だけでなく、歴史や構造の院生から直々に教えてもらうことの魅
力は測りしれません。同時に、誰かに教えることが自分の学びを深めることに繋がることも重
要だと思います。

また「学びの場」は伝染する力も持っているようです。最後に紹介するのは有明高専での取り
組み。昨年の6月に広島でRhino+GHの2日間ワークショップを行いました。開催にあたり私
のTwitterで参加者を募ったところ県外からも多くの方々が広島まで来てくださいました
の中の1人だったのが有明高専の中満くん。なんと大牟田から友達と2人でバイクで来てくれ
た強者で、ワークショップ後は積極的にデジタルファブリケーションを駆使した什器やパビリ
オンの制作に取り組んでいた様子。本当に驚いたのは、卒業目前の今年2月に「何か置き土産
をしていきたい」という動機から、後輩に向けたRhino+GHのワークショップを開催したとの
こと。「置き土産」で後輩を指導するなんてかっこよすぎるだろ!しかも私の教材まで活用し
てくれたらしい。もうおじさん泣いちゃうよ。

 有明高専で中満くんが中心となり行われた「Digital Design Workshop」。

 有明高専で中満くんが中心となり行われた「Digital Design Workshop」。


3つの「学びの場」に共通するのは「学生たちによる能動的な学びの場」である点です。我々
教員がどれだけ優れた授業を設計したとしても、これには勝てないと思います。教育の現場で
は「アクティブラーニング」や「反転授業」といったキーワードが度々登場しますが、本物の
「能動的な学びの場」から改めて学ぶべきものが多いように思います。

またもう一つの共通点として「SNSの活用」があります。どの活動においても、情報を集めた
り、情報を広める際にはSNSが活用され、そういった活動に興味のある学生などにリアルタイ
ムで状況が伝わっていきます。それは、新たな「学びの場」を作ろうとする学生にも伝わり、
また違う場所で、違った活動が生まれるきっかけになることでしょう。後輩に模型を手伝わせ
るだけのカリスマ性やマネージメント能力を持った先輩が少なくなった今、学生達は「SNSで
どういう発信をしているのか?」や「SNSで誰とどう繋がっているのか?」を1つの判断基準
にして日々の生活を送っているようにも思えます。

SNSの登場により、学生間の繋がりに大きな変化が生じた今、「教育」はどうあるべきでしょ
うか?「教育は普遍的なものであるべき」という意見もあるとは思いますが、私は大きな変化
が必要であると考えます。今回紹介したような「学生たちによる能動的な学びの場」が生まれ
やすい仕組みが授業に組み込まれるべきだと思いますし、授業に出て学ぶことが唯一の「学び
の場」ではなく、SNSやインターネットを介した学びも本格的化していく必要があるでしょう。
これまでのやり方を踏襲する名ばかりのeラーニングから、デジタルとリアルの両方が相互的
に作用する本当のeラーニングの設計が急務だと感じます。まさにDX時代の教育を今設計する
時期にあると思います。

私の家でも、ちょうど今日から子供たちの小学校が休校に入りました。ほとんどのイベントが
中止になり、出張や会議も中止や延期が続いています。その分、ライブ配信やオンライン会議
などが一気に増え、人と人が繋がる場がデジタル環境に移行しています。必要に駆られてこう
いう変化が生まれていますが、コロナウィルスの拡大が落ち着いた後も、100%元に戻る訳で
はないと思います。様々な場面でデジタルとリアルの選択ができることを知った上で、何をデ
ジタルにして、何をリアルにするのかを我々一人ひとりが考えながら仕事する場面が来るで
しょう。本当の「働き方改革」はその過程を経ることで初めて迎えることができるのではない
かと思います。

今日本が直面している大きな災難を、次の時代に向けての大きなきっかけとして乗り越えるこ
とができれば、我々が持つべき自信に繋がるのではないかと考えます。

杉田 宗 氏

広島工業大学 環境学部  建築デザイン学科 准教授