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コラム

ライフサイクルBIM 3 ~現況BIMと空間情報

2020.11.10

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎

建物情報を記述・表現する手段として、すでにBIMは広く認知されている。建物モデルの表現
手段として理想的とまでは行かないが、建築分野において建物情報を記述・共有・伝達し、認
識や価値観を共有する合理的な手段の一つであることは確かだろう。まだ存在していない建物
がどのような姿形をし、どのように作られどのような機能やサービスを提供するか、といった
ことをあらかじめできるだけ正確に知りたい、ということが建設工程におけるBIMをはじめと
する建物のモデル化の動機の一つだと思う。一方、建物がすでに存在する場合、建物モデルの
持つ意味合いや目的は新築のそれとは異なるものとなる。
 
既存の建物をデジタル化する理由の一つに、建物の現状把握と評価・分析を行うためのデータ
取得・参照が挙げられる。従って建物を評価する視点に応じて建物モデルのあるべき姿も異な
る。言い換えれば目的を曖昧にしたまま建物モデルを作成すると思い通りに現状把握や評価
分析を行うことはできない、ということになる。特に多施設を対象とした建物マネジメントを
情報化する際、個々の建物をどう扱うかということに加えCREや資産としての建物群をどのよ
うに評価するか、という視点でも建物の情報化を考える必要がある。当然ながら建物モデルの
表現手段としてのBIMモデルのあるべき姿についても、同様に考慮すべきである。
 
当社が実施する大量の通信建物を対象とした建物ライフサイクルマネジメントは、通信事業の
需要に応えるさまざまな改修・模様替え工事と経年劣化に対応する修繕の設計・監理、建物の
状態把握のための定期的な点検・診断とその結果を元にした残存不具合・リスク管理、通信事
業の方針を含めた建物整備計画立案・実施管理、更に建物運用に必要な各種のスペース管理等
から構成されている。これらの業務で利用される建物情報は、常に最新の状態が保持され信頼
できるデータであることが求められる。このような背景により、多施設に対する大量の改修等
工事の設計・管理業務の生産性向上と業務品質の保持、関連業務全体での情報管理コストの低
減、残存不具合・建物リスク管理の効率化等を課題として設定し、業務フローや体制の構築、
建物基盤情報と建物情報活用環境の整備に取り組んでいる。
 
既存建物を対象とした改修や修繕に関する設計業務の特徴として、最初に対象となる建物の現
状把握が挙げられる。現状把握として机上検討や現地調査が実施されるが、他にも新築からこ
れまでの改修等の経緯や採用した工法等、どのように手を加えてきたかという工事履歴の参照
が必要となる。設計に着手する前段階での情報収集と分析に稼働や時間といったコストを要す
るのが、既存建物に対する改修・修繕の特徴と言えるだろう。現地調査については一度ですべ
ての情報を収集できればよいのだが、場合によっては何度も調査を行う必要が生じる。建物が
遠隔地にある場合、当然ながら毎回の調査の移動時間も現地調査に関するコストとしてカウン
トされることとなる。
現況情報があれば(極論を言えば)現地調査に出かけなくても建物の現状を把握でき、改修・
修繕コストの低減を図ることができるのではないか、というのが現況BIMを整備する動機の
一つとなっている。しかし、既存の建物は竣工時のように建物だけが存在しているわけではな
建物の利用目的に応じた様々なモノ(通信建物で言えば通信設備)が存在している。当然
改修や修繕ではこれらのモノを配慮する必要があり、設計を行う上で制約を受ける場合もある。
とはいえ、事業やアクティビティに関するすべてのモノの情報を現況BIMに追加することは困
難であり現実的ではない。勿論やれないことはないが、投資対効果という観点で評価すると、
ビジネスとして成立しないという結論に至るだろう。同様に、過去の様々な工事履歴の情報を
すべて現況BIMに取り込むことも容易ではない。建物自体の情報についても、建物の詳細な情
報を完全に現況BIMで再現することは現実的だとは言えない。可能な限り建物情報から建物の
現状把握をする方法を検討すると、従来の建設分野で扱う建物情報としての現況BIMだけでは
情報が不足しているということがわかる。
改修・修繕における設計以外の業務においても、建物の現状把握や評価・分析を行う上で現況
BIMだけでは情報が不足していると思われるものが散見される。このことから足りない情報を
どのように補完するかが次の課題となる。
 
現況BIMには含まれていないが、建物ライフサイクルマンジメントにおいて必要となる情報を
「空間情報」と「データベース」に分類し、現況BIMを補完する建物情報として構築すること
とした。建物の部位や設備機器の形状と配置や性能諸元は現況BIMにより把握する事ができる
一方、現況BIMに記述されていない事業のためのモノの状況は、目視で把握と評価ができるも
のは写真や全天球画像、点群データで補完することができる。また、様々なセンシングによる
空間情報も現況BIMを補完するだろう。現況BIMの属性データを集約したものやそれ以外の
データベースも現況BIMを補完する情報となる。過去の工事履歴については、履歴データベー
スとして構築することで、時系列の情報として現況BIMを補完する。
このように空間情報とデータベースを適正に整理・分類・体系化し、現況BIMと連携して大き
な建物DBを構築することが、建物ライフサイクルマネジメントにおける建物情報整備の大き
な課題だと言えるだろう。同時に、多施設に対する大量のこれらの情報を適正に管理する手順
や手段の実現が重要となる。
 
今後建物情報は、設計・施工・運営・維持管理という建設分野で扱われるだけでなく、建物を
使用する事業やアクティビティでの活用や社会情報基盤における建物情報として、その役割が
期待されることとなる。多階層化していく視点へ応えるため、建物情報もマルチレイヤ化する
ことが求められるだろう。それぞれのレイヤで活用する建物情報を個々の要素としても利用可
能とし、同時に情報の集合体として横断的に活用できる構造として実装することが、今後の
BIMを含めた建物情報の価値向上につながると考えている。

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部サービス推進部エンジニアリング部門設計情報管理センター 担当部長