Magazine(マガジン)

コラム

建築情報学会設立に思うこと

2020.12.08

パラメトリック・ボイス            木内建築計画事務所 木内俊克

建築情報学会が2020年11月30日に設立した。
同11月30日から12月16日まで、断続的に5回、関連イベントとして建築情報学を巡るトーク
イベントが開催されるので、ぜひふるって参加されたい。申し込みはこちらから。

思い返せば2017年12月の10+1での記事を皮切りに準備会議の段階から設立に向けた動き
を準備してきた立場からは非常に感慨深い。同学会の発足に際して酒井康史氏が「2020年の
Journalのあり方について
」というテキストを寄せている(すばらしい内容なのでぜひご一読
いただきたい)が、これからこのような提案や動きが活発化していくことを切に願っている。

そしてもちろん、私自身も立ち上がる学会を使ってどのようなことが開拓できるのかに目下興
味を寄せており、私自身の学会への期待についてもこの機会に記しておきたい。
 
端的に言って私が興味を抱いているのは、「準備会議」というフォーマットの発展的なアップ
デートだ。「準備会議」の実体はというと、連続シンポジウムとそのレポートのWeb連載、そ
してその準備を担っていく為の定期的なディスカッションと言える。それだけ言うとありふれ
た感じもするが、その形式が非常に面白かった。「準備会議」に特徴的だったと考えられるこ
とを列挙すると、
    1.関心対象の異なるキュレーターが多人数集まって、毎回方向性の異なるトピック
       のシンポジウムを回していく形式となっている
    2.それぞれのキュレーターが各回で外部の専門家を招いて議論を展開する
    3.シンポジウム開催とアーカイビング/Web発信がセットになっている
    4.キュレーター全員がアーカイブされたWebアーティクルをレビューし、それぞれ
       の視点からコメントや注釈、リアクションを与えて同時に発信される
    5.上記の情報がオープンで相互にネットワークされており、情報から情報へのアク
       セス性が担保されている
というところではないかと思う。
特に4のシステムを「準備会議」では『副音声』と呼んでおり、これが非常に特徴的だったと
考えている。シンポジウムにて取り交わされたあらゆる議論を、基本的にはシンポジウムの流
れに沿ってアーカイビングしつつも、一方で登壇者によって与えられる一意の理解や文脈にお
いてのみには議論を収束させず、その議論が結び付けられるべき多様な方向に常に議論を結び
付け、取り上げられる情報を多声的・多重的なリアリティの中で読み替えていくことができる
形式を保つ、というものだ。特に際立っているのは多声的という部分かと考えていて、つまり
メインの議論に注釈の網を張り、そこから多様な情報のソースへリンクを飛ばしていく構造自
体はたとえばWikipediaのそれと類似した、ネットメディアのわかりやすい特徴ということに
なる(ないし一般的な論文での参考文献のリストアップも基本的には似た構造と言てもよい)
が、視点や専門の異なる多主体が、何にコメントし注釈をつけるか自体も一つの情報であり、
そこに生のキュレーター達の思いやアイデア、補足したい論点が並置的に付与されて読み込め
るという形式は、ありそうでなかった非常に肉厚な情報の広がりと奥行きを構成する。そして
何より次の議論が準備される。

では、こうした面白さをそのままに、さらに発展的に展開するというイメージはどのようなも
のか。その方法はさまざまに想定しうるが、一つには『副音声』を時系列的に管理して更新性
を与え、1年なら1年のプロジェクトの中で段階的に『副音声』の網を更新していきながら、
複数のアーティクルを縫合していき、最後にはアーティクル全体を一つのまとまったテキスト
群としてパッケージする、といったアプローチが考えられるだろうか。一つのワークグループ
を立ち上げ、たとえば年6回で6つのアーティクルを積み重ねていく中、『副音声』そのものも
そのあとに積み重ねられる『副音声』の対象となっていき、重層的な議論の網が検索性を担保
されながら積み上がっていくようなものをイメージできないか。
あるいは、もう一つの大きな方向性を想定するとすれば、『副音声』というクイックで発見的
な形式を、既存のシンポジウムや対談の記録、あるいはもはや対話型のテキストに限定せず、
広く適用可能なテキストや論文を探索しては適用していくような方法も考えうるだろうか。こ
ちらの場合に至ると、勉強会をテキストベースで実施したものをワークインプログレスの状態
で随時公開していくといったおもむきになってくると思われるが、いわゆるシンポジウムベー
スのディスカッションとハイブリッドで組み合わせられていくことで、重層的な知の探索が可
能になる予感もある。
さらに言えば、これらのアプローチは必然的に問題提起型のリサーチとして組み立てられるも
のになることが想定されるが、プロジェクト型でひとまとまりの議論を区切ってはコンパクト
な出版にまとめ、同時にそこでの問題提起にレスポンスを返すようなクリエイターやエンジニ
アを集めた企画展示を発信していくようなふるまいも想定できる。

そして上述した『副音声』を補助線とした一連のアウトプットの形式で何よりポイントだと考
える点は、このような形式であれば、必ずしもアカデミックな論文の体裁にまとめることを目
的としないレベルのディスカッションでも、それが同時代的に意味のあるトピックでかつ既存
のマーケットではすくいきれない新しい価値に向かうものであれば、その周辺に存在する問題
意識を提示し、関連分野の人々と議論を共有する体裁となりうる、というところではないだろ
うか。

具体的な運営体制や予算的な位置づけなど度外視した上での提案ではあるが、建築情報学会へ
の期待を形式的な観点からまとめてみた。

次回コラムでは、これまでArchiFuture Webで連載してきた筆者の関心を取りまとめる意味で
も、形式的な視点からの今回に次いで、今度は内容的な視点から具体的にどのような議論にい
ま興味が向かっているのかをまとめてみたいと思う(次回につづく)。

 【新刊】『建築情報学へ』2020年12月末 刊行 監修 建築情報学会
  ※詳細は出版元であるmillegraphのHPを参照
  ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のmillegraphのWebサイトへ
   リンクします。

 【新刊】『建築情報学へ』2020年12月末 刊行 監修 建築情報学会
  ※詳細は出版元であるmillegraphのHPを参照
  ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のmillegraphのWebサイトへ
   リンクします。

木内 俊克 氏

木内建築計画事務所 主宰