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コラム

コンピュテーショナルデザインの源流と現在

2021.01.19

パラメトリック・ボイス

コンピュテーショナルデザインスタジオATLV 杉原 聡   
 
以前のコラムで、コンピュテーショナルデザインとは「ルールやアルゴリズムの記述によりジ
オメトリやデータの生成、操作を行うことである」と述べたことがあるが、より広義に考える
と、それはデザインの仕組みをデザインしてそれを特定の条件で適用することとも言える。
そう考えると、やや広げすぎの感もあるが、1927年のル・コルビュジエの近代建築五原則の
ようなデザイン原則とその適用もそれに類することと考えられるかもしれないしまた例えば
1999年にモーフォシスが特定の設計案ではなく、複数のシナリオと設計案を示して、都市開
発時の環境条件に応じて設計を定める戦略自体を提案したニューシティーパーク(図1)のよう
なケースも仕組みのデザインと適用の例と言えるかもしれない(余談ながら当時プロジェクト
に取り組んだ所員からコンピュテーション無しに手作業で設計案を量産するのがいかに大変
だったかを度々聞かされた)。

 図1.  モーフォシス《CCAニューシティーパーク》1999年
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のMorphosisのWebサイトへ
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 図1. モーフォシス《CCAニューシティーパーク》1999年
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しかし”コンピュテーショナル”であると言う点、言い換えるなら計算可能であり計算機の特性
を活かすという点に注目して考えると、コンピュテーショナルデザインの源流の一つとして私
が考えるのは、建築分野ではないがジョン・マエダ氏の1990年代のグラフィックデザインに
おける仕事である。
 
ジョン・マエダ氏はロードアイランド・スクール・オブ・デザイン学長やMITメディアラボ
副所長などを務めた、デザイナー、科学者、教育者である。バブル期にあったMITメディアラ
ボ日本支部計画が不況により実現しなかったことの次善策として、MIT若手研究者を招いた小
規模の研究所を東京に設立する際に前田氏は日本に招聘され、筑波大学の芸術学博士課程と並
行して日本で研究デザイン活動を行った。そして1996年よりMITメデアラボでAesthetics
and Computation Groupを率いてコンピュテーションによるデザインの研究を推し進め
た(尚このことは雑誌「デザインの現場」1996年12月号の特集記事に掲載され、当時情報工
学科学部生の著者に大きな影響を与え、同号別の特集記事に載った大学院研究室へ進学し
の後かつてマエダ氏が在籍していた研究所、国際メディア研究財団に入所することになった)
 
マエダ氏の作品は主にプログラミングによって生成される画像やソフトウェア自身であり、
データ可視化やインタラクションデザイン分野の先駆となる作品もある一方、グラフィックデ
ザイン作品は、デザイナーがプログラミングをデザインの主たるツールとして用いた先駆的作
品である(図2、3)。

 図2. ジョン・マエダ《モリサワポスター》1996年
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のMAEDASTUDIOのWebサイトへ
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 図2. ジョン・マエダ《モリサワポスター》1996年
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 図3. ジョン・マエダ《Gilbert Paper広告》1998年
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 図3. ジョン・マエダ《Gilbert Paper広告》1998年
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これらの作品の特徴として言えることが二つある一つはデザイン要素の構成における数理的・
論理的な仕組み(アルゴリズム)の表れである。図2や3には幾何学変形や数理写像、ランダ
ム性、データ列挙と再構成の仕組みが見て取れる。そしてもう一つの特徴はその繊細さと要素
の多さである。仕組みを表現するだけであれば構成要素一つでは関係性は表現できないとはい
え、これ程の数は要さない。これらの作品では仕組みの表現に必要な最小要素数を遥かに超え
て、量が質を変える域に達している。
 
この二点は計算機の特性に合致する。計算機は歴史的に数値計算と論理操作の機能を基礎とし
て作られており、その機能に親和性の高い記述を用いてデザインを行えば計算機を効果的に用
いられる(寧ろその記述によりデザインが行えると気づいた時がコンピュテーショナルデザイ
ンが生まれた瞬間であると言える)。また計算機の根本的な強みは操作や動作の反復であり、
過去のツールや技術では容易にできないレベルの反復を活かすことにより新たな表現の可能性
を追求できる。
 
このような特徴は図4~7のような初期のコンピュテーショナルデザイン作品にも見られる。
いずれも過去には見られなかった量の少しずつ変化する要素によって、繊細で複雑な新たな質
を獲得している。また数理操作や写像操作による幾何学変形とパターン生成、極小曲面やフラ
クタル的再帰など幾何学・論理操作も見られる。しかしその一方、マエダ氏の作品で示される
特徴と異なる点として、構成要素の多さによる建設の困難を乗り越えるため用いられたデジタ
ルファブリケーションやロボット施工の制約や特性が特徴として表れていることが挙げられ、
そして数理・論理アルゴリズムが課題とする対象が空間表現のみならず構造の解決も含むこと
が多い点も特徴的である。また一部のコンピュテーショナルデザイン作品に見られる連続性と
一貫性という特徴は、2000年以降の横浜大さん橋やGreg Lynn、Zaha Hadidなどの”デジタ
ル建築”の流れからの影響と考えられる。

 図4. Matsys《Manifold Screen》2004年
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のMatsysのWebサイトへリンク
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 図4. Matsys《Manifold Screen》2004年
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 図5. Gramazio & Kohler + Bearth & Deplazes Architekten 《Winery Gantenbein》2006年
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のArchDailyへリンクします。

 図5. Gramazio & Kohler + Bearth & Deplazes Architekten 《Winery Gantenbein》2006年
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 図6. Michael Hansmeyer 《Subdivided Columns》2010年
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のMichael Hansmeyerの
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 図6. Michael Hansmeyer 《Subdivided Columns》2010年
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 図7. THE VERY MANY《Labrys Frisae Pavilion》2011年
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のArchDailyへリンクします。

 図7. THE VERY MANY《Labrys Frisae Pavilion》2011年
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このように見るとコンピュテーショナルデザインは設計技術の工学的発展としてだけでなく、
文化的なデザイン史の一つの流れとしても見ることもでき、それは当然現在も進化を続けてい
る。上記の作品の一部に見られる有機的形状が示す自然・生物への傾倒は建築史に長く続く
自然対人(人工物・精神性)の振れの一つとも見られるが、それを反対に振り、建設の効率性を
踏まえて人工物へ傾倒するDiscrete派(図8)や計算機の基礎的仕組みに近い数理・論理記
述から離れたレベルで操作を行うAI建築(図9)はコンピュテーショナルデザインの発展の
一形態と言える。これらの今後の発展に注視するとともにそれに限らず日々新たなデザイン
に取り組む多くの建築家デザイナー研究者たちによる新たな手法や流れの出現が大いに期
待される。

 図8. Gill Retsin《Diamonds》2016年
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のGilles RetsinのWebサイトへ
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 図8. Gill Retsin《Diamonds》2016年
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 図9. Coop Himmelb(l)au, Daniel Bolojan《DeepHimmelblau》2020年
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のNonstandardstudioの
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杉原 聡 氏

コンピュテーショナルデザインスタジオATLV 代表