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コラム

他律的なプロセスから生まれる自律的な振る舞い㊦

2021.05.27

パラメトリック・ボイス
                       東京藝術大学 / ALTEMY 津川 恵理


前回のコラムの通り、兵庫県に位置する「三宮本通商店街」で、2019年12月20~22日の3日
間、遂に大々的に都市実験を行った。


約150メートルに渡って、大凡130個ほどの動くオブジェクト(風船)を配置したことにより、
異様な光景が生み出された。おそらく、普段からこの通りを通行する人は、非日常的な風景へ
と化したストリートを、どう歩いていけば良いのかと悩まされたのではないだろうか。
突如見慣れないオブジェクトが公共空間に現れると、それは障害物になることがほとんどであ
る。ただの障害物になってはいけないのだが、ちょっとした違和感を作ることは、人を惹きつ
けるために必要な時もある。公共の場所は、怪我や不便さを無くすため、そこを訪れる人が安
心できるよう計画されている。違和感のないよう設計され尽くされた都市において、私達が能
動的に公共空間を考える機会は、ほとんど無くなってしまっているのでは、としばしば考えて
いた。
実際に都市実験を行うにあたり、オブジェクトをどう配置していくか、意識的であった。設計
者の意図を極力削ぎ落とすことを心掛けていたのだ(前回コラム参照)。シミュレーションを
行い、人の流れが溜まる場所や動線として抜ける場所を作らないよう、最も分散して人が流れ
ていく配置を目指していた。それは、設計側の意図が、配置に極力表れないようにすることで、
通行人それぞれから独自の行動が生まれてくることを狙っていた。
予測不可能な動きをするオブジェクトが配列されたストリートで、人々は驚くほどに、多彩な
行動を展開していった。立ち止まって、まずは観察してみる人。映りこむ風景や人々を写真に
撮る人。オブジェクトを叩く人、蹴る人、他人の場所にオブジェクトを飛ばす人。意外にも怪
訝な表情をする人はほとんどいなかった。またここで、人の行動を定性的に観察するだけでな
3日間行た都市実験の映像をベスに更にAIによる骨格検知を行うことで歩行者の行
動を定量的に考察することも試みた(コンピューター科学者 鈴村豊太郎博士監修)。

 


日常のストリートで多く見られる「歩く」という行為と比較し、右手を挙げる人、左手を挙げ
る人、首を横に向ける人など、関節の動きを基に幅広い行動分布を見ることが出来そうであっ
た。
つまり、設計者が具体的に想定して作った空間設計は、多くの場合、空間に与えられた使われ
方しか繰り広げないのではなかろうか。しかし、部分的に設計者の恣意性を削ぎ落とすといっ
た他律的な設計を取り入れることにより、その部分に体験者の自由な発想が介入してくる可能
性があるのではないか。今回の場合でいうと、オブジェクト同士の距離を2メートル以上開け
た自動生成された大量の配置スタディと、最も分散した人の流れを生み出した配置の決定、ま
た予測不可能な動きをし続けるオブジェクトの特性が、他律的な部分となる。
他律的とは、「設計者が意図しない領域」と言い換えることもできるかもしれない。そして、
その意図しない領域に体験する人の感性が入ってくることで、思い思いに、人によって違う、
個々で自律された振舞いが生まれてくることを期待している。
 
テクノロジーは、作業の効率化や、難易度の高い造形への貢献といった分かりやすいメリット
をもたらしてくれる。それに加え、建築設計という思想自体の在り方をも変え得るかもしれな
い(ここで記しているものは建築設計という行為の話ではない)。そんな希望を持って新しい
ことにチャレンジしていきたいものである。

津川 恵理 氏

東京藝術大学 教育研究助手 / ALTEMY 代表