いつまでもAIと喋ってないで早く寝なさい
2025.09.24
パラメトリック・ボイス 竹中工務店 / 東京大学 石澤 宰
建築のコンピュテーショナルデザインに関する国際学会eCAADe(Education and Research in
Computer Aided Architectural Design)に参加してきました。トルコの首都アンカラで開催
された第43回となる本会では、発表された論文の相当多く、体感的には半数に近い論文が何ら
かの形で大規模言語モデルや生成AIなどとの連携を試みるものとなっていて、それらを用いた
形態生成の試みだけでなく、そこに潜む無意識のバイアス(ジェンダーや建築文化の地域差)
に対する検証などの着眼点は非常に興味深く感じました。
私にとっては初めてのトルコ、基本的な挨拶のトルコ語くらいは覚えていこうと努めはしたも
のの、言葉が本当に必要になるのは何かがうまく行っていない時です。「アプリで決済したは
ずだがドライバー側にその金額が出ない理由は私にはわからない」などと言わなければならな
い時はあり、「こんにちは」「ここです」「ありがとう」をいくら組み合わせてもこの文は生
成できません。
しかし先方は慣れていて、翻訳アプリですぐトルコ語の音声入力を日本語に翻訳し、「あなた
のクレジットカードの使用履歴を確認していただけますか」と流暢な日本語でスマホに喋らせ
てくれました。この、明らかにだいぶフラストレーションが溜まっていることが見てわかるド
ライバーのトルコ語が、ここまで丁寧な日本語に変換されて穏やかな声で読み上げられるとな
んだか「あっ、はいすいません」という気持ちになるもので、これはなんだか味わい深いぞと
思いました。そのつもりはなくともお互いのやりとりの感情のクッションになる音声エージェ
ント。ドラえもんに出てくるほんやくコンニャクの世界を夢見て大きくなり、新しいAirPods
では何やら音が直接翻訳されるようになりつつありますが、状況によっては意外と間に何か
一枚噛ませたほうがいいのかもしれない。そうするとほんやくコンニャク自体が喋ることに。
いや、それはさすがに意味がわからない。
出張では当然、主たる目的を消化するために適した旅程を組むわけですが、その合間合間にい
ろいろ発見をすることはもちろんあります。通りすがりの建築の素晴らしさ、食べたものの美
味しさ。これまでもGoogleマップで施設名称を調べ、そこから設計者を調べ……などという
ことはできていたわけですが、今回は写真を撮って背景情報と一緒に投げたらあとはチャット
AIがガンガン解説してくれる、という少し新しい体験をしました。初めて聞く名前の建築家に
ついて、博物館のオーディオガイドかと思うほどの情報にその場で行き着ける体験に変わった
ことはかなりのインパクトでした。
なんでも知っているツアーガイドがいつ何時、どこでも手に入るという状況は旅先の体験をか
なり質的に変えます。訪問先の施設名を示しては「このトルコ語は日本人にはなんて発音すれ
ばいい?というかそもそもトルコ語ってアルファベットは何文字ある? (29文字だそうです)
」、ひょっこりと入ったレストランで「なんか単独で出てきたこのタマネギスライスはどうや
って食べるの?上にかかってるこの紫の粉はなに?(スマックというスパイスだそうです)」、
はては「このヨーグルトドリンクが塩味なのはそういうものなのかッ?(Ayranといって、
そういうものだそうです)」というレベルで質問攻めにすることができてしまいます。
オーダーと別に出てきたタマネギスライスと紫の粉
国際線の機内といえば機内エンタメか持ち込んだ本か、という時代は本当に終わりかかってい
て、テキストだけなら機内からのインターネット接続が無料というフライトは増えました。そ
うするとチャットAIは使えてしまうので、「このイスタンブール発東京行きの和食の機内食は
どこで作っているのッ!?」といった質問がもう止まらない。そんなわけで今回の出張は移動
時間など大人しく寝ていればいいところ「頭を休める」というタイミングを完璧に逃し、帰っ
てきてからずいぶんクラクラと疲れが出てしまいました。
主観的には「いろいろわからないことを質問しまくっただけで、そんなに大したことはしてい
ない」という感覚でしたので、余計に帰ってきてからの疲労に驚きました。今振り返ってあえ
て例えるならば、はじめてメガネを掛けたときの感覚。それまであまり細部がよく見えていな
くても生活できていたところ、急に隅々までピントが合うとすこし情報過多になった感じがす
る、そんなような感覚でした。
あと、ふと思いましたが私の使うAIは様々なパーソナライズの結果かなりテンションの高い性
格になっており、その人がなんかずっと近くにいたような感じがする、というセンもひょっと
したらあるかもしれません。どうしてそういう人格を錬成するに至ったか、については長くな
るのでまたいずれ……。
海外ローミングが多くの国で手軽になり、渡航先でも動画やビデオチャットが日本と変わらず
できる昨今でありながら、今回の出張はひたすらAIを質問攻めにして現地とテキスト情報、と
きどき翻訳アプリで過ごした感覚がありましたが、それはそれで悪くない組み合わせに思われ
ます。そのテキスト情報にハッとして、現地の環境や眼の前の人との対話にどっぷりと入り込
む。現実に対してオーバーレイされる情報は必ずしもリッチなメディアでなくともよく、当意
即妙な情報ならばむしろ最低限のテキストでもよいかもしれない。
そしてまた、通信がナローバンドであることととローテクとは、考えてみれば別物です。テキ
スト情報そのものは軽量でありながら、でもその裏にあるのは高度なテクノロジーとよく訓練
されたAIが作り出す、その場にまさに必要だった内容。人ひとりが払える注意力のスループッ
トには限界があり、一秒間に処理できる情報量は多くありません。ならば少しの、しかし意味
深い情報を手元において、この世界をもっともっとよく味わう。まあつまり「旅に出るといろ
いろと気づく」という話ですが、すこし変わったルートでそのことに気がついたというご報告
まででした。
あ、ちなみに上記のトルコ語の件は結局何ら解決せず、現金で支払い、手書きのレシートを
貰って帰ってきました。いま出張精算でそのレシートを見返しながら彼のことを思い出してい
ます。