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コラム

BIMで業務を楽にするために

2020.09.03

パラメトリック・ボイス               芝浦工業大学 志手一哉

技術経営の分野では、イノベーションプロセスを学習過程として捉える考え方が提示されてお
「Learning by Doing(Arrow, 1962)」や「Learning by Using(Rosenberg, 1982)」
という言葉がある。こうした言葉の解釈は分野によって微妙に異なるが、イノベーションの効
用を得るには経験の積み重ねが重要というのがおおよその趣旨であると考えてよいだろう。
「Learning by Doing」は製品やサービスを提供する側の行動が対象で、建設作業の習熟効果
や生産現場のカイゼンが近しい例かと思う。それに対して「Learning by Using」は、最終利
用者の経験で製品の性能や価値が向上するような場合が対象である。

「Learning by Using」の概念はITやICTの発展と絡めて考えるとわかりやすく利用者から
不具合の情報を収集してバグを修正するプログラムの更新、利用者がソフトウェアを利用して
創造したコンテンツあるいはソフトウェアの利便性を高めるために開発したプログラムやテン
プレートなどを共有するコミュニティなどを想定できる。言い換えれば、「Learning by
Using」を前提と考えない方々がソフトウェアやシステムの効用や価値を理解するのは相当に
難しいわけである。この数年でめっきり減ったように感じるが、BIMを導入するメリットが分
からない/見えない/想像できないなどの発言の背景には「Learning by Using」の学習過程
を怠っていることがあるのではないかと推測される。

最終利用者がBIMに取り組む理由はシンプルに「業務を楽にするため」と考えるのが自然なよ
うに思われる。ゼロではないかもしれないが、苦しむためにBIMに取り組みたいという方はあ
まり多くないと想像する。ただし、業務を楽にするためにはある程度の知識や経験が必要とな
る。例えばBIMソフトウェアで、テンプレート、パラメータ、ビジュアルプログラミングなど
を使いこなせるようになると、全く使えない頃と比較して業務のスピードが何十倍も違ってく
る。BIMの経験を積んだ人材が集まり、クラウドでコラボレーションすればプロジェクトを効
率的に進めるためのアイデアが生まれてくる。このようなプロジェクトが増えていけば、ノウ
ハウやデータの共有が進み、建設産業全体の生産性向上や働き方改革につながっていくだろう。
そうした未来の実現に「Learning by Using」の考え方が重要と思われるし、その実践には企
業の壁を低くしていく必要がある。

企業の壁を低くするということは、共通認識の上に企業独自のアイデアを活かしていく考え方
に変えていくことだと思う。自社のメリットに注力して独自の規則や標準を整備しても、多様
な企業から人材が集まるプロジェクトでのデジタル連携が上手く行かなければ最前線で働く
方々の業務はかえって苦しくなるかもしれない。BIMで業務を楽にするには様々な事前準備が
必要で、その中で業界で共通して準備すべきことを建築BIM 推進会議の各部会が検討しモデ
ル事業や連携事業で「Learning by Using」を支援していると解釈することもできるだろう。
併せて考えなくてはならないのは、知識や経験を高度化していく環境である。この点は、理論
と実践の融合が肝となるので、長期インターンシップやリカレント教育など、社会と大学を行
き来する仕組みが有効ではないかと思っている。産学官が協力し、様々な視点でBIMの利用を
サポートすることが建設業のイノベーションを促進するのではないだろうか。
 
参考文献
児玉文雄「技術潮流の変化を読む」日経BP、2008
玄場公規「技術融合とLearning by Using」イノベーション戦略と新規事業創出(第6回)、
玄場研究室HP


志手 一哉 氏

芝浦工業大学 建築学部  建築学科 教授