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コラム

BIMへ変わるための時間

2021.07.13

パラメトリック・ボイス                   熊本大学 大西 康伸

BIMに関わりだした頃からずっと気になっていることがある。図面、である。少し前の話にな
るが、BIM導入に際し、社内の抵抗勢力に苦心しているという話をよく耳にした。その理由と
してまずあげられるのが、BIMソフトは図面が描けない問題。確かに、かゆいところに手が届
かないというか、図面を描くための作図支援機能が圧倒的に足りない。三次元モデルと図面を
整合させながら図面の詳細度をそれなりに保つには様々な矛盾を解決する必要があり、その多
くをユーザによる創意工夫に委ねている現状がある。
 
BIMソフトで図面が描けないのは、そもそも日本では図面の描き込みが多く表記も複雑である
ため、グローバルな製品であるBIMソフトが追いついていない、と日本の特殊事情と見る向き
もある。最近はそのニーズを当て込んで、BIMソフトの日本におけるローカライゼーションの
環として意図通りの図面が描ける補助機能を集めたものが売られている国産BIMと銘打
て充実した作図機能を持つBIMソフトも販売されており、図面に強いという特徴がBIMソフト
を選択する判断基準になるほどである。このような状況で、BIMを導入してまず乗り越えなけ
ればならない壁が、立体ではなく平面というのは何とも皮肉なことである。
 
しかし、である。BIMソフトって、図面を描くためのツールだったっけ?そもそも、BIMとは
そういう考え方だったけ?あれ?図面何のために必要だけ?実は今から10年程
前、そんな疑問から図面の歴史について調べた。図面はいつから存在して、どう変化していっ
たのか。実は製図法の歴史はブルネレスキが確立したと言われている透視図法より新しい
250年前に理論的に体系化され、建てるためまたは作るために図面が用いられているが、その
根本は現在でも変わっていない。コンピュータがなかった時代、立体物を平面上に如何に表現
し伝達するか、そのような欲求から製図法が考案された。しかし、図面(のようなもの)は古
くから存在しメソポタミアウルのグデアの彫像の一部に描かれた平面図はなんと4000年
以上前のものである *1。
 
今はコンピュータの時代、BIMの時代である。二人の設計者が同じ図面を見て、全く同じ建築
を頭の中で想像することは不可能である立体物を立体物として表現し伝達できるだけでなく
建築を構成する部材や機器に関する様々な情報を記録し活用することができる。実際に建てる
前にコンピュータの中で建てることができる時代。デジタルモデルを用いれば、コンピュータ
の中で何でもできる時代。そんな現代において、人間の発想力で何とか立体物を平面で表現し
た紙と鉛筆しかなかった時代と同じ最終成果物を目指すのは違和感がある。
無論図面にしか果たせない役割はあるわけで全く無くなってしまてもよいとは思わない。
しかし、図面は人が理解するためのもので、コンピュータのためのものではない。図面を用い
る作業が減らない限り人の手間も減らず、結果としてBIMがその目標の一つとする効率化への
道のりは遠くなるばかりである。
 
図面を使う機会を少なくするためにBIMがあるとはいえすぐに図面はなくなりそうにない。
だったら、無駄に時間を使わないためにも、せめてBIMソフトが表現しにくい図面表記をやめ
てBIMソフトが得意な表記に変えればいいのに、前からそう思っていた。
そんな折り、同じ大学の卒業生として顔見知り程度の関係であった大手ゼネコンBIM推進部署
のN氏が私の講演を聞き、意気投合した。それってぜったい違いますよね、それってぜったい
そうですよね同じことを考えている人もいるもんだ2013年の話である

 研究室で考案したBIMによる三次元実施設計図(平面詳細図)

 研究室で考案したBIMによる三次元実施設計図(平面詳細図)


 研究室で考案したBIMによる三次元実施設計図(矩計図)

 研究室で考案したBIMによる三次元実施設計図(矩計図)


最近の話になるが元大手ゼネコンのT氏から米子でのBIMインタンシプの講評会の時に
期せずして同じ話を聞いた図面の表記を簡略にしていかないと図面をなくしていかないと
しかし、遅々として進まないのは人がかわれないからその人たちが辞めるまで待つしかない
そういえばT氏は10年以上前、Revit User Groupの会合でもずっとそんなことを言っていた。
最近急速にBIMが浸透し始めたのも、人が入れ替わり始めたからかもしれない。
 
図面の表記を変える、モデルで承認する、と様々な変化の兆しはあるが、先はまだまだ。新し
い技術はあり、環境は変化した。あとは人が代わるだけか。


*1 P.J.ブッカー著、原正敏訳、「製図の歴史」、みすず書房、1967

大西 康伸 氏

熊本大学 大学院先端科学研究部 教授