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コラム

コンピューターを用いた「素材設計」の可能性

2023.11.09

ArchiFuture's Eye                 日建設計 山梨知彦

建築のデザインや施工の分野では、これまで素材設計という考え方はあまり着目されてこな
かった。素材設計とは、工業製品の設計や生産の場で比較的なじみのある考え方で、ある製品
の設計を行う際、製品の設計だけではなく、そこで使う素材自体の物理的特性も製品に合うよ
うに設計してしまおうという考え方である。しかし、近年、建築の生産性の向上やCO2の大幅
な抑制といった社会課題に対応するために、建築の領域においても素材設計が必要とされる時
代が到来したと僕は考える。今回のこのコラムでは、僕自身が実務の中で経験した素材設計の
事例を紹介し、コンピュテーショナルな手法による素材設計の可能性を探りたいと思う(写真
01)。

 写真01
 現在、外装システム「Envi-lopeⅡ」をつくるためのPseudo素材設計を進めている素材の構造モ
 デル。外光や外部からの覗き込みを抑えつつ、通気面積を最大化し、かつ最小工程で製作できる
 素材構造の設計を目指している。

 写真01
 現在、外装システム「Envi-lopeⅡ」をつくるためのPseudo素材設計を進めている素材の構造モ
 デル。外光や外部からの覗き込みを抑えつつ、通気面積を最大化し、かつ最小工程で製作できる
 素材構造の設計を目指している。


■ピュアな素材設計
素材設計の方向は、大きく3つの方向があるように感じている。
まず、素材設計の方向性の一つ目として、「ピュアな素材設計」を挙げたいと思う。ピュアな
素材設計とは、素材の化学的・分子的な構造を変えることで、新しい物理的特性を持つ素材を
開発することである。素材そのものを成り立ちを変えるという、最も古典的で、かつ素材設計
の王道的なものとして、ここでは「ピュアな素材設計」と名付けてみた。

古典的とは書いたが、素材を直接いじる王道的な素材設計なので、今後も広範な領域の中で多
種多様な素材が設計されていく方向だろう。僕自身は、木造の可能性を追求するために木構造
による超高層ビルの試設計を行った際に、遺伝子改良によりセルロース含有量を高めた樹木が
実際開発されると知り、建築の領域でも遺伝子改良までを踏まえた素材設計能力が必要とされ
る時代が来たと感じた。また、バイオスキンという水の気化潜熱を利用してファサードを冷や
してヒートアイランド現象を抑制する試みを行った際に、蒸発量は最大化しつつ水滴を落とさ
ない陶器素材を開発するために、陶器メーカーとともに電子顕微鏡レベルでの素材設計に関
わった。こうしたピュアな素材設計の経験を通して、建築設計の領域においても素材設計が必
要な時代が到来したと感じた。ただし、ここでは素材設計を直接に担ってくださったのはメー
カーの研究者であり、筆者はその成果を利用する立場であった。

■pseudoな素材設計
次に、素材設計の方向性として、Pseudoな素材設計を挙げる。Pseudoな素材設計とは、既存
の素材であっても、そこに適切な形状とスケールを与えることで、新しい素材のような振る舞
いをすることに着目し、疑似的に素材を設計したデザインを指すものとここでは定義付ける。

Pseudoな素材設計の利点は、新しい素材を開発するのに、化学や分子レベルの構造といった
建築家が普段手掛けることがない領域に入り込む必要がなく、手慣れた3次元の幾何学形態や
デジタルデザインの手法を使って素材設計を行えることにある。Pseudoな素材設計の流れを
つかんでいただくためには、バネやスポンジをイメージしてもらうと分かりやすそうだ。例え
バネは鋼材をらせん状に巻き付けることで見かけ上の弾性を大きく変えて柔らかくなる。
またスポンジは樹脂が弾性を失い柔らかになっているときに泡立て微細な気泡を入れ込み、
硬化させることで、樹脂の内部は極めてポーラスな幾何学形状を持つようになり、樹脂が硬化
したのちも、全体は非常に柔らかな素材としてふるまうようになる。こうした疑似的な素材設
計の方向を、ここでは「Pseudoな素材設計」と名付けてみた。

僕自身は、この考え方を、見通しと直射光の透過を操作する外装、「Envi-lope Ⅰ」を設計す
る際に使ってみた(写真02)。

         写真02
         「Envi-lopeⅠ」を外装に用いた事例の全景写真。

         写真02
         「Envi-lopeⅠ」を外装に用いた事例の全景写真。


Envi-lope Ⅰでは、底を持たない円筒を横倒しにして、積み重ねた外装を想定し、内部から外
部への視線は保たれているにも拘らず、円筒が深い庇の役割を果たして太陽からの直達光は切
れることを利用して、外装の素材設計を試みた。円筒の奥行を削っても同様な直達光のカット
が行えるように、円筒の片側のみ「なべ底」状の底を付ける。このままでは内部から外部への
見通しが悪化してしまうので、なべ底のどこに穴を開けたら眺望は改善するが直射光は入らな
いか、両者のベストバランスを図る「多目的最適化」を行い、外装の素材の形状・構造を設計
した(写真03)。

 写真03
 Envi-lopeⅠを内側から見たところ。円筒形を積み上げた構造で、日射光の75%をカットしつつ、
 外部への視線の抜けは確保できている様子がわかる(撮影 雁光舎/野田東徳)。

 写真03
 Envi-lopeⅠを内側から見たところ。円筒形を積み上げた構造で、日射光の75%をカットしつつ、
 外部への視線の抜けは確保できている様子がわかる(撮影 雁光舎/野田東徳)。


Envi-lope Ⅰでは、こうしたデザイン手法から生まれた外装を、やや大きめのスケール(円筒
の直径を約20cmとした)で造り、素材の構造が目立つデザインとして取りまとめた。部分を
クローズアップして見ると「素材」よりも「部品」にみえるかもしれないが、全体としては
ファブリックのような「素材」に見える。その結果、全体としては他では見られない素材感を
もったファサードが生み出せたと考える(写真04) 。
現在は、より微細な構造を持つEnvi-lopeⅡの開発を進めている(写真01)。

 写真04
 Envi-lopeⅠの外観のクローズアップ。金属で出来ているにも関わらず、そこに新たな構造が加
 わり、全体としてはPseudo素材化して、布のような振る舞いをしている。

 写真04
 Envi-lopeⅠの外観のクローズアップ。金属で出来ているにも関わらず、そこに新たな構造が加
 わり、全体としてはPseudo素材化して、布のような振る舞いをしている。


■メタマテリアルによる素材設計
3つめの素材設計の方向性として、メタマテリアルによる素材設計を挙げたい。メタマテリア
ルによる素材設計とは、Pseudoな素材設計の方法論をより精緻に行うためコンピュテーショ
ナルな方法を取り入れたものである。ただし、我々建築デザイナーが日常扱っている形態操作
と異なる次元の検討yが必要となるため、専門的な見地からメタマテリアルの開発に取り組ん
でいる外部のスペシャリストの協力が不可欠な素材設計でもある。

僕らは、大嶋泰介さん率いるNature Architectsという技術者集団に依頼して、メタマテリア
ルによる素材設計に取り組んでいる。Nature Architectsは、「メタマテリアル」を活用した
独自の設計技術「Direct Functional Modeling」により、振動・熱伝導・変形・軽量化などの
様々な物理的機能を素材や製品に組み込む形状設計ソリューションを提供している。Direct Functional Modelingとは、目的とする機能を数式で表現し、その数式を満たすように幾何構
造を自動的に生成する技術であるこの技術によって、メタマテリアルの設計における試行錯
誤の時間やコストを削減し、高い精度と多様性を実現することができる。

彼らは「メタマテリアル」を次のように定義している。
・人工的に設計された幾何構造によって、樹脂や金属など材料が持つ物理的機能を超えた機能
 を実現する構造物の総称である
・例えば、メタマテリアルによって、光や音などの波を自在に操作したり、負の屈折率や負の
 質量密度などの現象を引き起こしたりすることができる。
・メタマテリアルは、素材の化学的・分子的な構造を変えるのではなく、素材の形状や配置を
 変えることで、新しい物理的特性を持たせることができる。
・メタマテリアルの設計には、コンピュテーショナルな手法が不可欠である。コンピュテー
 ショナルな手法とは、コンピューターを用いて、複雑な問題を数値的に解析したり、最適な
 解を探索したり、新しい形状やパターンを生成したりする手法である。

コンピュテーショナルな手法によって、メタマテリアルの幾何構造を効率的に設計し、目的と
する機能を実現することができる。

現在僕は、2026年竣工のプロジェクトにおいて、木材をメタマテリアル化した素材設計と建
築のデザインを進めている。具体的に言えば、木材の表面に微細な溝や穴を設計することで木
材をメタマテリアル化して、木材の物理的特性を変化させることで、新しいかたちをうみだそ
うとしている。このように、メタマテリアルによる素材設計は、既存の素材に新しい機能を付
加することができる。

以上のように素材設計にはピュアな素材設計Pseudoな素材設計メタマテリアルの3つ
の方向性が今見えているように僕は捉えている。そして意外なことに、素材設計はコンピュー
ターと相性が良い。化学分野におけるコンピューター利用やAIを利用した素材開発についての
知識は全く持ち合わせていないが、少なくとも後者2つの素材設計には、コンピュテーショナ
ルな手法が大きな役割を果たすことは明らかである。コンピュテーショナルな手法によって、
素材の物理的特性を数値的に解析し、最適な形状や配置を探索し、新しい素材感を生成するこ
とができるからだ。

そういったわけで、コンピューターを用いた素材設計が、今後の建築のデザインや施工の分野
において、新しい可能性を切り開くと予想している。
 

山梨 知彦 氏

日建設計 チーフデザインオフィサー 常務執行役員