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コラム

ちょっとズレる

2017.10.24

パラメトリック・ボイス                竹中工務店 石澤 宰

以前、BIMモデリングソフトを使う、使わないといった話をしていた時のある友人の発言が、
不思議と忘れられません。曰く、「(某ソフトウエアは)悪くないけど、スナップが怪しいと
ころがあるからちょっと」。
その時はすぐに流れてしまった話題でしたが、今になってなかなか本質的なトピックだった、
もっと深く話しておけばよかったと思っています。久しぶりに会って、わざわざ私と飲みに行
く時間を作ってくれた彼がスナップ談義で良かったかどうかはまた別の問題ですが。

データはずれることがある、という問題は、BIMを使っていく上での体験にかなり深くかか
わっています。
まず単一のソフトの中でもスナップのズレなどによって操作がうまくいかない、いつの間にか
微妙にずれているという事態は往々にして発生します。実際に設計を進めていく上で、クリッ
ク数が少ないということは操作のスムーズさを示す重要な指標です。そこでスナップ機能が高
効率に立ち回ることは、精度を求める作業の操作時間を縮めるうえで大切な要素なのですが、
このスナップという機能にはソフトウエアごとにかなり癖があるように感じます。
Rhinocerosで平面をなぞったはずなのに出来たポリラインの高さがバラバラだった経験。
ArchiCADの鉛筆マークの黒と白が、近接する2点をちゃんと別々にとらえているか不安に感
じた経験。Revitで読み込んだ図面をなぞって、あとで寸法を取ったらスパンが7199.9992
だったりした経験。それぞれ原因こそ違えど、他にも挙げればきりがありません。もともとス
ナップという機能は考えてみればかなり高度な処理で、将来的にスナップ機能が個人の好みを
学習するようになれば随分操作性は上がるのだろうな、と感じることもありますが、現状はう
まく付き合ってゆくしかなく、設計が進むに従って操作ごとにズームを繰り返すことになりま
す。ああ、これは拡大鏡を使っているのと一緒なのだなと思いながら。

この手の話は設計フェーズの初期ではそこまで問題にならないことが多く、あとで気づいたと
きに片目をつぶろうとすると寸法線を切り上げてしまったり、本当に急ぐときは上書き寸法を
使ったりしてしまいがちなのですが、大抵いいことはありません。施工段階で敷地と重ねたり
通芯から追ったりするときに再度発覚するのがオチです。
こうした点をよく、設計段階のデータはズレている、と指摘されることがありますが、設計者
としても注意していたのに気がついたらズレていたというケースはよくあって、なんとなく気
まずい思いをするものです。

これが複数ソフトをまたぐ話になると数段厄介になってきます。先程のような寸法ズレがファ
イル形式の変換によって起こるケースはいくつもあって、ひどい場合だと2100の扉が2098に
なっていたりします。曲面などはもう悩みの塊で、作った形がメッシュ分割されずに読み込め
るほうがレアだと考えたほうがよいくらいです。それぞれ必然性があっていろいろなソフトを
使うことになり、とくに曲面は2Dチェックが難しいために余計に3Dの信頼性が問われます。
しかしその実態は「そもそも形じたい重ねてピッタリは合わない」などと告白すると大混乱に
陥るので黙っている、というケースも一度や二度ではありません。
また見た目がスムーズな曲面でも、ソフトウエアの内部的な処理によっては「あくまで見た目
だけ」というケースもあります。たとえば日影計算ソフト。曲面を入力して時刻別日影図を計
算すると、計算結果の方は直線のポリラインになっていることがあります。日影は投影される
ので、もともとの近似の精度が良くてもズレは増幅されて数mほどになってしまうこともあり
ます。日影くらいであれば出てきたポリラインを補正してもう少し精度を高めることもできま
すが、より複雑な検討になってくると場合によっては「もはやどうなっているか外から見ても
わからない」という事態も起き得ます。

近似によるズレがもっと独特な形で発生するケースもあります。有限要素法によるCFDで気流
シミュレーションなどを行う際、正面から壁に当たった風が横よりも上下に逃げてしまうこと
があります。これは建物がメッシュによってVoxelに(レゴブロックで作ったようにカクカク
に)近似されたとき、そこに当たった風がカクカクに阻まれて発生する現象です。当然現実は
そうではなく、またその問題を回避するテクニックも存在する訳ですが、シミュレーション結
果を見てもそうと知らなければ非常に気づきにくいはずです。
また、自然光による室内空間の照度分布をシミュレーションしていたとき、壁の下の方がうっ
すら明るくなっているという結果が出たことがありました。そのような照明を入れたわけでも
なく不思議がっていたところ、結果は「床と壁の間に微妙に隙間が空いている」というもので
した。これはベースに使ったDXFファイルが原因で起きた独特な問題で、解決方法はなんと
「外から別のモデルでガムテープのように塞ぐ」ということでした。ここまでくると何がデジ
タルで何がアナログなのかきわめて疑わしくなってきます。

しかし考えれば考えるほど、私はこうした事態が「デジタルらしい」と感じます。
デジタルという言葉には未だに「正確」「欠落が少ない」というイメージがあるように思いま
す。そうしたデータを扱いやすいことはデジタルの特徴ではありますが、一方で上記のような
問題点は現実としてあって、バグのようなものというよりも、デジタルデザイン環境の進化に
ともなって副作用のように現れてきた問題です。
以前すこしご紹介した*1「ノーフリーランチ定理」とは、万能で完全無欠な環境は存在し得な
いということを示唆しています。ソフトウエアはその目的に応じてそれぞれ開発・進化してき
たもので、そのソフトウエア同士がデータを直接にやりとりできるようになり始めたのは、つ
い忘れがちですが比較的新しい動向です。
すなわち、それぞれのソフトウエアが本分として扱うべき対象と、それにとって適したデータ
構成がまずあって、そこから数多くのファイルフォーマットが派生して来て、そしてやがて
「こういうのはユニバーサルな形式一つでどうにかならないものか」という議論が生まれる、
という流れであり、逆ではあり得ません。
しかし外からは、狂いのない完璧なデータが着々と出来上がっていくように見えてしまうこと
があるかもしれません。テクノロジー系のプレゼンテーションが比較的そのような「できるこ
と」にスポットライトを当てがちなので、無理からぬことではあります。
中身はこうなのです。いろいろな理由でデータはずれていきます。ノーチェックで100%信頼
に足るデータがサッと目の前に置かれる日は当分来ませんし、おそらく来ることはないでしょ
う。それを見破るのは勘所だったり疑いの目だったり、いずれにせよ人によるチェックです。
その意味において我々が日々研鑽するリテラシーが不要になる日は、やはり来ません。

ところで最近、私の担当しているプロジェクトで、ある日とつぜん通芯が10mmズレていたと
いうことがありました。おそらく柱と通芯をロックした状態で、柱と壁のフカシを調整したか
何かで発生したのだと思われますが、私は他の人に指摘されるまで通芯寸法が(その数字じた
いが!)変わっていることに気が付きませんでした。危ないところです。
新鮮な目でプロジェクトを見ることは重要です。やはりフレッシュな気持ちで仕事ができるに
越したことはありません。というわけでまた誰か私のBIM談義に付き合ってくれる人と飲みに
でも行こうかな……。いえ、わかってます。どうせすぐに本題からちょっと、いえ盛大にズレ
てしまうに決まっています。

*1「望みと対価」のBIM

石澤 宰 氏

竹中工務店 設計本部 アドバンストデザイン部 コンピュテーショナルデザイングループ長 / 東京大学生産技術研究所 人間・社会系部門 特任准教授