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コラム

ヒトと自然と手入れ

2025.06.10

パラメトリック・ボイス              髙木秀太事務所 髙木秀太
 

 イラスト:溝口彩帆

 イラスト:溝口彩帆


根津神社のツツジ

5月の連休明け。ツツジのだんだん花壇で有名な根津神社を散歩していると、小気味の良い
「チョキン、チョキン」という音が聞こえてきた。ツヅジは4月後半に満開になる花で、花が
落ちたタイミングの5月-6月で集中して剪定するのが最適らしい。なるほど、僕は、庭師の
方々が剪定バサミでツツジのメンテナンスをしている最中に出くわしたんだよく手入れされ
た根津神社のツツジは本当に美しくて壮観。この神社にはいまや、世界中から見学客がくる。
ヒトの心を打つ「自然の美しさ」、というのはそんな丁寧な手入れによって成り立っているん
だね。ところで、こんなことを考えるとき、僕は決まって学生時代に受けた「ある授業」を思
いだすんだ(正確にはその授業の学生補助(=TA)をしていたんだけど)。
 
ヒトの手が入るから自然は美しくなる

その授業は「景観」の授業だった。先生は東京大学で長く景観デザインを専門とされてきた
S先生。土木から自然まで、日本全国のあらゆる景観をデザインする大先生で、教室に行くの
も少し緊張した思い出だよ。そんな先生が授業中にあるスライドを1枚映し出した。手つかず
の草木がボーボーと茂っている野山の風景。そして一言、「見ての通り、手つかずの自然とい
うのは全く美しくない」こう言ったんだ。最初、何を仰っているのかわからなかった。自然が
美しくないわけ、、、いやでもそう、確かに映し出された風景はぐちゃぐちゃな野山で、、、
美しく、、、ない、、、かも。そして先生はこう言葉を続けた、「自然というのはね、ヒトの
手が入るからこそ美しいんだ」。当時、僕はまだ20代前半。とても驚いてしまったんだ。だっ
て、僕が今まで美しいと思ってきた自然の景色には文字通り「すべて」、ヒトの手が入ってい
たということを自覚させられたから。僕は先生に学んだんだ、(変な言い方になるんだけど)
「自然な自然」っていうのは全然魅力的じゃないってことを。
 

 イラスト:溝口彩帆

 イラスト:溝口彩帆


未完のコミュニケーション

別のエピソード。連休明けのおなじ時期なんだけど、東京丸の内を散歩していたらオシャレな
盆栽ショップを発見したって話。キラキラしたファッションブティックが並ぶ丸の内仲通り
に、いきなり盆栽のショーウィンドウ。目立つ店構えで、海外のお客さんもたくさん入って目
を輝かせていた。BONSAIはいまや英語圏でも通じるクールジャパンを代表するコンテンツだ
ね。盆栽好きな知人に、いつだったか聞いたことがある。「盆栽には『完成』という概念がな
く『永遠の未完』。思い通りにいかない成長に対して手を入れ続けることにロマンがある」
と。きっと、日本を超えて世界中の人々に魅力的に映るのは、そんな盆栽という小さな宇宙の
裏にある、ヒトと自然の間で永遠に続く「手入れ」というコミュニケーションそのものなん
じゃないかな。
 

 イラスト:溝口彩帆

 イラスト:溝口彩帆


自然とデジタル

僕はいま、とあるプロジェクトで樹木の育成・成長をシミュレーションし、景観計画を長い視
点で設計してみるというチャレンジに参画している。樹木の成長を完全にコンピューターで再
現することなんてことはとても出来ないのだけれど、それでも出来る限りの知識を総動員して
「自然の摂理の模倣」に取り組んでいるんだ。「きっと、放っておけばこんなふうに勝手に荒
廃するんじゃないかな」という自然の混沌(カオス)と、「きっと、こうメンテナンスをすれば
こう落ち着くんじゃないかな」というヒトの秩序(オーダー)が、お互いせめぎ合うようなプロ
グラムを目指したつもり。すっかり放っておくのでもなく、過剰に気にし過ぎるのでもない、
そんな豊かなヒトと自然との健全なコミュニケーションを促すツールになると嬉しいな。
 

 イラスト:溝口彩帆

 イラスト:溝口彩帆


僕の部屋のシェフレラ

僕の部屋には昔、知人にプレゼントしてもらった観葉植物「シェフレラ」が飾ってある。部屋
にやってきてもう5年になるけれど、とんでもないスピードで今日も成長を続けている。2年
前に一度鉢を変えたけれど、そろそろまた「手入れ」をしないといけないな。もっと大きな鉢
に移そうか、それとも、株分けしようか。暑い季節になるまえには済ませられるといいな。ど
んどん大きくなっちゃって困ったヤツだけど、でも、部屋に緑を供給してくれるとっても大事
な同居人なんだ。大切にしなくちゃね。
 

髙木 秀太 氏

髙木秀太事務所 代表