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コラム

不完全な教師と不完全な生徒

2025.11.06

パラメトリック・ボイス              髙木秀太事務所 髙木秀太

 イラスト:溝口彩帆

 イラスト:溝口彩帆


教育は楽しいし、勉強になる

僕は建築家でありプログラマでもある二刀流を自称しているんだけど、実は三刀流。いろいろ
な教育機関の授業をたくさん持っている「教師」でもあるんだ。この教育仕事は僕の大切なラ
イフワークで、もう趣味と言ってしまっても過言ではない。本当に好きなんだ、授業を担当す
るのが。授業の内容は講義だったり演習だったり、建築設計だったりプログラミングだったり
さまざま。どんな授業でも思考がフレッシュな学生たちと毎週交流できるのが楽しくて仕方が
ない。今年度は大学、大学院、専門学校、高等学校、あわせて9つの学校にお世話になってい
る。昔から「なんでそんなに授業をするのですか」と聞かれるんだけど、決まってこう答える
「自分のためです。自分自身が勉強できるからです」と。

 イラスト:溝口彩帆

 イラスト:溝口彩帆


僕は不完全な教師

たぶん、だけど、完全無欠な教師はこの世にいない。僕もいままで素晴らしい先生方にお世話
になってきたけれど、どんな先生であってもかならず弱点や欠落している知識・経験・着眼点
があるように思えた。そんなの教師もヒトなのだから当たり前だよね。だから教師も生徒と同
様に日々成長を続けていく。僕ももちろん、不完全な教師のひとり。

授業はそんな自分の不完全さを確かめるための絶好の機会。色に染まっていない、偏見のない
学生に自分の考えをぶつけてみる。自分の専門分野だからこそ自信をもって、でも時に、慎重
に。疑問に思ったことを質問されたとき、思いもよらない反応が返ってきたとき、断定的な言
い方に対して例外を指摘されたとき、僕はまた新しいステップに登れるんだ。

そして、なんといても「先生のおかげで理解につながりました、ありがとうございました」
という知を通じた感謝のコミュニケーション。お礼、というのはヒトに与えられた極めて高度
な交流技術だと思う。魔法の言葉のようにやる気がみなぎってくる。自身の不完全さも自覚し
つつ、また前に進んでいける勇気になる。僕も同じように学生に感謝している。僕の授業を受
けてくれてありがとう、という気持ち。


AI、教師、生徒

ここでちょっとコンピューターの話。機械学習(ディープラーニング)の「学習済モデル」に
関して。ああ、ちょっと専門的な用語が入って来ちゃった…。むずかしい話はしたくないから
その特性をざっくり説明するよ。最近のAIには「めちゃくちゃたくさん勉強してきた先生」の
ような「学習済みモデル」と呼ばれる知の集積情報が搭載されている。正確には“先生の頭の
中”というより“先生の知識をまとめたノート”のようなものなのだけどとにかくそのノー
トの作成がAIの精度の鍵になる。

で、このモデルをバージョンアップさせるための流行りの工夫のうちの1つが、一度作成され
た「学習済モデル」を先生に見立てて「教師モデル」と呼び、それに対してわざと不完全な
「生徒モデル」をぶつけてみるこんな手法だったりするんだ。生徒が教師から効率よく学び
結果としてモデル全体が洗練されていく。研究によっては、教師と生徒が互いに学び合うよう
な手法も登場している。面白いでしょ?現実の世界の教師と生徒の営みとまたく同じなんだ
AIにも不完全な教師と不完全な生徒のコミュニケーションがあるんだね。そのやり取りに感謝
のキモチがあるかどうかは、いや、まあ、それは多分無いとは思うけど。

 イラスト:溝口彩帆

 イラスト:溝口彩帆


学生からの贈り物

夏の終わり、僕が今年から担当している高等学校の学生から事務所に贈り物が届いた。鮮やか
な黄色いひまわりと青空の絵葉書。授業の感想と感謝の気持ちが綴られていた。高校の授業は
はじめてだったから、講義の内容がうまく伝わっているかどうか不安だったんだけど…曇って
いた僕の心に爽やかな風が吹いた。さあ、今日も次の授業の準備をしなきゃ。今度はどんな話
をしてみよう。学生に会いに行こう。

髙木 秀太 氏

髙木秀太事務所 代表