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便利のためではない、大切なものを守るためのBIM
2026.01.22
パラメトリック・ボイス 熊本大学 大西 康伸
最近、研究室の学生が4名立て続けに去っていくという、今までにない経験をした。
私にとってはまさに晴天の霹靂だが、当人たちにとっては日に日に蓄積する澱のようなものが
あったのだろう。新年早々愚痴っぽくなってしまうが、BIMに潜む問題と関連があるため、
少々お付き合いいただけると幸いである。
私の研究室は、私の知る限り、最も厳しい部類の研究室だと思う。企業や自治体との共同研究
がベースであるため、ただでさえ作業時間が長くなりがちである。その上、日々締切に追い立
てられ多少厳しい口調になることだってある。常に学年混成のチームで動くので、学生にも関
わらず、指導やコミュニケーション、マネジメントの苦労が絶えない。まさに、今時の若者か
ら敬遠されるお手本のような研究室である。
では、なぜそのような体制を続けるのか。学生たちのほとんどは卒業後40年以上を社会の荒波
の中で生きていかねばならない。生きるための力を少しでも身につけてほしいと願っているが、
研究室に所属するのは学部4年から修士2年のたった3年間であり、準備期間としてはとても足
りない。社会と行動を共にすることでこれまでにない濃密な時間を過ごすことができれば、と
考え今に至っている。他の研究室に所属する学生たちは、私の研究室をブラックと呼ぶ。しか
し長い人生で考えると、バイト三昧の研究室と比べて果たしてどちらがブラックなのだろうか。
ここ20年ほどで〇〇ハラスメントという言葉が社会で多く出現したが、誤解を恐れずに言うと、
世の中それほど良くなっていないような気がする。むしろそれによって人の関係性が萎縮し、
以前より生きづらさが増している側面もあると感じるのは私だけだろうか。
一方、世の中良くなっていない問題つながりで、こちらは常々思っていたことだが、技術は
一体何のためにあるのかという問いである。
そんなの決まっている、それは幸せのためだと人は言うかも知れない。確かにこれまでの人間
社会の発展を振り返った時、技術は様々な問題を解決し、私たちの生活はどんどん便利になっ
た。しかし、便利になることと幸せになることはイコールなのか、きっとそんな単純な話では
ないはず。人の欲望は果てしなく、今の便利さはすぐに色褪せ更なる便利さを求める。だった
ら私たちはいつ幸せになれるのか。
時々、今日の技術の進歩に対して怖くなる時がある。それは、その進歩の速度が加速している
からではない。技術を信じても、いつまで経っても幸せになれないのではないか、いや、むし
ろ技術そのものがより大きく深い問題を生み出しているのではないか、という疑念である。
「しあわせは いつも じぶんの こころが きめる」と詩人で書家である相田みつをが言ってい
る。私もそれに同感であり、技術の進歩と幸福に直接的な関係がないと感じている。それにし
ても、人が生き物としてどんどん弱くなっているのは確かである。
建築の世界にコンピュータが導入され、はや半世紀以上経つ。はじめは構造解析や製図を支援
するために利用され、今やコンピュータの中に仮想的に建築することで、様々な事前検討や情
報伝達を支援してくれる。しかし、便利さと引き換えに失ってしまうものを、たまには振り返
るべきかもしれない。
例えば、BIMを用いた設計において失うものの一つが、不整合なアイデアがぶつかり合うこと
で生まれる創発のダイナミズムである。過去のコラム「BIMへ変われないこと」で書いたが、
本来設計スタディーとは、配置、平面、断面、立面、ボリュームなどに関する辻褄の合わない
様々なアイデアを擦り合わせていく過程であると言える。しかし、BIMは不整合を許容しない
ため、そのような創発のダイナミズムを失ってしまう。また、平面からのデータ入力を強要す
るため、自然と面積や動線のアイデアが優先されることとなる。
その問題の最も簡単な解決法は、BIMの設計初期段階での利用は避け、デザインがある程度固
まった後にプロダクトモデルとして建物を定義するために利用することである。
目的を明確に定めず、無闇に新しい技術を導入するのは危険である。詰まるところ、技術その
ものが問題なのではなく、人の側が目的をしっかりと定めずに技術を開発し利用することで、
技術という手段が目的化してしまっていることが技術にまつわる今日的問題を生み出している
と言える。
例えば金槌や鉋などの大工道具は、目的と機能が割とわかりやすい関係にあった。上手い下手
はあろうが入手後速やかに使用することができ、その目的も使い手によってそれほど違いはな
かった。しかし、コンピュータやソフトウェアはより人間の思考に近い領域を手助けするため、
達成できる目的に幅があり機能は容易にアップデートされる。それだけに、より明確に目的を
定め、より慎重に導入することが要求される。
それは冒頭で話した、〇〇ハラスメントと同様のような気がする。その気づきや意識そのもの
はとても重要なものであるが、その行き着く先が人の関係性にまつわる問題の解決ではない現
状に違和感がある。
今年度から地方行政におけるBIMの利活用に関する共同研究を熊本市と開始した。その担当者
であるU氏に、どこから手をつければ良いかと以前相談を受けた。地方行政は住民のためにあ
る。BIMを使うとすれば、設計でも施工でもないはず。私は維持管理と即答し、その後、熊本
北区役所の維持管理にBIMを活用する実証実験をスタートさせた(図1)。
自分もしくは自分たちにとって何のためのBIMか、導入済みの人も導入を検討している人も、
今一度しっかりと考えてみてはどうだろうか。設計だけでなく建築全般に携わる人々が、これ
まで大切にしてきた何か。それをよりよい方向に導くことが、技術に課せられた使命である。
逆にそれを奪うことのないよう、自分自身に言い聞かせたい。

図1 熊本市広報番組「こんばんは熊本市」のYouTube動画より



























