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コラム

日本のBIM vs「空気の研究」

2026.02.13

パラメトリック・ボイス
              
              Unique Works 関戸博高

1.二つの出会い:BIMマネージャーの「共通項」と「大障壁」
人生で繰り返し経験してきたことがある。ひとつのテーマを温めながら考え続けていると、不
思議とそれを核にして様々な出会いが生まれたり、情報が集まってきたりする。最近のテーマ
は、BIMの情報連携と、その先導役にあたるBIMマネージャーについてである。
一つ目の出会いは、このArchiFuture Webの芝浦工大 志手一哉教授のコラム『BIMマネー
ジャーの立ち位置
』である。この寄稿で志手教授は、ポルトガル(欧州一般のやり方と考えて
よいだろう)と日本の施工現場におけるBIMマネージャーの仕事ぶりを分かりやすく描写し、
その能力の「共通項」として「高いBIMの知恵、裁量と責任、そしてマネジメント能力」を挙
げ、「目指すべき場所は同じ」と述べている。
一方で、勝手な思い込みかもしれないが、私の視点からすると、これらの「共通項」が存在し
ながらも、背景には決定的な違いが潜んでいるのではないか。つまり欧州には「ISO19650-
1&2」が聖書の如き厳密な基準として存在するが我が国には無いか不十分である。この差が
後述する「空気」を抑制する仕組みの有無に直結しているのではないか。
二つ目の出会いは、BIMの勉強会での若手設計者からの問いである。「ドジャース型組織を日
本の建設組織に持ち込む際、最大の障壁は『人・制度・文化』のどれだと考えますか?」とい
う質問である。これは私のArchiFuture Webのコラム『BIMはドジャースに聞け!』を踏まえ
ての質問である。
ドジャースという、ひたすら勝利を目的として機能分化したプロ集団は、日本の建設業界にお
いては、まだ見たこともない存在である。その実現の困難さ、すなわち「大障壁」の存在を感
じさせるものだったのであろう。時間が限られていたため、その場では山本七平の『空気の研
究』(注1)を勧めるにとどめたが、この答え方では不親切だったのではないかという思いが
残った。この問いへの真摯な回答が本稿の目的でもある。

2.日本的「空気」:なぜ合理的な組織にならないのか。
日本の多くのBIM推進組織は、なぜ役割を明確にした機能的なものにならないのか。ここで、
先ほどの二つの出会いを結びつけて考えてみたい。志手教授が指摘した「共通項」の裏にある
日本における「厳密な基準(ISO19650)の不在」こそが、若手設計者が懸念した「大障壁」
の正体ではないか。それを考察するにあたり、日本社会特有の心的秩序に降り立ち、『空気の
研究』を導きの糸として考えてみようと思うに至った。

ここで本論に入る前に、『空気の研究』について少し触れておきたい。この本は経営者の座右
の書として、ある程度の年齢の方にはよく知られている。しかし初版は1977年であり、最
近の若い人にとっては縁のないものかもしれない。本書の目的は、あとがきに端的に示されて
いるが、「日本に潜在する伝統的発想と心的秩序、それに基づく潜在的体制の探究」の試みで
ある。

そして以下のように分析している。
 ・形而下(目の前の人間関係)の絶対視:
 日本社会では、(形而上的)抽象的な論理や規格(例:ISO19650)よりも、(形而下的)
 目に見える人間関係が絶対視される。人々は共通ルールや理想を、現場の調和を乱すも
 の(例:BIMマネージャー)として捉える傾向がある。
 ・「空気」という支配者:
 阿吽の呼吸が成り立つ「組織の和」を優先し、「目に見えない理屈を軽視する土壌」、これ
 が合理的な判断を妨げる「空気(感情移入による絶対化・唯一の基準)」の正体である。
それを打破するためには、以下の二点が独立して存在し、その間に緊張感のある関係が成立す
ることが必要だと述べている。

 ① 絶対的対象(公・聖):外部にある不動の基準
 ② 自己の行動規範(個):個人の内面にある規律

山本七平は小室直樹との共著『日本教の社会学』で、「この二つがなくなると完全に『空気』
だけになるのですよ。これは何をするにしたって方法がなくなるんですよ」(注2 太字:筆
者)とも述べている。
では、企業間のBIM情報連携における「空気」は、どのような形で存在しているのだろうか。
そこにあるのは、「前例のないことはしない」「責任分界点が曖昧なまま情報を出したくな
い」といった、組織特有の同調圧力と内向きの個別最適化、すなわち空気化である。
また建設業界でよく使われる言葉に「非競争領域での協力」があるが、これもまた、曖昧で責
任回避的な「空気」を体現する言葉である。山本七平はこのような情緒的で行動を伴わない言
葉を「空体語」と呼びその反対語を「実体語」としている。実体語とは誰がいつまでに、
どの基準で、どのような責任を負うのかを明示する言葉である。
この「非競争領域での協力」という空体語に基づく不徹底なデータ整備では、互換性を持つこ
とは難しく、中途半端な成果に終わらざるを得ない。現在、様々なアプリが開発され、BIMは
道具としては進化しているが、本質的な組織間データ連携という意識改革には、いまだ至って
いない。

山本七平は、戦前戦後の日本社会の表面的変化に触れながら、次のように述べている。
「結局、民主主義の名の下に『消した』もの(筆者注:戦前の天皇制や道徳などの価値体系な
ど)が、一応は消えてみえても、実体は目に見えぬ空気と透明の水に化してわれわれを拘束し
ている。いかにしてその呪縛を解き、それから脱却するか。それにはそれを再把握すること。
それだけが、それからの脱却の道である。人は、何かを把握したとき、今まで自己を拘束して
いたものを逆に自分で拘束し得てすでに別の位置へと一歩進んでいるのである人が『空気』
を本当に把握し得たとき、その人は空気の拘束から脱却している。」

3.脱却への方法:二極の定着とISO19650-1&2の運用
「空気」の呪縛を解き、BIM情報連携のための実効性ある仕組みを作るには、どうすればよい
のだろうか。山本七平が指摘した通り、何としても以下の二極を独立して存在させ、建設業界
内に緊張感のある関係を成立させる必要がある。
それは、ISO19650-1&2を規範的基準として、

 ① 絶対的対象(公・聖):外部にある不動の基準=EIR(発注者情報要求書)
 ② 自己の行動規範(個):個人の内面にある規律=BEP(BIM実行計画書・BIMマネー
  ジャーを筆頭として個々の技術者を縛る規律)

この二極を結ぶ方法論として、CDE(共通データ環境)を常時運用し、仕組みを契約の一部と
して公的に扱うことである。これこそが関係者間の曖昧で無責任な「空気」を排除する唯一の
やり方である。

結びに代えて:
「人が『空気』を本当に把握し得たとき、その人は空気の拘束から脱却できる。」
本稿の目的は一つの結論を示すというより、本質的な問題提起である。BIMを道具として使う
だけでなく、我々を拘束している精神風土を自覚すること。それと同時に、実効性のある情報
連携のあり方を共有すること。この二点が不可欠である。
本稿が志手教授への相聞歌として、またArchiFuture Webを通じて、日本のBIM的世界が、
より合理的なものへと進む一助となることを願っている。

(注1)山本七平 「空気の研究」(文春文庫)
(注2)山本七平 小室直樹 「日本教の社会学」(ビジネス社)

関戸 博高 氏

Unique Works     代表取締役社長