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コラム

建築のアバター

2016.06.14

ArchiFuture's Eye                  ノイズ 豊田啓介

最近、人工知能という言葉を聞かない日はない。という書き出しの文章だけで、一体どれくら
いあるのだろう。特にAlpha Goがイ・セドルを破ってからというもの、一気に世間の興味が顕
在化した感がある。
 
ただ一口に人工知能と言ってもいろんなレベルがあるし、そもそも定義自体がまだまだ曖昧な
状態で、一般の勝手なイメージが独り歩きしている状態というのが実情だと言われる。いや普
通のプログラムでしょ(そもそも人工知能もプログラムだ)っていう程度のものが人工知能と
謳われていることも実際には多い。ただ、十分に人工知能と呼んでよさそうなものが日常に出
回り始めているのも事実で、自然言語処理を行うIBMのWatsonなどは(IBMは公式には
Watsonを人工知能としてはおらず、Cognitive Computing Systemと位置付けている)一般
にも公開され様々なバリエーションを生み出しつつある。
 
建築でいうと、これは建物である、これは部屋である、窓という開口があるがこの部屋は閉じ
ている(屋内である)、などという定義や判断は人間にとってはほぼ間違えようのない概念で
はあるが、これをコンピューターが(人工知能が)、様々な状況やバリエーションを超えて認
識できるように数理的に定義することは簡単ではない。まさに、そうした定義できない状況を
どう処理できるか(自分で必要な特徴量を抽出し、その条件を用いて演算を行う)がWatsonの
ような人工知能からその次世代人工知能へのステップアップの鍵だとされていて、Alpha Goで
も話題になったいわゆるディープ・ラーニングが大きなブレークスルーとされる所以でもある。
いわゆるディープ・ラーニングとは多層構造のニューラル・ネットワーク構造を持つコンピュー
ティングシステムのことで、十分な量の資料を与えれば、その中から自ら特徴量を抽出するこ
とができるとされる。ここで重要なのは、Watsonのような機械学習プログラムでも、Alpha
Goのようなディープ・ラーニングでも、電卓のように絶対に間違えないような処理を求めてい
るのではなく、「絶対的な正しさは保証しないが、それでも結構正しい」(新井紀子国立情報
学研究所教授)ような処理が目的とされ、現実にも条件によってはそれで十分実用的というこ
とだ。
 
ノイズでも実務の中でいろいろと構造的なしくみをプログラムに落とす試みをすることがは多
いが、九分九厘対応できても残る例外的な状況をどう定義し、判断し、そこに独特の対応をさ
せていくかで大いに苦労する。製品化や実装の妨げになるのは、大抵最後のほんの数%の認識
が難しい例外群だ。不特定多数のマーケットを相手にする限り、こうした対応できない負のマー
ジンを限りなくゼロに近づけることが求められる訳だが、一旦例外に対処することを除外して
考えれば、実は建築というのは(複雑で非線形なシステムという範疇の中では)数理的な定義
に向いている分野でもある。例えば生物や分子化学、経済といった他の複雑系に比べれば、心
臓の幅を定義するよりも部屋の幅を定義するほうが圧倒的に易しいし、小腸と十二指腸の間に
明確な境界線を引くよりも廊下とトイレの境界面を定義するほうがはるかに異論は出にくい。
つまりは、特徴量の抽出が容易であるといえる。
 
こうした、人間による総合的な処理能力を超える程度には十分複雑だが、まだ発展途上のディー
プ・ラーニングの処理能力範囲内には入り得るという「絶妙な」実務分野としては、おそらく
建築というのはかなり面白い分野なのではないか。
 
例えばBIM。ノイズでもBIMにはトライしているものの、やはり小規模事務所でBIMで効率を
出すというのは現時点ではまだまだ難しい。何か形を立ち上げる、構成の変更ごとに複合的に
求められるパラメーター処理が煩雑でかつ相関性を厳密にするほど処理が重くなるため、シス
テムの維持に十分なマンパワーが確保可能で、かつハード・ソフト両面でスケールメリットを
持ちうる組織事務所でもない限り、とてもその実効的な運用が実務のスピードやバリエーショ
ンの振れ幅に追い付かないからだ。ただ、そうした定義や関連付けといった「量的」な作業に
関しては、定義が容易な範疇・段階に利用を限りさえすれば、機械学習の発展形で十分対応可
能なはずだ。さらに自らある程度の特徴量の抽出が可能になるのなら、一段と実効性の範囲を
広げることになるだろう。
 
僕の個人的な感覚としては、どれが居室でどれが床面積でどれが排煙対象部分なのかを「ある
程度」BIMソフトが自動的に判断、修正をしてくれるようにならなければ、BIMが本来の意味
で実用性を持つ段階とは言えないと考えている。そして逆に、法的な与件が複雑ではない場所
や構成の設計(例えば小規模オフィスビルや分譲マンション)に限っていえば、その過程の過
半(あくまですべてではない)を人工知能にドライブさせるという状況は意外に早く来るだろ
うとも思っている。人工知能が提案してくる平面や形、デザインをベースに、節目節目で人間
が総合的な感覚と経験に基づいた手直しや確認を加えていく、そんなパッチワーク的モデルで
も、人件費や時間に関して十分以上に価値を出すはずだ。ゼネコン毎大学毎などと小さいこと
言わずに、日本の建築界を挙げて投資と研究を圧倒大規模に進めていくべき分野だと思う。
 
さて、Watsonは特に自然言語処理を得意とする、松尾豊東京大学准教授によれば「第三世代」
に分類される人工知能である。こうした統計的機械学習でも一般的な住宅や雑居ビル、経済設
計のマンションの平面計画などでそこそこ実用的な処理ができるようになるとすると、「第四
世代」のディープ・ラーニングが建築実務に入ってくるとは、一体どういうことになのだろう
か。昨今、人工知能が駆逐する職業などという話がよく話題になるが、具体的に建築の分野で
はどんなことが起きるのだろう。
 
ディープ・ラーニングでは特に、サンプルの数と質に加え、それをどう教えるかの教育の質が
その知能の価値を大きく左右する。機械学習では特徴量(居室とは何か、建築面積とはどこの
ことか、快適な室内環境とはどんなことか、など)をプログラマーが定義してやる必要があり、
結果人工知能としての効率も結局は人間が与える特徴量の定義やその処理のさじ加減によると
ころが大きいが、ディープ・ラーニングでは、十分多くのサンプルを与えることで人工知能が
自ら最適な特徴量を探し出すようになる(ただ、ここにもいろいろな人為的な「コツ」という
側面はいろんなところに生じるだろう)。この過程は人間の生活や歴史というバイアスを持た
ないから、うまくすると人間の常識を全く超えた、とんでもなく強力な特徴量やその処理の手
法を見出してしまうかもしれない(という可能性を衝撃的に顕在化させたのが、先日のAlpha
Goとイ・セドルとの対戦だ)。特徴量の統計的処理は言うまでもなく、その抽出すらも人工知
能に頼るほうが効率が良くなる時代は必ず来る。これは建築でも避けられない。選択という行
為も、必ずしもデザイナーの特権事項ではなくなる。
 
つまり、設計者は飼育係になる、ということだ。
 
おそらく建築分野でディープ・ラーニングが実用的に適用されるのは、例えば設計支援(BIM
データの各種パラメーターをベースとした部分的な設計支援や提案)であり、例えば建築の頭
脳・神経としての自律対応型OS(建築が多様なセンサーやキネティックデバイスを取り込み、
環境情報から人の気持ちや雰囲気までをも意識・無意識に読み取り対応していくような「本来
の」スマートハウス、もしくはそれに類似する建築タイプや都市的デバイスのような複合的ハー
ドウェアとなるとき、そのOSが人工知能化する)という形になるだろう。
 
そのとき建築設計事務所では、オフィスビル、集合住宅、戸建て住宅というように主要なビル
ディングタイプごとにそれを専門とする人工知能が育てられ(そして多分ペットのように名前
が付けられ)、その育てられた人工知能の能力、個性がその事務所の戦力になる。設計事務所
のスタッフは、日々人工知能にいろんな餌や栄養を与え、アウトプットへの影響を考えながら
育てていく、飼育係としての側面を増していくだろう(全てではないにしても)。人工知能は
栄養となるサンプル数が多ければ多いほど「賢く」育つ。さらには、アスリートを様々なトレー
ニング法、様々な状況で異なる負荷にさらし、より頑強に、多様な状況に対応できるように鍛
え上げるように、人工知能を多様な条件下でより強力でロバストな武器に育て上げていく、そ
んな不断の作業が設計の日常になる。
 
設計段階でその建築と周辺の環境をBIM空間の中で立ち上げ、様々なシミュレーションとその
対応を、機能、目的、施主の好み、周辺の要求などにあわせて繰り返し、使い手の嗜好に合っ
た知能に育てておくことが必須になり、その環境設定の良し悪し、サンプルデータへのアクセ
ス、鍛え方の上手下手といったコーチングスキルが設計者の差別化につながっていく。そうし
て設計期間中に十分なトレーニングを積んだ人工知能が、建物の竣工と同時に仮想空間から実
空間に解き放たれ(移植され)、一人前のスマートOSとして働き始める(もちろんそこからも
日々学習であることは言うまでもない)。あそこの家は3件並んで同じAIが実装されているけ
れど真ん中の家はあまり賢くないね、などというSFな世界が実際に起きるだろうし、設計実務
はそこにどっぷり関わらざるを得ないのだ。
 
つまり、建築にはアバターが必須になるということだ。建築が心と体を持つことが常識になる
と考えれば、今のBIMなどは身体すら十分に構築できないまだまだ未熟な技術ということにな
る。建築が心を持つのなら、それをデザインし、育てるのも建築家の役割にならない訳がない。
建築の4000年の歴史の中に心のデザインの方法がなかったことは技術的に仕方がない。ようや
く技術の進化が心を持つ建築を生み出しつつある中で、これからは身体に加え、心のデザイン
も仕事になるということだ。建築のデジタル化は、ようやくその本質が見え始めてきた段階に
すぎない。
 
アバターが扱うパラメーターやアウトプットの複合性はどうしても人間が個別に認知可能な範
疇を超えるから、通常のソフトウェアやプログラムよりも複合的で感覚的な(ある程度の曖昧
さを許容する)コントロールが前提とならざるを得ない。そうなると、より感覚的な情報構造
を感覚的なインターフェースで扱う技術が必要になる。Pixerなどが得意とする、より複合的で
感覚的にコミュニケーションする力を持つUI技術も、こうしたBIMや人工知能のUIとして必須
になるだろう。その建物(もしくは人工知能)の表情で、感覚で、ジェスチャーでコミュニケー
ションをするほうが感覚的に「正しい」バランスで複合的な情報を扱える、そんなSFのような
状況は避けられない。建築が、人工知能が本当に人間的な意味で意思や心を持っているかどう
かは問題ではない。嫌が応にも、われわれはそういったインターフェースでしかコミュニケー
ションできなくなっていくのだ。だから、建築界は映画やゲームの技術をもっと貪欲に吸収し
ておく必要がある。
 
アバターを作る、アバターを育てる、その技能と知識、経験が必須になっていくとき、建築家
はどういう感覚の構造で「デザイン」をするようになるのか、僕の究極的な興味はそこにある。


 

豊田 啓介 氏

noiz パートナー /    gluon パートナー