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髙木、伝説のバーにいく
2026.08.18
パラメトリック・ボイス 髙木秀太事務所 髙木秀太

イラスト:溝口彩帆
伝説は静岡にある
静岡にある”伝説のバー”をご存じだろうか。
そのバーの名は「COMBLÉ(コンブレ)」。インテリアデザイナー 倉俣史朗が設計・デザイ
ンを手掛けたことで知られる。僕ら建築設計業界でも、とても有名だよね。梅雨がまだ明ける
前の冷たい雨が降りしきる夜、ついに僕も伺えた。バーとは思えないようなゆったりとした空
間。強化ガラスで支えられた黄色のカウンター、スチールフレームとポリカーボネートの曲面
造形、真っ赤な波板(スパンドレル)の壁、淡くピンク色に塗装された合板の仕上げ、細い真鍮
の電線管を用いた照明など、多種多様なマテリアル・形状が絶妙なバランスでコラージュされ
ている。名作スツールに腰掛けると、贅沢な倉俣空間に没入出来る。まるで、倉俣が活躍した
時代にタイムスリップしたような不思議な感覚になった。
空間、そして、建材への想い
当日、幸いにもオーナー兼バーテンダーの中山昌彦さんにお話をお聞きする機会に恵まれた。
中山さんはバーの計画・開業当時から携わってきた生き証人。僕は全然知らなかったんだけど、
実はこのバー、閉業期間があったとか。
中山さんとは別のオーナーで1989年に開業し、中山さんはその時からのバーテンダー。でも、
諸事情で1998年に売りに出されてしまったらしい。空間は改装されてしまってイタリアンレ
ストランに様変わり。でもここからがスゴイ話で――なんと、2年後に中山さんが自己資金で
”買い戻し”た!そこから、改装されてしまった空間をなるべくオリジナルの状態に戻すプロ
ジェクトが始まるんだけど、それはもう強い想いが突き動かした執念、という他なく。例えば
お店のシンボルでもあるあの「真っ赤な波板(スパンドレル)の壁」。一部解体・破棄されてし
まっていたらしいんだけど、予備部材で保管されていたものがあり、流用して補修・リデザイ
ンしたとか。
店内はチリひとつなく、隅々までメンテナンスが行き届いていた。空間はもちろん、建材のひ
とつひとつにまで深い愛情が込められている、そんな幸福に満ちた場所だったんだ。

イラスト:溝口彩帆
BIMは愛を紐づけられるか
空間や建材ひとつひとつに込められた想い――年を取った僕も、いよいよこういったものこそ
が、建築の本当の価値を決める要素なんじゃないかと思うようになった。効率や機能性だけで
は語れない、建築計画の生存戦略がそこにあるような気がするんだ。僕らがよく接する
BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)も、空間や建材一つ一つにさまざまな
情報を紐づける思想だけど、対象はコストや材料や管理情報、そんなものばかり。でも、
ひょっとしたら、これからの新しいコンピューターの使い方として、生産にかけられた人の想
いや、素材の経年、あるいは込められたデザイナーの愛情みたいなものが乗っかってくること
も…いや、十分あり得るんじゃないかな。だって、それが本当に”重要な情報”になり得るんだ
から。空間や建材を介して、作り手にも使い手にもその情報が共有されれば、もしかしたらコ
ンブレのような愛に満ちた空間をつくる一歩になるのかもしれない。
37年越しのギフト
バーに戻る。僕の隣に座っているのは一緒に訪れた妻。僕のウイスキーグラスでは琥珀色の水
面が静かに揺らめき、彼女のロンググラスの中ではライムの三日月が気持ちよさそうにプカプ
カと漂っていた。最後の一口を飲み終えた彼女の唇がグラスからそっと離れ、黒髪の影が倉俣
デザインのハイテーブルの上でゆらりと揺れる。純度100%の倉俣空間の中で、「素敵な時間
だったね」と彼女がにっこり微笑んだとき、その艶めかしさに思わずドキッとしてしまった。
やれやれ、すっかり僕はこの空間の雰囲気にあてられてしまったらしい。その時、思ったんだ、
ああ、これは37年越しの倉俣からの贈り物なんだ、と。そして、それを届けてくれたのは、こ
の空間に魅せられた中山さんの深い愛情と歴史なんだよね。
バー COMBLÉ。“満ち足りた、幸せな”夜をどうもありがとう。また伺います。

イラスト:溝口彩帆



























