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コラム

BIMって本当に必要?と聞かれたら

2015.05.19

パラメトリック・ボイス                竹中工務店 石澤 宰

シンガポールで超高層、そして空港プロジェクトへのBIMの実装とそのマネジメントを担当して
います。駐在を始めて4年目になりました。

BIMは本当に必要なのか、メリットは何なのか、続ける価値はあるのかという類の質問を多数受
けます。一筋縄ではいかない質問ですが、最近ますます答えづらくなってきました。

BIMのもっとも基本的なコンセプトは、各担当者が自分の3D情報を提供し、それらを統合して、
必要な分析やアウトプットを取り出すということです。言葉の簡潔さとは裏腹に、このコンセプ
ト自体の達成にも未だに多くの問題点があります。かたやその一方で、BIMは無数の周辺技術と
リンクして多様な変質を経験しつづけてもいます。BIMの全体像は急激に変化と拡大を続けて
おり、今後もしばらくはそうでしょう。難しいですね。

…とはいえ私も大人です。このように答えたらガッカリされるのは目に見えています。東南アジ
ア的には人をガッカリさせることはタブーです。加えてさらに、質問者がシンガポール人だと
せっかちです。結論のクリアでない話はウケません。ここはひとつ、説明上手になっておくべき
です。ちょっと考えてみましょう。

まず話を日本に絞ります。深い洞察に裏付けられた、信頼の高い職人的ものづくり文化。それを
支える豊富な日本語表現、事実上のモノリンガル社会。加えて、プレ化・レス化などによるさら
なる効率化への取り組み。現状の設計や建築の方法論が危機に直面しているというわけではなさ
そうです。

しかし建設業での人口減少は確実かつ深刻です。建設業の国際化も今後も様々なかたちで展開し
ます*1。日本の建設業生産性はシンガポールの3倍とする資料もあり、そこには大きなバリュー
があります*2。これを今後の状況下でも維持するには、製造業などですでに起こった、ものづ
くりプロセスの転換期は不可避です。BIMによるパラメタ化、マス・カスタマイゼーションなど
がそれにあたります*3。これが第1の必要性です。

さらに、新技術の開発速度は早くなり、リバース・イノベーションなどに見られるように双方向・
多方向の技術流入が加速しています。BIMにも様々な技術が流入し、より生産的かつ創造的にな
るよう変容を続けます。進化論的には、ある種が変異の結果かつての同類と交配不可能になった
とき、新しい種が確立したとみなします*4。遠くない将来、BIMによるデザインプロセスはいつ
かコンベンショナルな方法論と互換性がなくなる可能性が高い。ものづくりは新旧に二分化し、
おそらく新しいほうが生き残ります。これが第2の必要性です。

BIM自体の技術的な変容は、我々にも急ピッチの変化を要求してきます。そのサイクルが、建設
業における年単位の時間の流れに比べて明らかに短いことは悩ましい問題です。しかしそうこう
しているうちにも次の何かがやって来ます。このギャップは二度と埋まりません。
私は10代のころ秋葉原に足しげく通って過ごした建築設計者として、新技術は設計者の夢を叶え
る魔法のツールであるはずだ、とまず信じるというスタンスでいろいろ挑戦してみています。
秋葉原は90年代後半からの文化の変容を受け入れ、ある種のメジャーに躍り出ました。BIMも
同じような変化を受け入れていけるのか、今は試されている時だと思います。

 
*1 みずほインサイト「建設業の人手不足は解消するか」
*2 PRODUCTIVITY@WORK
*3 Robert Corser著 Fabricating Architecture - Selected Readings in Digital Design and
   Manufacturing、 2010
*4 アダム・ラザフォード著 生命創造 起源と未来、2014

     秋葉原文化がシンガポールにおいても受容されている様子

     秋葉原文化がシンガポールにおいても受容されている様子

石澤 宰 氏

竹中工務店 設計本部 アドバンストデザイン部 コンピュテーショナルデザイングループ長 / 東京大学生産技術研究所 人間・社会系部門 特任准教授