Magazine(マガジン)

コラム

パブリックアート&「1% for Art」

2019.05.07

ArchiFuture's Eye               ARX建築研究所 松家 克

五十嵐威暢氏のJIAでの講演会‟「パブリックアート」をつくる”に参加する機会を得た。
氏はグラフィック・プロダクトデザイナーとして活躍後1994年以降は本拠地をロスアン
ルスへ移し彫刻作品に専念。2004年に帰国。代表作はニーヨーク近代美術館をはじ
め、世界30カ所以上の美術館に永久保存されている。個人作品集は現在までに、日本、中国、
韓国、ドイツ、スイスで出版されている。30年以上前のホンダ本社の設計時にサイン計画を
お願いした経緯がある。
この講演で、グラフィックデザインは、自らの手で創造する感覚と満足感に乏しく、そこで、
自らの手で“創る”を目指す彫刻制作が中心となり、中でもパブリックスペースでの彫刻が多く
なったとと話された。視覚に入る全てをパブリックと規定し、彫刻と環境を考えると話された。
自らの手と触覚を駆使し脳を刺激しながら創造する作業には、“生と生活”を取り戻せる感覚が
あるという。武蔵野美大の2009年の80週年記念時のコンセプトワード、「生きる、をつく
る。つくる、を生きる」の姿勢に通じる。

小生は、40年前に10年目の長期休暇で45日間に亘り、アメリカ大陸を当時のパートナーと
共に車で横断した。途中、飛行機でカナダの友人を訪ねトロントも往復。時代は、テレビドラ
マ“将軍:SHOGUN”が全米で人気を博し、主演の島田陽子さんがアメリカで話題となった時。
米国での運転に慣れた頃のワシントンで新車のベンツに正面からぶつけられた。その直後、ヘ
ルメット姿のポリスがハーレーダビッドソンの大型バイクで恰好良くドッドドと到着。そして、
事情聴取。相手も新車のためか、大騒ぎ。その時、バイクポリスに将軍の国から来たのか、と
問われ、そうだと答えるとポリスと事故相手に握手を求められ、現場の雰囲気が一気に和んだ。
因みに相手のベンツのフロント部は大破。こちらは、やや旧式の大型車だったせいか、頑丈な
バンパーの小さなヘコミ傷程度。ポリスが聴収結果で即断した罰金を相互で支払い、決着。こ
ちらは少額だったが保険で補填された記憶がある。因みに旅行中この事故を含め2回、ポリ
スに事情聴取を受けた。1回目はLAのフリーウェイのUターン禁止エリアでの違反。見渡す
限り走る車もないのに遥か遠くからサイレンの音が近づき、そして、追尾パトカーの突然の停
止指示にびっくり。後で聞くと高高度でのヘリコプター監視だと分かった。インターナショナ
ルライセンスを確認され、一人の警官が面白がって、“こんなの見たことがない、有効なのか”
などと同僚と笑いながら会話しているのが聞こえた。暫くして、今後は気をつけろとの注意だ
けで咎めも罰金もなく、“Have a good day !!”の言葉で解放された。近い将来は、顔認証シス
テムでの確認かもしれない。

車でのアメリカ大陸横断旅行の主目的は、建築巡りと建築設計事務所訪問であった。有名なテ
レビドラマの“ルート66”のフリーウェイ(ナット・キング・コールのJazz曲“ルート66”のボー
カルを偶然にも練習中)を走り、多くの建築にも触れ感激した記憶も残るが、“SOM”や
“Iペイ”と“ウーレンプラトナー”他の建築事務所もお尋ねした。恩師の椎名政夫氏
友人のペイ事務所のパートナーの計らいでランチタイムをペイ氏と2人だけで過ごし真摯な
態度と東京の建築関連の質問に感銘し、緊張の中でも楽しい時間を持てた幸運を鮮明に覚えて
いる。今でも特徴的なメガネと優しい笑顔とランチのソフトな味が忘れられない。見学すべき
建築の示唆もあった。
プラットナー氏には、事務所と試作中のダブルボール洗面の自作クレイモデルを秘密だという
工房で特別に見せてもらった。無限のF1用エンジンシリンダー秘密の内部を本田博俊氏から
説明を受けた時と同じく、写真撮影はNG。その後、自宅に案内され、プラットナーとパート
ナーとの手作りディナーをご馳走になった。我家に今夜は泊まれとやや強引に誘われ、次の日
のフィリップ・ジョンソン事務所訪問予定をキャンセルし当時のパートナーと共に泊まること
になった。近々、京都旅行を予定しているとの話から、知己の元芸者が一人で取り仕切る祇園
街の小さな町家旅館に急遽電話し、宿泊予約を入れた。このようなコンタクトも含めて、旅行
中に多くの建築家と会えたことは、感激に次ぐ感激であった。
このアメリカ旅行で、もっとも見たかった建築の一つが、ペンシルベニア州ミルランの自然に
囲まれたベアラン川の滝の上に建つ落水荘。自然と一体化させた設計と粗面の石壁に穿たれた
窓の無目枠や吊られ回転する大きな丸鍋と暖炉。そして、岩肌床のリビングは、この空間での
心地よい過ごし方をイメージ出来、あちらこちらの詳細を夢中に確認した記憶がある。ご承知
のようにフラクロイド・ライトが70歳を迎えようとしている時の設計である。ライトは晩年
の70歳頃から亡くなられた91歳間の建築が充実しているといわれる。因みにグゲンハイム
美術館とマリン郡庁舎は、逝去後に完成している。併せ、タリアセン・ウエストも印象深かっ
た。LAで偶然にも見学出来た今や日本人のウエディングでも親しまれている通称「ガラスの
教会」、ライトJr.デザインと言われるウェイフェア・チャペルも記憶に残っている。

旅行中は建築と併せ、アート教育とアートワークにも興味があり、見歩いた。多くの美術館を
始め、LAのアートスクールも授業のゲストで参加することも出来た。サンフランシスコで
フィッシャーマンズワーフのギャラリーを覗いたり、ニューヨークのポケットパークの木漏れ
日の下でコーヒーを飲んだり、セントラルパークでうたた寝をしたり、ローレンス・ハルプリ
ン設計のラブジイプラザを楽しんだりオフブロードウイでダンシング・ダンシング・ダ
ンシングのミュージカルダンスに圧倒されたり、ヨセミテの雄大な自然を堪能したり、サンタ
バーバラで美しい海と波を見ながらのランチを過ごしたり、私の恩師が卒業したクランブルッ
ク・アカデミー・オブ・アートールやUCLA大学などを見学したりしたが中でもア
メリカ横断ツアーで感銘したのが各都市で多くのパブリクアートを見ることが出来たこと
である。出版出来るくらいの多くのアート作品の撮影もしたが当時の日本と比べて数と質と
規模に格段の差があった。今でもその差が縮まったとは思えない。
前述の五十嵐氏の講演で日本のアートワークがその差を少しでも縮めるための重要なヒント
があり小生の今後の課題の一つとなた。それは「1% for Art」である。公共建築の工事
費の1%をアートワーク費として義務付け法制化しようという考えだ。最初の法制化は
1950年代のフランスだという。60年代には他のヨーロパ諸国やスウーデンアメリカで
も採用されている。近年はアジアにも広がり、韓国、台湾でも法制化されているが、日本では、
未だ実現していない。日本人として恥ずかしいのと残念な気持ちが強いのは、私だけだろうか。
「1% for Art」は、公共建築だけでなく民間建築にも良き影響がありアートの振興・普及、
作品と環境の豊かさへの強い弾み車となると考えられる。小生が関わってきた建築では、アー
トワークとのコラボをと考え建築費の3%の予算をと常に要望を出していた。ホンダ本社や
カルビー(元)本社では役員の理解もありアートワークとのコラボが実現出来た。しかし
日本では、多くの場合、認められることが殆どない。法制化を推進する協会もあり、今後の展
開を期待するとともに協力の決意もした。最初のアプローチは、女子美、造形、多摩美、武蔵
美の各大学卒業生の会、会員総数、およそ20万人の“四美大アラムナイ”への働き掛けをと考え
ている。

最後に、日本では、現代パブリックアートワークのデジタル系資料が少ない。この4月にゼン
リンが、クラウド経由で、主要都市の3D地図データ販売を開始したという。いろいろな建築
ソフトにも対応し、シミュレーションも可能だという。このデータに日本の各地域にあるパブ
リックアートと位置情報をBIM系の3Dデータ・アーカイブとして加えることが出来ないだ
ろうか。彫刻にQRコードやICタグをつけるのも良いかもしれない。環境や建築設計、アー
ト巡り、美術教育、行政、インバウンド向け情報などに利用でき、オープン化も期待したい。
屋外の空気の流れや嗅覚、触覚、材質などを感じるARやVRでの確認が出来ると、なお楽し
い。インスタ映えするパブリックアートだとすると今までにない分野でもあり、人気のサブカ
ルチャーと共存共栄し、一気にインバウンドが増えるかもしれない。一方、欧米の美術館では、
収蔵美術品の2次利用も可能なデジタルメデアデータの無料公開をインターネトで進めてい
るという。日本でも細々ながら始まっている。
…と、ここまで書き進めたところで、日経産業新聞に「NTTレゾナント」が、拡張現実の
ARでユニークなアートが、場所に応じて表示される無料アプリを開発した記事が載っていた。
その場にいる人との動画撮影も出来る。「インスタ映え」を期待し、将来はGPSや企業と協
業したビジネスに広げたいという。米国や韓国で既に始まり、日本も来春から導入される4G
より数十倍~100倍速度が速く、より多くの機器をネットに同時接続できるという5G環境の
移動通信システムだとさらなる展開が期待出来る。
この記事を読んでアート分野でもデジタル系でも先行し、一歩先を考える人がいることに、さ
すがだなあ~、と感心するとともに日経産業新聞にアート欄が何時かできるのか、行政の理解
がより深まるのかな~、などと夢想しながら次の展開を期待したい。

追加加筆だが、この5月1日に、元号が、初めて制定された「大化」から数えて248番目の
「令和」に改められた。人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つという意味が込めら
れ、「令」は、初めて使われた文字だという。チャレンジである。まさにアートが文化として、
チャレンジ精神で更に育って欲しいと願う。

 作品名:「Sky Dancing」/作家:彫刻家・五十嵐威暢氏/撮影:Noreen Rei Fukumori
 五十嵐氏のコメント:「サンフランシスコ市のパブリックアートのプロジェクトです。アー
 ティストに選ばれてから、建築工事の遅れなど様々な理由で完成まで10年の道のりでした。
 金属の吊り彫刻は花と花びらのイメージ。解放されるような軽快感を狙いました。この他に
 も、同施設内に、テラコッタの壁彫刻や木とテラコッタの小作品が8点設置されています。」

 作品名:「Sky Dancing」/作家:彫刻家・五十嵐威暢氏/撮影:Noreen Rei Fukumori
 五十嵐氏のコメント:「サンフランシスコ市のパブリックアートのプロジェクトです。アー
 ティストに選ばれてから、建築工事の遅れなど様々な理由で完成まで10年の道のりでした。
 金属の吊り彫刻は花と花びらのイメージ。解放されるような軽快感を狙いました。この他に
 も、同施設内に、テラコッタの壁彫刻や木とテラコッタの小作品が8点設置されています。」


 落水荘

 落水荘

松家 克 氏

ARX建築研究所 代表