BIMが持つ「情報の在り方」と現場が求める
「情報のかたち」
2025.06.19
パラメトリック・ボイス 三建設備工業 日比俊介
前回のコラムでは、BIMが持つ情報を「誰がいつ、何の目的で使うのか」という視点で考える
ことの必要性について触れたが、今回はその解像度を上げるための具体的なアプローチについ
て、その概要をご紹介する。
我々が今挑戦しているのは、建設業における「モノづくりのプロセス」そのものを見つめ直
し、「モノ」の状態がいかにして変化し、確定していくのか。そのトリガーと連鎖を抽出・構
造化することである。
例えば、設計という行為は、本質的には「モノを決める」ためのプロセスである。どのような
経緯でその仕様に至ったのか、何が検討され、何が決定されたのか。この「モノ決め」に関わ
る一連の情報を明確にすることが、後続のプロセスへのスムーズな移行の鍵となる。しかし、
残念ながら日本の建設プロセスにおいては、この「モノ決め」の一部が、曖昧なまま現場へと
持ち越されるケースが少なくない。「なぜそうなったのか」「誰が決めたのか」といった問い
が現場で飛び交うのは、この初期段階でのモノの定義と、それに伴う情報管理の不備が大きな
要因だと感じる。本質は「モノがどう確定したか」であり、「なぜ」や「誰が」はその副次的
な情報に過ぎない。
現場の監督員は、最終的な「モノ」の施工結果を正確に把握し、そこから作業手順、安全性、
工程を管理するための情報を引き出したいと考える。設置高さ、施工量、必要資材といった
「モノ」の特性情報こそが、彼らの判断の拠り所となる。さらに、現場で実際に手を動かす職
方からの「いつから施工できるのか?」「資材は手配されているのか?」「仮設材はどこにあ
るのか?」「搬入はいつか?」といった日々の問いも、突き詰めれば「モノ」とその周辺リ
ソースの現在の「状態」を正確に把握できれば、的確に回答できるはずだ。
長年現場に携わってきたベテランは、こうした多岐にわたる情報を、経験則から無意識のうち
に自身が行動するための情報へと変換し、判断を下しているのではないか。彼らは図面や要領
書といった断片的な情報から、具体的な手順を組み立て、工程を読み、関係各所との調整を可
能にする。この貴重な暗黙知も、我々の視点から見れば、「モノ」の状態変化とその意味を読
み解き、次のアクションへと繋げる高度なナレッジと言える。
我々の取組みは、まさにこの「モノ」を主体とした情報構造を明確にし、そこから建設プロセ
スを動かすためのナレッジを誰もが引き出せるようにする試みだ。
では、なぜ我々がこのような一見遠回りに見えるアプローチにあえて注力するのか。それは、
BIMという言葉だけが飛び交い、その価値の形が見えなくなってきているからだ。データは活
用されず、成果物として提出することが目的化している。つまり、「技術のための技術」に
なっている。我々が日常的に感じる「BIMが業務にフィットしていない」という実感も、まさ
にこの点にある。
しかし、建設業の根本的なプロセス──モノを決め、モノを作り、モノを維持する──この構
造自体は変わらない。BIMがいかに高度化しようとも、プロセスの本質は依然として「人の判
断」と「モノの実装」の往復だ。この本質を見誤り、BIMにプロセスの直接的な変革のみを期
待していては、現場とのギャップは埋まらない。
BIMが持つ最大の価値は、プロセスの直接的な変革ではなく、「情報の主語」を変えることに
あるのではないかと考えている。これまで属人的な判断や経験の中に埋もれがちだった情報
を、人主体から「モノ主体」の情報構造へと転換させる。
企画・設計段階で作られる図面も、「モノ」を表現している。形状や寸法、配置や接続といっ
た要素は、人の判断を経て出力された“モノの結果”だ。しかし、従来の2D図面はもちろん、
現状のBIMでも、“なぜそうしたか”までは十分に語らない。そこには、比較検討された代替案
や、施主との調整、コストとの兼ね合い、施工性の考慮など、多くの「人の判断と思考が生み
出した意味」が含まれているはずだ。この重要な文脈は、議事録やメール、あるいは技術資料
といった、人主体の、そして往々にして散在した情報の中にしか存在していない。故に、モデ
ルを開いても「これで施工できるのか?」「この通り作っていいのか?」と現場が不安にな
り、結局はベテランの暗黙知に頼らざるを得なくなる。これこそが、我々が解決しようとして
いる課題の核心でもある。
そこで発想を転換し、「なぜそうしたのか?」と人の内側にある答えを探すのではなく、「モ
ノAは〇〇というプロセスと判断を経てAになった」と捉える。この視点に立てば、情報は因
果関係と状態変化の履歴として構造化される。そして、「誰が」「なぜ」といった主観的で属
人的な文脈をある程度排除し、モノの変化そのものを客観的な事実として記録・追跡すること
が可能になる。
これは第一原理思考に近いアプローチであり、構造はシンプルで、再現性が高い。つまり、
「どのタイミングで変更されたか」「どの要素がきっかけだったか」「どのプロパティがど
のように変わったか」「その変更は後続にどんな影響を与えたか」といった情報を、特定の
「モノ」を軸に時系列で紐解くことができる。
「誰が判断したのか?」という問いを必要とする限り、属人性からは抜け出せない。だが、
「モノがどう変化したか?」と問えば、答えは状態の記録と因果関係の中にある。これが、
BIMがもたらす構造改革であり、我々がこのアプローチを試みる理由だ。
プロセスを直接変えることはできない。だが、情報の持ち方・見方・問い方を変えることはで
きる。「BIMはプロセスである」という定義がある一方で、BIMが担っているのは、プロセス
の鏡像としての“状態変化”の記録にすぎないのかもしれない。だが、それこそが重要なのでは
ないか。人が思考するためのトリガーを、属人的な説明ではなく、モノの変化そのものとして
客観的に提示できる構造。
現場の様々な立場の人々──設計の経緯や上流工程との連携に関わる情報を知りたい現場代理
人、具体的な施工結果に繋がる情報を優先する監督員、日々の作業遂行に不可欠な直接的情報
を求める職方──それぞれ必要とする情報も、この「モノの状態変化の記録」から、それぞれ
の目的に応じて的確に切り出し、最適な「かたち」で提供することで、これまでにないスムー
ズな情報伝達が実現できるはずだ。
我々はこの取り組みを通じて、建設業の情報構造そのものに働きかけ、現場が直面する本質的
な課題の解決に繋げていきたい。