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コラム

ライフサイクルBIM ~要件と課題

2020.07.02

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎

建築⽣産⼯程から運⽤・維持管理⼯程へ建物情報をBIMモデルを介して引き継ぎ、竣⼯後に
ファシリティマネジメント全般で活⽤する事例が増えているが、設計、施⼯から竣⼯後に維持
管理にデータを渡しておわり……、というものがほとんどであることが気になっていた。通常、
建物のライフタイムは設計から⼯事を経て竣⼯するまでよりも、そこから先のほうが圧倒的に
⻑い。当然ながらファシリティマネジメントに関する建物情報もその⻑い時間の中で利⽤でき
るものであり続けなければならない。
竣⼯してから役⽬を終えて撤去されるまでの間、⼤半の建物は程度の差こそあれ変化していく。
それは経年劣化による修繕だけでなく、要件の変化や⽤途の変更による改修等、様々な原因と
理由で⼿が加えられるからである。継続的にファシリティマネジメントで建物情報を活⽤する
ためには建物の変化に合わせて建物情報も更新していく必要がある。

これまでのファシリティマネジメントにおけるBIM の活⽤事例では建物の変化にどのように
対応していくかということについてほとんど触れられていない新築時に建物情報をFM⽀援シ
ステムに引き渡しそれ以降の変更についてはFM⽀援システム側のデータベースを更新してい
けばよい、という考え⽅もあるだろうが、それであれば最初からデータベースでの構築するこ
とをお勧めする。このようなことを書くと⾝も蓋もないのだが、ファシリティマネジメントで
の情報活⽤やFM データベース運⽤といった視点で現在のBIM を⾒ると、かなり厳しいと⾔わ
ざるを得ない。現状のBIM ツールやBIM モデルの情報には「型」や「サイズ」や「NULL の
可否」、「ユニークキー」や「正規化」を始めとするリレーショナルデータベースの基本的な
作法が保証されていない。そのためにいろいろな約束事をBIM 実⾏計画(BEP)で決める必要が
あるのだが、ボタンを掛け違うとFM データベースの初期構築の時間とコストを低減できると
思ったら、延々とデータクレンジングに時間を取られるということになりかねない。引き継い
だデータをそのままNoSQLデータベースに⼊れてFM データベースを構築するという⼿もある
(それはそれでとても⾯⽩いかもしれない)だろうが、現時点ではあまり現実的な話ではない
だろう。

これほど⼤変なことにも関わらず建物情報をBIMモデルを介して引き継ぐメリットは、建築⽣
産⼯程で作成された建物情報の運⽤・維持管理⼯程への引き継ぎが新築時だけでなく、竣⼯後
の修繕や改修、リノベーション等においても同様の⼿順で継続的に実⾏可能となることだろう。
加えて、建物に変更を加えるたびにBIM モデルを変更することで、次回の修繕や改修が発⽣し
た際にそのBIM モデルを設計の元データとして利⽤できる。また、現況の状況をBIMモデルか
ら把握することもできるようになる。
このことから、建物ライフサイクル全体を通して建物情報を継続的に活⽤するには、実際の建
物の状況を正しく表す現況BIM モデルの継続的な更新と現⾏化が極めて重要であることがわか
る。

多施設を対象とする建物運⽤管理業務には、事業⽅針に対応する建物の可⽤性、信頼性、保守
性、保全性、安全性の確保が求められる。そのためには建物に変更を加える構築業務と、建物
の状況を把握し整備計画を策定する保守業務が、建物情報を介して連携しなければならない。
同時に、⼤量の建物情報を横断的に集計・分析し、実⽤ツールやCREとしての中⻑期整備計画
を策定するための情報基盤としても機能する必要がある。
このような背景により、頻繁に変更が加えられる多施設の品質保持とランニングコスト低減を
⽬的とし、BIMの活⽤⽅法を検討している。数⼗年単位で多施設の適正な運用管理を実現する
⼿段としてのBIM、建築⽣産⼯程と運⽤・維持管理⼯程の両⽅で活⽤できる建物情報管理⼿法
としてのBIM、このようなBIMのコンセプトを「ライフサイクルBIM」と名付け、その実現に
向けた要件の整理と課題の抽出を⾏ってきた。

数多くの既存建物に対して定期的な点検や不具合に対応する修繕を実施し、その結果と事業⽅
針に基づく整備計画を策定する。整備計画に基づく検討と設計を経て⼯事を実施し、⼯事完了
後に残存不具合や整備計画を更新する。以降、同様のサイクルが繰り返されていく。建物ライ
フサイクルマネジメントの各プロセスを、設計・監理を⾏う構築事業組織と保全・維持管理を
⾏う保守事業組織で分担し実施していく。
既存建物に対する改修等の整備は、建物の現状把握から始まる。それに基づく基本検討や、こ
れまでの来歴や⼿⼊れの履歴といった情報の調査分析を経て設計を実施する。⼯事完了後は変
更情報を迅速かつ正確に保守業務に引き継ぐ。その情報を元に、残存不具合等の管理情報を更
新し、建物の運営と並⾏して定期点検、不具合に対応する修繕といった業務を実施する。それ
らを取りまとめ、事業ニーズに基づく変更計画と合わせた中⻑期整備計画と単年度の整備計画
を⽴案する。整備計画を実⾏する上で、点検や修繕によって変更された建物情報を構築業務に
適正に引き継いでいく……。

このような業務において建物情報流通サイクルを確⽴するには、業務横断的な情報集約と情報
品質の確保が必須となる。したがって、ライフサイクルBIM の実現において、現況BIMモデル
が常に更新され信頼性の⾼い建物情報となっていることが、最も重要な要件ということになる。
常に現在の建物の状態を表す建物情報を維持することで、設計、施⼯、運営・維持管理の関係
者は現況BIM モデルから常に最新の建物情報を取得する。保守業務では、建物の部位・機器の
数量と性能諸元、設置場所が正しいという前提で様々な業務計画が策定できる。構築業務では、
改修や更新の企画検討段階で予め建物の状況を把握し、建物情報の収集時間を短縮するととも
に現場調査の回数を低減する。企画検討や設計を開始する際には現況BIM モデルから設計BIM
モデルを派⽣させ、設計情報作成コストを削減する。設計へのBIM の適⽤については、従来よ
りBIM の持つ特性を活かした設計業務の効率化と品質確保を実現する。更に整備計画策定にお
いては⼤量の建物情報を集計分析することで、事業ツールやCRE としての建物整備⽅針の策定
を⽀援する。このような建物情報の継続的な品質確保と建物ライフサイクル全体での活⽤の実
現が、ライフサイクルBIM の要件であると考える。

ライフサイクルBIM のあるべき姿を実現するのは決して容易ではない。建物情報を適正に管理
する仕組みの実現、現況BIM モデルを中⼼とした建物データリポジトリの整備と関連業務情報
との連携、新たな業務フローの設定、持続可能なBIM 実⾏計画の構築と運⽤、業務従事者のマ
インドセット……、等々の課題を解決していく必要がある。
とはいえ、このような様々な課題を解決しても、現況BIM モデルの信頼性が確保されなければ
ライフサイクルBIM は成⽴しない。最も重要な課題は、現況BIMを如何に現実の建物と同じ状
態に保ち続けるか、ということになる。設計や維持管理といった業務の効率化と品質確保はも
とより、これらの業務を遂⾏することにより現況BIMモデルが迅速かつ正しく継続的に更新し
続けられる仕組みが必要となる。
ライフサイクルBIM を構成する様々な要素については、今後機会を⾒つけて触れていきたいと
思う。

 ライフサイクルBIMのイメージ

 ライフサイクルBIMのイメージ

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部 サービス推進部 エンジニアリング部門  設計情報管理センター