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コラム

オンライン建築教育の現在と未来
~帰納的な学びと演繹的な学び~

2020.10.22

パラメトリック・ボイス

コンピュテーショナルデザインスタジオATLV 杉原 聡   
 
今回はこれまでのコンピュテーショナル・デザインの手法や知識についてのコラムとは異なり、
ここ数ヶ月の自分の経験からオンライン上での建築の教育について述べたいと思う。
 
杉田宗氏のコラム「コロナによって変化する建築の学び」にも記されているように、新型コロ
ナウイルスの影響で世界の大学で建築教育のオンライン化の取り組みがなされ、その中でその
利点と課題が現れてきている。その利点の一つとして杉田氏も挙げられていたように、大学で
の講評会への審査員としての参加が遠隔地からも容易にできるようになり、学生にとっては通
常では招待が困難な建築家や専門家の意見が聞け、審査員にとっては先端の教育現場での議論
に参加できるという利点が認識されるようになった(図1)。

 図1. 筆者が参加したシンシナティ大学建築・音楽学科共同スタジオの期末制作講評会。
 講師:Christoph Klemmt、Mara Heluth。画面はGabrielle Kalouche, Andi Moore, 
 Jamie Ohls, Anna Schroer, Jordan Tedesco, Serin Oh, Julene Jesselによる学生作品。

 図1. 筆者が参加したシンシナティ大学建築・音楽学科共同スタジオの期末制作講評会。
 講師:Christoph Klemmt、Mara Heluth。画面はGabrielle Kalouche, Andi Moore,
 Jamie Ohls, Anna Schroer, Jordan Tedesco, Serin Oh, Julene Jesselによる学生作品。


また大学内での教育に限らず大学の外に於いても慣習的には対面方式であった学会やワーク
ショップなどのイベントのオンライン化が進んでいる。筆者は今年6月にDigitalFUTURES
WORLDの一環としてワークショップを行った。DigitalFUTURESは上海の同済大学において
Philip F. YuanとNeil Leachを中心に2011年より組織されている学会・ワークショップイベン
トであり(それと連動した博士課程プログラム名でもある)、例年は年に一度現地で開催され
ていた。しかし今年は新型コロナの影響でオンライン上での開催を試み、DigitalFUTURES
WORLDという名で7日間に渡り世界中の建築家による25の講演・シンポジウムと77のワーク
ショップが三つの異なるタイムゾーンで24時間継続的に開催される大きなイベントとなった。
ワークショップのトピックは多岐に渡り、コンピュテーショナル・デザイン、構造、AI、
AR/VR、建築理論、遠隔開催ながらロボット/デジタル・ファブリケーションまでも世界に散
らばる講師達によって教えられた。著者はProcessingとiGeo上で階層モジュール・アルゴリ
ズムによる形態生成のコンピュテーショナル・デザイン・ワークショップをZoom経由で行っ
た(図2)。

 図2.DigitalFUTURES WORLD “Hierarchy in Geometric Orders and Agent Behaviors” 
 ワークショップの様子。画面はChengyu Chenによる作品。

 図2.DigitalFUTURES WORLD “Hierarchy in Geometric Orders and Agent Behaviors”
 ワークショップの様子。画面はChengyu Chenによる作品。


このような大掛かりなイベントが開催されたことも意義深いが、全ての講義・シンポジウムと、
著者のワークショップ(クリックするとYouTubeへリンクします)を含む多くのワークショッ
プが動画としてYouTubeなどにアーカイブされており、教育資源として全ての人に無料で提供
されていることは更に意義深いといえる。特に講義・シンポジウムは先端の建築家達による貴
重なものであり読者にも視聴をお勧めする。
中でも個人的なお勧めは表面的な類似点の一方設計過程は大きく異るZaha Hadid Architects
のPatrik SchumacherとMAD ArchitectsのYansong Maの対談(クリックするとYouTubeへリ
ンクします)
と、昔からの盟友であるMorphosisのThom MayneとCoop Himmelb(l)auの
Wolf Prixによる脱構築とAIについての対談(クリックするとYouTubeへリンクします、先日
の隈研吾氏の最終講義でも対談していた建築史家Mario Carpo、コンピュテーショナル・デザ
インとロボット建築で先端的な活動をするGilles Retsin、スウォーム(群行動)による建築設計
の先駆者であるRoland Snooksによる議論(図3)である。

 図3.DigitalFUTURES WORLDでのMario Carpo、Gilles Retsin、Roland Snooks、
 Philip F. Yuanによる建築と自動化についての議論。
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のYouTubeへリンクします。

 図3.DigitalFUTURES WORLDでのMario Carpo、Gilles Retsin、Roland Snooks、
 Philip F. Yuanによる建築と自動化についての議論。
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のYouTubeへリンクします。


また著者は7月から10月にかけて、上海、北京、杭州を拠点とする建築教育組織のLAC Studio
において遠隔で建築設計スタジオを指導した。この組織は大学ではなく、多くの建築学生が海
外の大学院へ留学する中国において、留学準備のために設計技術を学んだりポートフォリオに
掲載するプロジェクトに取り組んだりする建築塾とでも呼べる組織であり、このような建築教
育組織が近年中国に増えている。私が参加した時期には学生の現地校舎への出席が解禁されて
おり、設計スタジオは主教官である著者と副教官のロンドンの若手建築家Peng Qinによる
週2回の遠隔指導と、それ以外の日は現地校の教官助手による対面指導で授業が進められ、
最後にロサンゼルスや香港から建築家をゲスト審査員として呼んでZoom上で講評会が行われ
た(図4)。

 図4. 都市の空間・時間的複雑性に誘起される多様で一貫した建築の複雑性をテーマにした設計
 スタジオの遠隔講評会。画面はZhe ChenとYiwen Wangの作品。

 図4. 都市の空間・時間的複雑性に誘起される多様で一貫した建築の複雑性をテーマにした設計
 スタジオの遠隔講評会。画面はZhe ChenとYiwen Wangの作品。


また、各大学において卒業・修士制作発表会は年に一度のイベントであり、学生の発表と講評
の様子を一般にも開放して建築コミュニティのお祭り的イベントとなっている大学も多くある。
しかし今年は人が集まる状況を作れないためオンラインで開催している大学が多い。筆者が以
前教えていた南カリフォルニア建築大学では、例年世界中から建築家を招待して講評会を行い、
建築と呼べるかどうかも自明でない前衛的な学生作品に刺激され、作品の評価もよそに建築家
同士が建築の先端的問題について白熱した議論を繰り広げる様は名物であり、建築アカデミア
の最先端の現場を目にすることができる貴重な場である。今年の修士制作発表会は学生の発表
も審査員の議論もZoom上で行われ、例年の巨大な模型こそ見れないものの、発表と議論が
YouTube上で配信され、場所と時間に縛られず誰でも見れるようになった価値は非常に高い。
中でもペンシルバニア大学MSD-AADデレクターのAli RahimとThom Mayneによるオブジ
クトの関係性や意味論についての議論(図5)や、レンセラー工科大学建築学部長
Evan DouglisとPatrik SchumacherによるAIで生成された都市デザインについての議論(ク
リックするとYouTubeへリンクします)
アーキグラムのSir. Peter CookとArchi Future
2020でも基調講演を行うGreg Lynnが映像作品や、建築作品としてのデジタルツールについ
議論する様子(クリックするとYouTubeへリンクします)は個人的にお勧めである。なお
余談になるが、デジタル建築のパイオニアであるだけでなく建築理論家としても優れた著作を
残すGreg Lynnの建築理論のアイデアの一部は学生作品の講評や実務での所員のミスなどが
きっかけとなっているきらいがある。というのも筆者がUCLAのGreg Lynnスタジオで学んで
いた頃、講評会でGregがある学生の地下鉄の駅舎設計プロジェクトの断面図を評して、鶏の
足みたいだと笑いながら茶化してコメントしていたものの、途中から急に真面目になり建築史
の上で鶏の足のような形状が如何に特殊でどのように現代建築における新たなタイポロジーと
なりうるかを延々と論じ始めたのを目撃したことがある。鶏の足は論文になっていないが、著
作にも残されているBleb(水ぶくれ)と名付けられた自己交差する幾何学状況に関する理論のア
イデアは、筆者の推測ではあるがCADソフトでモデリング中に制御点の位置を誤り自己交差
してしまった所員か学生のミスを面白がったところから来た可能性が高い。このように瞬発的
に高い知性を持つ建築家達が集まった議論では、新たな建築理論や今まで誰も考えていなかっ
た現代建築の課題が飛び出てくる可能性があり注視に値する(上記の議論においては
Sir Peter Cookに対する敬意からかGreg Lynnは丁寧な物言いで白熱した議論には至らなかっ
たが)。

 図5.南カリフォルニア建築大学オンライン修士制作発表会の様子。画面はLinzi Ai, 
 Juicheng Hungによる修士制作作品。
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のYouTubeへリンクします。

 図5.南カリフォルニア建築大学オンライン修士制作発表会の様子。画面はLinzi Ai,
 Juicheng Hungによる修士制作作品。
 ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像の出典元のYouTubeへリンクします。


このように今回の新型コロナによる社会状況によって教育・学究活動の多くがオンライン化し
てそれらが記録・公開され、多様な教育資源として提供されている。Archi Future 2020もオ
ンラインでの開催となり、全講座オンデマンド配信も予定されており、例年は会場へ足を運ば
なければ得られなかった貴重な情報がいつでも誰にでも提供される価値は高い。
 
またこのオンライン化の流れは、学ぶ側により多くの情報を提供するだけでなく、教える側の
形も変質しようとしている。例えば先に述べたDigitalFUTURES WORLDは当初に予定されて
いたイベント後も、継続的に建築家のシンポジウムや若手の建築家や学生の作品紹介と議論を
配信し続けており、学会、ワークショップ、大学課程に加えて建築議論/教育メディア的側面
を持つ新たなものに変質しつつある。また中国の留学準備のための建築塾は今回の状況で海
外の建築家をより積極的にオンライン講師として招待しており塾内の教育プログラムを充実
させて行く一方、海外の大学との連携も深めている。中には世界中の建築大学や建築家と強い
ネットワークを持ち、流動的で最先端の建築教育を提供できる、AAスクールや南カリフォル
ニア建築大学の成り立ちを参考にした学校組織になることを目指している組織もあると言う。
 
教育のデジタル化・オンライン化は以前より着々と進んでいた現象であり、今回の社会状況は
その進行を加速したと言える。これまでも授業の教材や講義映像、チュートリアル動画などは
オンラインに存在していたが、今回の状況はそれらの増加と、更には現場にいなければ分かり
づらい対話を通じた設計過程や生の議論なども記録・公開され、より時空間的に分散した教育
環境のための資源が充実して来ていると言える。学生側もYouTubeなどの動画メディアの普及
により動画での学習を好む傾向がここ5年ほどで増加しているように筆者の指導経験から感じ
られる。ではこの流れは今後どこへ向かうのであろうか?究極的には、現在学生を抱え込む教
育機関はコンテンツ・プロバイダとなり、学生は組織に属さず公開されている教育コンテンツ
を吸収して自ら学んでゆくのであろうか(時々見かける天才的学生はこれを自ら実践した人の
ように思われることが多いが)?
 
このような流れは今後も強く継続してゆくとは思われるが、そこには次のような問題が存在す
ると筆者は考える。現在既に大量の建築教育コンテンツがオンライン上に存在するものの、そ
の質は玉石混交であり、どの情報を選択するかのリテラシーが、フェイクニュースを見分ける
メディア・リテラシーと同様に必要とされる。しかしそのリテラシーをどこで身につけるかが
問題となる。また建築教育において(時代に適した)学ぶべき範囲を網羅して学ぶには体系的
な情報の修習が必要となるが、その体系を誰がどのように提供するのかも問題である。これら
のリテラシーと体系の未来の提供者は、大学であるのか、建築教育の編集者的、DJ的存在なの
コンシェルジュ的役割をもつ建築教育インフルエンサーなのか(なお視聴数/アクセス数が
価値の高さとなる世界では、ポピュリズム/大衆迎合バイアスの問題が発生する。上記の南カリ
フォルニア建築大学での講評でもSNS上のフィルターのようなツールとしての建築プロジェク
トに対してSir. Peter Cookが建築設計におけるポピュリズムの問題を指摘していた)?
 
いずれにせよ、大局的な流れとしては建築教育においても情報のオンライン共有の流れは継続
し、既存の組織の変容や再編、新たな教育形態の出現などが漸次的に起きて行くと思われるが、
自身の興味で意欲的に学びたいときには多様な価値のある情報が提供され(帰納的な学び)、
ガイダンスを望むときには体系的な指導が提供される(演繹的な学び)ような柔軟な環境が、
今後の健全な教育の形なのではないかと著者は考える。
 

杉原 聡 氏

コンピュテーショナルデザインスタジオATLV 代表